「自分は一人では分からない ― 他者との関わりが“個性”をつくる」
自分が分からないという状態
子どもは、最初から「自分」というものをはっきり持っているわけではありません。
親の言うことをそのまま受け取り、周囲の環境に強く影響されながら生きています。
とはいえ、
「親の言う通りに動く存在」でもなく、
「自分のやりたいことが明確に分かっている存在」でもありません。
この段階の子どもは、
誰かのものでもなく、完全に自分のものでもない。
言い換えれば、自分と世界の区別がまだ十分についていない状態だと言えるでしょう。
人は比較の中で自分を知る
自分がどんな人間かは、実は一人では分かりません。
たとえば――
自分が背が高いかどうかを知るには、
自分より背の低い人や高い人と並ぶ必要があります。
自分が短気かどうかを知るには、
気長な人と接する経験が必要です。
私たちは、
「他人と比べることで初めて、自分の輪郭を知る」
生き物なのです。
世界と同化してしまうということ
関わる人の数が少ないと、
自分と他人の違いに気づく機会も少なくなります。
すると、
「自分と世界はそれほど違わない」
「自分は普通で、特別な特徴はない」
という感覚を持ちやすくなります。
これは自然なことですが、
そのまま大人になると、少し苦しくなることがあります。
親の手を離れ、
社会に出たとき、
「自分は何が得意なのか」
「自分はどういう人間なのか」
が分からないままだと、不安が大きくなるからです。
外に出ることの意味
外に出ることの本当の意味は、
「社交的になること」ではありません。
さまざまな人と出会い、
違いを知り、
自分の反応を知ること。
それによって、
・自分は何が苦手か
・何に疲れるか
・何が得意か
・何を面白いと感じるか
が、少しずつ見えてきます。
個性とは何か
私たちが「個性」と呼んでいるものは、
実はとても相対的なものです。
誰とも関わらなければ、
自分の特徴に気づくきっかけがありません。
だから個性とは、
生まれつき完成しているものではなく、
人との関係の中で形づくられていくもの
なのだと思います。
おわりに
「外に出ない子ども」の問題は、
単に性格や努力の話ではなく、
自分を知る機会が少ないという構造の問題なのかもしれません。
そしてそれは、
大人になった私たちにも当てはまります。
人と関わることは、
時に面倒で、疲れるものです。
それでも他者は、
自分を映す鏡でもあります。
自分を知るために、
世界と少し距離を取るのではなく、
少し触れてみる。
その積み重ねが、
「自分」というものを、ゆっくり作っていくのだと思います。
