青春18きっぷ 東北の旅① 東京~米沢~山形
東京から山形へ8本の列車でいく
2026年3月、カンボジア・ベトナムに行く予定だったが、とある事情で直前にキャンセルし、青春18きっぷの旅をすることになった。3月23日(月)から3月27日(金)まで、5日間連続1万2050円の切符で、東北に出かける。
初日は東京から山形まで行く。乗る列車は以下の通り。
①最寄駅から上野駅へ
②上野 7時16分発 宇都宮線宇都宮行き 9時00分 宇都宮着
③宇都宮 9時12分発 宇都宮線黒磯行き 10時04分 黒磯着
④黒磯 10時21分発 東北本線新白河行き 10時44分 新白河着
⑤新白河 10時50分発 東北本線郡山行き 11時31分 郡山着
⑥郡山 11時41分発 東北本線福島行き 12時26分 福島着
⑦福島 12時51分発 山形線米沢行き 13時37分 米沢着
⑧米沢 15時28分発 山形線山形行き 16時17分 山形着
黒磯と福島では短い接続時間でも外に出てみる
まずは山手線で上野駅まで。ホームのグリーン席販売機の背面のデザインがいい。

7時17分発の宇都宮線宇都宮行き。

上野から104分の乗車で宇都宮到着。

宇都宮から宇都宮線黒磯行に乗車。52分で黒磯駅に到着。駅前の「那須塩原市図書館みるる」は本日月曜日で休館だった。これは残念!カフェスペースやギャラリー、個人が学習できる「サイレントラーニングスペース」も設けられているらしい。実際どのような運用が行われ、人々の居場所になっているか見たかった。

次は10時21分発の東北本線新白河行に乗る。23分の乗車で、新白河で東北本線郡山行きに乗り換える。私だけでなく、郡山到着前から先頭車両に移動し、到着後乗り換えを急ぐ一団がいる。年齢は私と同じくらいで、リュックを背負っている。青春18きっぷを使って旅行をしているのは私だけではないことは当たり前だが、年齢が近いことにびっくりだ。私も典型的定年退職者ということだ。

郡山からは11時41分発の東北本線福島行きに乗り、福島に12時26分の着。次の山形線米沢行き12時51分発まで25分の接続。駅前に出てみる。郡山・会津・磐城には行ったことがあるが、福島は初めてだ。福島市のキャラクター「ももりん」が特産の桃とリンゴを持ってお出迎え。お腹から桃ジュースとかリンゴジュースが出るといいのになあ。冬の間は凍結防止のため、お水も出ない。

駅ビルの1階で行列を発見。円盤餃子で有名な「照井」だ。接続時間が短いので食べられなかったが、食べログを見ると、餃子が円周状に並んでいて、中心部も埋まっている22個の円盤餃子が有名で、料金は1,800円らしい。

峠駅でシャッターチャンスを逃す。予習不足を反省
12時51分発の山形線米沢駅に乗車。「峠駅」での停車を前に、幾人かの乗客が立ち上がる。つられて私も立ち上がる。なぜ立ち上がるのかわからなかったが、後からネットで調べると、峠駅は秘境の駅として有名らしい。
急こう配の難所として知られる板谷峠に峠駅はある。山形新幹線が建設される前は、スイッチバックが設置され、スノーシェッドと呼ばれる建屋でレールを雪から守っていた。現在、スイッチバックは廃止されたが、スノーシェッドは残っている。
また立ち売りのスタイルで販売される「峠の力餅」は、開業直後の明治34年から続く名物として親しまれている。列車の前の帽子をかぶった女性が売り子さんなのだが、準備不足でうまく撮れなかった。

板谷駅を境として両方の方向とも下り坂となっている。下の写真は峠駅を出てから山形よりの下り坂。豪雪地帯で雪が残っている。峠駅に到着する前に、坂を下っていく山形新幹線と遭遇した。すごく印象的な光景だったが、こちらも準備不足で撮影できなかった。

静けさが歴史を照らす、米沢
米沢には13時37分到着した。米沢城本丸跡に建立された「上杉神社」まで歩いていく。

米沢というと「米沢牛」。駅前にも焼肉屋などが並ぶが、米沢牛の自動販売機もある。米沢牛切り落とし200グラム1,000円もいいが、ホルモンMIX150グラム500円も魅力的に思う。キッチン付きのAirbnbで宿泊しているなら買いたいところだ。

