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トップやリーダーは何のために学ぶのか?ー荀子「禍福終始を知って惑わざるが為なり」

こんにちは、ともしびnoteの雅です。

皆さんは、「何を学んだらよいのか分からない」と感じたことはありませんか?

30代半ば、ITベンチャーで働いていた私は、スキルや技術を学ぶことに力を注いでいました。新しい知識や技術を身につけ、実務で成果を出し、それを積み重ねていけば、次のステージに進めると考えていました。

しかし、どこか物足りなさを感じていました。「この先、自分は何を学ぶべきなのか?」そんな問いが、頭の片隅に常にありました。当時の環境は、伝統的な歴史のある組織とは異なり、トップも上司も同年代。目上の上司や先輩が居ず、参考にできるロールモデルが周囲にいないこともあり、悩みの一つでした。

スキルや知識はこれからも磨いていく。でも、チームや組織を導くために、私は何を学べばいいのか?そんな問いを探し続けていたときに出会ったのが、ドラッカーでした。しかし当時の私は、「ハウツー本」的な読み方をしたので、ドラッカーの言葉の意味を深く理解することはできませんでした。

今振り返ると、「なぜ学ぶのか?」の目的を持たずに、知識だけを求めていたのだと思います。


トップやリーダーは何のために学ぶのか?

そもそも、トップやリーダーは何のために学ぶのでしょうか?
専門的なスキルや知識を得ることはもちろん重要ですが、それだけでは不十分です。
リーダーの学びの本質は、未来の変化を見極め、適切な意思決定を下す力を養うことにあるのではないでしょうか。

この問いを深める上で、孔子の弟子の一人であり、後世に大きな影響を与えた荀子の言葉が思い浮かびます。
今回は、この荀子の教えを通じて、リーダーが学ぶ本当の意味について考えてみたいと思います。

荀子「禍福終始を知って惑わざるが為なり」

夫(そ)れ学は通(つう)の為に非ざるなり。窮して困(くる)しまず、憂えて意(こころ)衰えざるが為なり。禍福終始を知って惑わざるが為なり。

荀子

私は、この言葉を次のように解釈します。

学びとは、単に知識を得るためのものではない。
どんな困難に直面しても冷静に対処し、不安や迷いの中でも心を乱さず、自分を保つためにある。
そして、成功も失敗もサイクルがあると理解する。物事には始まりがあって必ず終わりがある。目の前の出来事に一喜一憂するのではなく、流れを捉え、惑わずに進むために学ぶ。

荀子は、リーダーの学びの本質は「流れを知り、判断を誤らないため」にあると説いています。

学びとは、知識を得ることが目的ではなく、どんな状況にも冷静に対応し、変化を見極め、適切な判断を下す力を養うこと にあるのです。

ビジネスの世界では、予測できない出来事が次々に起こります。
リーダーが学ぶのは、そうした想定外の状況に振り回されず、組織を迷わせないためでもあります。

成功も失敗も巡るもの。物事には必ず始まりがあり、必ず終わりがある。
この流れを知ることで、目の前の状況に一喜一憂するのではなく、長い視点で本質を見極め、冷静に進む力を養うことができるのです。

だからこそ、リーダーは学び続け、目の前の状況に惑わされずに進む力を養うのです。

学びは、組織が惑わないためにある

リーダーの学びは、単にスキルや知識を身につけるためのものではありません。むしろ、組織が迷いなく進むために、リーダーが流れを見極め、判断を誤らないためにあるのです。

目の前の出来事に一喜一憂するのではなく、禍(わざわい)と福(さいわい)の巡りを知り、物事には必ず始まりがあり、必ず終わりがあると知る。冷静な判断を下せるようになること。
それが、リーダーが学び続ける本当の意味ではないでしょうか。

リーダーが迷えば、組織も迷い、進むべき道を見失います。
逆に、リーダーが学びを通じて流れを理解し、落ち着いて判断できれば、組織も余計な混乱に陥ることなく、迷わず進んでいける。

だからこそ、トップやリーダーが学ぶのは、知識を蓄えるためではなく、未来を見据え、惑わずに進むためなのです。

学ぶ目的をしっかりとグリップし、企業、組織、業界、そして自身の役割に必要な学びを続けていきましょう。
私もまた、学び続ける一人です。

学びは、一人で完結するものではなく、周囲とともに深まり、実践を通じて価値となるもの。
ともに学び、より良い未来を創っていきましょう。