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旅のはじまりを、もう一度。─ 第1章:幼少期から25歳までの私の旅の原点

私がこれまでに訪れた国と地域は28、街は80。

数字にしてみると、それなりに旅を重ねてきたように見えます。
けれど実際は、いつも思いつきと偶然の積み重ね。
その一つひとつの旅に、迷いや驚き、そして小さな気づきがありました。

今回は、そんな私の「旅のはじまり」を振り返ってみたいと思います。
同世代の方には懐かしさを、旅好きの方には共感を、
そしてこれから旅を重ねていく方には、小さなきっかけを届けられたら嬉しいです。


幼少期:地図帳の中の世界

私は、ごく普通のサラリーマン家庭に生まれました。
父は転職を繰り返し、暮らしは決して楽ではありませんでしたが、両親はお出かけが好きで、休みの日には車で時々遠出をしたり、季節ごとにいろんな場所へ連れて行ってもらいました。
それが何より楽しみで、知らない場所へ行くワクワク感が、私の旅好きの原点になったと思います。

弟も同じ環境に育ちましたが、今でもインドア派。
同じ家庭でも、人の感じ方は本当に違うものだと思います。

外に出かけるのが好きだった私ですが、家の中にももうひとつの“旅の時間”がありました。
それが、小学校でもらった「地図帳」です。
ページをめくるたびに、日本以外の国々の風景や文化が紹介されていて、それを眺めている時間が大好きでした。
その頃の私は、そこに載っている世界は遠い夢のようで、自分がそこへ行くなんて想像もしていませんでした。
後日談ですが、高校では地理の成績だけは常に上位。あの頃の興味がそのまま残っていたのだと思います(笑)


学生時代:スクリーンの向こうのアメリカに憧れて

中学生になると、時代はアメリカ映画全盛期。
テレビもファッションも音楽も、すべてが“アメリカ的なかっこよさ”であふれていました。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『トップガン』、そしてニューヨークを舞台にした『摩天楼(まてんろう)はバラ色に』──
登場する人々や街並みを見ながら、「この世界を自分の目で見てみたい」と少しずつ思うようになりました。
スマホもインターネットもない時代。
情報が少ない分、想像力だけがどんどん膨らんでいったのだと思います。

大学受験の頃、東京や大阪ではなくアメリカの大学へ行けないかと本気で考え、
留学パンフレットを取り寄せてみたものの、学費の高さに現実を知りました。
結局その夢は叶いませんでしたが、“世界の外側を意識する視点”は
この頃すでに芽生えていたように思います。


大学生:初めての海外で開いた“人生の扉”

大学に進学して田舎を離れ、都会での生活が始まりました。
アルバイトで自分のお金を稼ぎ、少しずつ行動範囲が広がっていく中で、
「そろそろ本当に海外へ行ってみよう」と思い立ちました。

21歳の時、初めての海外旅行。行き先はアメリカ・ニューヨーク。
テレビや映画で何度も見たあの街を、自分の目で見たい──
その一心で、仲の良い友人二人と向かいました。
当時は円高の時期で、学生でも手の届く価格だったのをよく覚えています。

初めてマンハッタンの街に足を踏み入れた瞬間、まるで体に電流が走ったような衝撃でした。
「今、自分は本当にこの場所にいるんだ」──
テレビや映画の中でしか見たことのなかった景色の中に立っている不思議さと高揚感。
あの瞬間のことは今でもはっきり覚えています。

ただ、その感動も束の間。
現実では、言葉が通じないという大きな壁が立ちはだかりました。
最初の食事で入ったマクドナルドで、簡単な注文すらスムーズにできず、
戸惑う私たちを見て店員が少し苛立ったような表情をしたのを覚えています。
悔しさと情けなさで、ハンバーガーの味もよくわからないまま店を出ました。

