百万石大名が江戸最強のオタクだった件。【加賀前田家展@東京国立博物館】
トーハク平成館、ひさびさの企画展
トーハク平成館の企画展「加賀前田家展」に行ってきました。平成館に入るの久しぶりだな~
振り返ってみれば昨年9月に『江戸☆大奥』展が終わって以来、平成館の展示はずっとお休みだったんですよね。運慶展(奈良・興福寺 北円堂の仏像)は本館のイベントだったし。
PRによると「加賀前田家展」では戦国大名・前田利家が興した加賀百万石の宝物が六十年ぶりに金沢から東京へ来るよ! と何やら凄そうな触れ込み。でも、ここで疑問が。
前田家の宝物って何?
自分、加賀藩と前田家についてあんまり詳しくないんですよね…。知ってることと言えば……
初代・前田利家は傾奇者として奇抜なスタイルを好んだ
利家と秀吉は信長の部下としてほぼ同期の仲。妻まつとねねも仲が良く、家族ぐるみの付き合い
加賀国の一向一揆を鎮圧し、支配大名となった。脅威の百万石大名
東大本郷キャンパスは元・加賀藩邸跡地。「赤門」は十三代が将軍家からお姫様を妻に迎えた際に建てた。
明治以降の東京邸は東大駒場キャンパスのお隣に建つ旧前田侯爵邸。現在は一般公開されていて、豪華な華族の邸宅を楽しめる。
この情報のどこからどんな宝物が登場するのか全然分からない…刀剣とかかなぁ…?

うーん、刀剣乱舞のコラボパネルが来てるので名刀はありそうね。
さて、一体何が目玉なのか予想もつかない本展には学芸員さんの解説付き夜間特別鑑賞会なるものが存在すると知り、参加してみました。
各回300名限定で参加者には講演会の後、特別に展示室が解放されるという特典が魅力的。追加料金は必要でしたけど。
開催日程は四日間。自分は4月30日回の参加です。この日の講師はトーハクの佐藤寛介さん(刀剣武具の専門家)と前田育徳会の柳田甫さん(古文書学の専門家)。
こうして挑んだ加賀前田家展ですが、その内容はというと……
アオリ文句を遥かに上回る凄いやつでした!
・国宝、重文、また国宝(99件ある!)
・保存状態がやたら良い。これが安土桃山時代の宝物とかウソでしょ!?
・コレクター魂に加賀百万石の富を注ぎ込んだ! 刀剣、茶道具、名物裂、甲冑、陣羽織、古文書に次ぐ古文書。
・思わず刮目、工芸傑作選『百工比照』
・コレクター魂は明治維新を越えて~前田侯爵、著名人の筆跡を集める~
そして、なぜこれほどの宝があまり知られていないのかも分かりました。
写真がないのです。
名物刀『大典太光世』すら画像がろくに出回ってない。年代的に考えて著作権に引っかかるとは思えないので、宝物を管理している前田育徳会の画像利用ポリシーが厳しいのかな?……うん、厳しいな。
粗い画質で構わんので使用可能な画像があれば本記事も映えるのですが…!
展覧会の概要
前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」
会場:東京国立博物館 平成館
会期:2026年4月14日(火)〜6月7日(日)
出品数:作品リスト上は240番まで。展示替え複数回。
章立て:
第1章 加賀前田家歴代
第2章 百万石の文化大名
第3章 加賀前田家の武と茶の湯
第4章 天下の書府
第5章 侯爵前田家のコレクション
撮影は第5章の指定エリアのみOK。膨大な量の展示物はほぼ撮影出来ないので、目蓋に焼き付けましょう。
夜間特別鑑賞会 4月30日(木)は講師:佐藤寛介さん(東京国立博物館)、柳田甫さん(前田育徳会)
加賀前田家の宝物=最強のオタクによるコレクション
冒頭で「加賀前田家の宝物が想像できない!」と叫んでいたNyoriですが、展覧会を回るうちに解決しました。展示替えがあるにも関わらず1.5時間じゃ見切れないほどの膨大な宝物群が押し寄せてくる本展を貫くテーマがあるとすれば、自分はこう表現します。
百万石を手にしたオタクの最強コレクション。あるいは、百万石大名は戦に興味がないアピールに全力投球。
初代の没後、百万石という御三家を凌ぎかねない国力を有する前田家は徳川幕府の目の上のタンコブになりかけます。攻め込まれちゃたまらん前田ファミリー、平和友好の姿勢を見せるため利家の妻・まつが江戸に人質として赴いたり、徳川将軍家から妻を迎えたりと涙ぐましい努力を重ねます。文化に徹底的に金をかけて戦争するつもりがないよアピールをしたのもその一環。三代目を継いだ前田常利はずいぶん苦労したようです。
さらに常利が英才教育を施した前田家五代・前田綱紀は長い治世の間に古典籍を集めまくり、工芸技術標本を体系立てて保管し、能にハマって宝生流能楽師を金沢に呼び寄せ、建物のゴージャス増改築に励んだとか。