九里(くのり)学園高校の正面玄関。

「あなたのお店の心を染める」山形屋染物店。

上杉神社の本殿に続く入口の舞鶴橋の右側には「毘」、左側には「龍」の文字が旗めいていた。上杉軍は、戦の際、本陣に「毘」の旗、総攻撃に「龍」の旗を掲げ、軍神の加護を信じて戦った。

本殿は1919年の米沢市大火で焼けたが、1923年(大正12)米沢出身の伊東忠太の設計により再建された。


上杉神社の境内にある春日神社の鈴と紐。本坪鈴と鈴緒(または鈴紐)というらしい。鈴緒の白さが木々の中で清々しい。

上杉神社の手前にある置賜文化ホールの前にある築山。女子高生だろうか。米沢は静か。

山形市・霞城公園の夕日が美しい
米沢では1時間51分観光した。15時28分、山形線山形行に乗り、16時17分山形に到着する。
山形城址・霞城公園に行く。雲の切れ間から「本丸一文字門」に夕日が差し込む。

公園内には、明治11年9月に竣工した擬洋風の病院建築物「旧済生館本館」がある。現在は「山形市郷土史館」として使われている。内部は、14角形のドーナツ型をした回廊に8つの部屋が作られ、診療室などに利用されていた。開館時間は午前9時から午後4時30分までで、私は間に合わなかったが、とても面白い建物であるだけにぜひ観たかった。入場料は無料。


日が差し込んできた。奥に見えるのは蔵王。

夕日が見たくてホテルに戻る。今夜の宿はワシントンホテル山形駅西口。山形駅直結の霞城セントラルの24階にフロントがある。

泊ったのは月山方面を臨む21階の部屋。真下にスクランブル交差点が見える。
松田聖子の「Rock’n Rouge」という名曲を思い出す。
Pure Pure Lips 気持ちはYes
横断歩道 白いストライブの上
Pure Pure Lips 待ってて Please
シグナル変わるまでに I Will Fall In Love
横断歩道の塗装のかすれに雪国の春の訪れを感じる。私が大学時代に過ごした金沢では、冬の間に自動車のスパイクタイヤのピンが路面を削るため、雪が融けると、横断歩道の白いストライプが薄くなっていた。春の到来は久しぶりに見る青い空と融雪装置の水が止まり塗装がはがれた横断歩道だった。今はスタッドレスタイヤなので、路面は削れないかもしれないが、40数年前の大学1年の3月を思い出した。
今日、このスクランブル交差点で告白があり、信号が赤に変わるまでに新たな恋が生まれるかもしれない。

夕日を観たくてホテルに戻るが、残念ながら山は低い雲に覆われていた。

霞城セントラルには24階には無料展望台がある。7時から23時までオープンしている。ここはぜひおすすめだ。
朝の散歩、山形駅の東を歩く
5時45分、朝の散歩に出発。朝早くは真面目な労働者が働きに出始める一方で、悪い奴は寝ているので、街は安全なことが多い。人は出始めると言っても、車は少なく、空気は澄んでいて、街自体の音が鮮明に聞こえて気持ちがいい。とはいえ、朝まで飲んでいた悪い酔っ払いがいることもあるので場所によっては要注意だ。私は一度だけ、東西統一後の東ベルリン地区で、ネオナチ風の若者が通りすがりにビール瓶を割って脅されたことがある。
駅の東口から歩き始めたが、山形はもちろん安全だ。いい洋風建築があった。「旧吉池医院」は、ジョサイア・コンドルの弟子である曽禰達蔵ともに設計事務所を開いた中條精一郎の設計による。建物は高い塔屋、左右非対称が印象的。曽根中條建築事務所の作品には明治屋ビルや講談社ビルがある。因みに中條精一郎の長女は作家の宮本百合子だ。

自転車道路こうありたいものだ。自転車道と自動車道に境があって、自転車は歩行者用か自動車用かどちらの信号に従うべきかを指示している。折角自転車用の舗装をしたのに、自動車が長い間駐車し、自転車が車道にはみ出なければいけないのは茶番としか言いようがない。

約400年前、山形城主の鳥居忠政が山形の町の生活用水や農業用水を確保するために作った「山形五堰」のひとつに「御殿堰」がある。
写真左は平成22年に、山形らしい町並みと景観、昔ながらの石積み水路を再現した親水空間。写真右は家と家の間を流れる用水。個人的は今も使われている用水の音が好きだ。