けれどその夜、ホテル近くのレストランで年配の男性店員が、
ゆっくりとした英語で話しかけてくれました。
「どこから来たの?」「ニューヨークはいい街だよ、楽しんでね」
そんな何気ない言葉が、心の底から嬉しかった。
拙い英語でも、伝わるものがある──そう思えた瞬間でした。

その時、私の中で何かが変わりました。
不安や戸惑いも含めて、すべてが新鮮で刺激的だった。
「もっといろんな国を見てみたい」と心から思いました。
まるで新しい人生の扉が開いたような感覚でした。

📸初めてのパスポートに押されたアメリカの入国スタンプ。

社会人:旅を続けた25歳まで

あの扉を開けてから、私は止まらなくなりました。
音楽やファッションの影響を受けて訪問したロンドンで感じた文化の香り。 パリで見たヨーロッパの街角の美しさ。
再び訪れたニューヨークでは、前よりも少しだけ旅慣れていることを感じました。
アメリカ西海岸をドライブした時は、広大な大地と自由な空気に圧倒され、 旅がただの“観光”ではなく“人生の学び”になりつつあるのを感じました。

気がつけば、学生時代に5回もの海外渡航。
あの頃は円高で、今では考えられないほど手が届きやすい時代でした。
行ける時に行っておいて本当によかったと、今になって思います。

社会人になってからも旅は続きます。
父が懸賞で当てたアメリカ・フロリダ州の旅行に家族で行ったり、
会社の社員旅行で訪れたインドネシア・バリ島では、初めてアジアの魅力に触れ、
「これからはアジアの国々も旅してみたい」と思うようになりました。

📸このスタンプを最後に、しばらく旅から遠ざかることになります。

21歳で初めての海外。25歳までに渡航7回。
新しい世界に触れるたびに、自分の中の価値観が少しずつ書き換えられていきました。
このまま旅を続けていくものだと、何の疑いもなく思っていました。

けれど──
このあと私は、しばらく旅から遠ざかることになります。
その理由、そして再び旅に戻るまでの物語は、第2章でお話しします。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
また次の投稿でお会いしましょう。

最近旅したマレーシア・ペナン島へ一人旅した時の記録です👇

夫婦でもたくさん旅に出ています👇


📸 旅のかけら。one scene, one thought.

📸朝日を受けてゆっくりと色を変えていくグランドキャニオン。
訪れるたびに、そのスケールの大きさに圧倒されます。

📍1997年2月・2015年9月 アメリカ🇺🇸グランドキャニオン・マーサーポイントにて

本文にも書きましたが、
私が幼少期から学生時代に得られる世界の情報といえば、
紙面(教科書やガイドブック)と映画・テレビくらいのものでした。
しかも当時のテレビは20インチにも満たず、
今のような高画質でもありません。
今に比べれば、格段に情報は少なかったように思います。

だからこそ、初めて海外へ行ったときの衝撃は、
今よりもずっと強烈だったように感じます。

ニューヨークのマンハッタンの夜景。
ロンドンのビッグ・ベンやタワーブリッジ。
パリの凱旋門やエッフェル塔。
フロリダのセブンマイルズブリッジ。
バリ島・クタビーチの夕日。
そして──このグランドキャニオン。

デジカメもなかった時代。
ろくに写真に収めることもできませんでしたが、
あの頃訪れた場所の景色は、どれも鮮明に心に刻まれています。

時代は変わり、今はスマホひとつで
行きたい街の情報を簡単に調べられるようになりました。
YouTubeで現地の様子を事前に見ることもできます。
それはとても便利で、私もその恩恵を大いに受けています。

けれど、今回この記事を書きながら
ふと昔の旅を思い返したとき、
どちらがより“旅の醍醐味”があって幸せだったのか──
わからなくなる瞬間もあります。

それぞれの時代に、それぞれの旅のスタイル。
ただ、ひとつだけ確かなのは、
これからも私は、死ぬまで旅を続けていくのだと思います。

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