見出し画像

71歳の決意。これからは「8割の力で、10割の美しさと正確さを魅せる」

——面接官の前で片足立ちを披露して一発合格した、120歳現役主夫の肉体管理論


昨日から今日にかけて、私はちょっとした、いや、大いなる「トホホ」な失敗をやらかしてしまいました。しかし、そんなトホホの裏側で、私の食と肉体へのこだわりは、生半可なものではありません。

なぜなら私は、加工食品や砂糖や油を一切口にせず、飲んでいる薬など一つもない、血液検査いつも100点満点の71歳だからです。

スーパーの品出しのアルバイトの面接を受けた際、面接官の前で「5分でも10分でも微動だにせず立ち続けられる片足立ち」を披露したら、一発で合格をもぎ取りました。ママチャリを漕いで10軒もの農家を回り、野川に自生するハマダイコンの葉っぱを毎日食べる。今年にいたっては1,500個もの梅干しを我が手で漬け込み、ドクダミ、枇杷、スギナ、よもぎ、藍の葉という5種類の野生の葉から、夫婦一年分の野草茶を手作りで仕込んで毎日飲んでいる。

自慢話だと思って聞かないでいただきたいのです。120歳を健康で生きるということは、それほどまでに、自分を徹底的に律し、管理し続けなければならない、あまりにも厳しい世界なのです。

ママチャリを漕ぎながら、街でよちよち歩きのおじいさんや、背中の曲がったシニア、杖を頼りに一歩一歩を踏みしめる人、シルバーカーを押してゆっくりと進む人の姿を目にするたびに、私の胸は痛みます。その人たちが人生を必死に生きている姿が分かるからこそ、たまらなく辛いのです。

そして、そういう時にこそ、何くそという猛烈な反発心が湧き上がってきます。「世の中からこの老いの辛さをなくしたい。私がその先頭を走るんだ」と。かつて三島由紀夫が老いに激しく抗ったように、私も心の中で強烈な牙を剥いているのです。世界を探しても、これだけの執念を持って生きている71歳はそうそういないはずですが、そこまで徹底的にやらなければ、120歳の健康は絶対に勝ち取れないのです。

世間の多くの人は、買ってきたサプリメントやレトルトの健康食品を口に放り込み、健康をお手軽に、ごまかしながら手に入れたつもりになっています。どんなに良い健康法だといっても、人間は途中でやめてしまったりして長続きしません。人間は放っておくと堕落する生き物なのです。一事が万事です。食事だけをやっても駄目、運動だけをやっても駄目。生きること、健康であることのすべてをトータルに突き詰めてやってこその、120歳現役なのです。

そうは言っても、私はもくもくと苦行のようにやっているのではありません。子供のように嬉しくて、心の底から楽しんで、遊ぶようにやっているだけなのです。だからこそ長続きするのです。そうやって自分の心と身体が喜ぶままに全力で遊ぶこと、これこそが、私が目指す生き方なのです。

それほど完璧に肉体を支配してきたつもりだったのに、私は夜の10時になってあの重たい玄米ご飯をたっぷりドカ食いし、今朝は我が胃腸が大反乱を起こして自爆する羽目になったのです。妻にはしょっちゅう呆れられています。「あなた、どうしていつもそうなの?」と。ふすまを少し開けたままにして締め忘れたり、ガスの火を弱い種火のままにしてしまったり。自分でも悲しくなるくらい、どうにも「抜け・漏れ」が多いのです。

先日の、あのサッカーでの大失態もまったく同じです。毎日欠かさない2時間の壁打ちテニスを終えたあと、親しくなった家族のお父さんと息子さんたちと一緒に1時間もサッカーで駆け回り、そのあと、小学3年生の子とキャッチボールまでやりました。公園の太い円柱コンクリートや階段のわずか30センチの斜めの壁を相手に、何十回も連続で狙い通りに壁打ちを決めて「テレビのびっくり番組に出られるぞ」と言われるほどのコントロールと体幹の貯金が、私を完全に油断させました。サッカーボールを追いかけながら、急反転したその瞬間、左肩に思いもよらず、強烈な激痛が走ったのです。ガスの消し忘れと同じ、致命的な「抜け」がそこにありました。

日本の男性の「健康寿命」の平均は72.6歳だそうです。数字だけを見れば、72歳手前の私は「あと少しで終わり」のカウントダウンに入っています。ですが、私は80代や90代では到底、死ぬに死ぬ切れないのです。私は去年の8月から1,300本ものエッセイをこのnoteで配信し、13万ビュー、1万1千回を超える「スキ」を積み上げてきました。この実績と、私を待ってくれている読者がいる限り、私は120歳まで現役のエッセイストとして、このはちゃめちゃな身体のまま、泥臭く書き続けていくぞという強烈な「執念と執着」があるのです 。

それに120歳まで、この世界を見届けてやるぞというシニアの自分自身を、観察しながら楽しんで生きるって、最高に面白いじゃないですか。

今回の胃腸の悲鳴も、肩の激痛も、私の体が「おいおい、お前のポテンシャルは最高だけど、どこか油断して俺たちをブラック企業みたいにこき使うなよ」と教えてくれた、愛あるブレーキでした。

そこで、これからの120歳現役ロードマップに向けて、綿密な新計画を立てることにしました。それが、これからは「8割の力で、10割の美しさと正確さを魅せる」ということです。

あのロジャー・フェデラーのプレーがなぜあれほど美しいかといえば、無駄な力みが一切なく、常にエレガントで合理的だからです。若者に負けじと全力ダッシュして反転するのではなく、熟練の予測能力とポジショニングで、スマートに、美しく魅せる人生が大事なのです。ふすまはピタッと閉め、ガスの火は完全に止め、環境を整える。開けっ放しのふすまに、中途半端な種火、そして夜の8時を過ぎたら胃腸の営業は完全に終了にするという念を入れた慎重さを、少しでも身に付けて生きていこうと思います。

71歳のお恥かしい失敗談。完璧になれない自分を笑いながらも、私の目はしっかりと、120歳の未来を見据えています。

「まだまだ油断するなよ」と神様が愛のブレーキをかけてくれる限り、私はこの愛おしい身体と共に、どこまでも泥臭く、生き抜いてみせます。


いいなと思ったら応援しよう!