伝統ある寺社仏閣、貴族の家に金銭的援助を惜しまず、その見返りとして寺社や名家に伝わっていた古文書を貰い受けてコレクションに加えたそうで、出来上がった書庫は当時最強とされた知識人・新井白石をしてヤバい(天下の書府)と言わしめとかなんとか。
五代の後も収集熱に浮かされた当主が出現したそうで、展覧会では増強され続けたコレクションの果てを見ることが出来ます。
その熱は明治維新後も冷めることなく、直系でないはずの十六代・利為が駒場の屋敷に築いた素敵なコレクションがラストに展示されてました。
最初は平和工作のためだったのかもしれません。でも、大義名分とお金があれば、オタクはこんなにも素晴らしいコレクションを作り得るのだなぁと感じ入りました。羨ましい、自分も好き放題コレクションしたいッ……!
展示室より:まずは甲冑を見よう。
以下、写真はあまりないですが、実際の展示物に対する感想をつらつら語っていきます。
まずは第1章「加賀前田家歴代」。
ここは前田利家にはじまる歴代当主のカブいた武具コーナー。初代が金ピカアーマー + 超縦長の兜とかいうド派手ファッションをやっちゃうと、後続もそのテイストを継承しなくちゃならないので大変そう。父のスタイルに倣った二代目の鯰尾型兜(純銀、高さ127cm)を見ながら思わず感じ入ってしまいました。
夜間鑑賞会特典として前田利家の愛用武具『金小札白糸素懸威胴丸具足』の撮影許可をいただいたので、戦場で目立ってしょうがないゴールデンコーティング具足の姿をご覧ください。

奥に小さく写ってるのが息子のシルバー兜




具足のほか、ハデハデ陣羽織も壁一面に飾ってあって大迫力。武家大名の独特過ぎるファッションセンスを堪能しました。
第三代・利常の大名コレクション
具足の後は加賀前田家の礎とも言える前田家三代・利常が収集したコレクションが並ぶ第2章「百万石の大名文化」。
古筆跡や絵巻物、各種写本の合間に著名人の直筆文書が差し込まれています。例えば聖武天皇が自ら筆を執ったとされる『賢愚経残巻』とか…
平清盛が弟・頼盛と手分けして書いた『紺紙金字法華経 巻第四』とか…(下の画像はイメージです)
藤原定信筆の『金沢本万葉集』とか…(※画像は三の丸尚蔵館が保有しているもの)
国宝
— neko (@jyanneko) November 8, 2024
「金沢本万葉集 巻第二」
藤原定信
(平安時代(12世紀))
皇居三の丸尚蔵館・公家の書。
瓜文の雲母摺り。
和製唐紙。
調度手本。
前田家伝来。
万葉仮名と仮名。 pic.twitter.com/49M36KYG4o
圧巻のタペストリー『アエネアス物語図毛綴壁掛』も掲げられています。縦三メートルを超える大迫力、しかも内容はギリシャ・ローマ神話。江戸初期にこんなものが来日していたことに改めて驚くとともに、描かれた物語の内容が自分にも理解できるところに、文化伝承の絶え間ない積み重ねのありがたみを感じました。
刀剣
予想通り刀剣もいっぱい来てます。
学芸員さん曰く、加賀前田家のベスト三振りは
『大刀 銘 光世作(名物 大典太)』…秀吉から下賜
『薙刀 無銘』
『小太刀 無銘』
……とのこと。大典太光世はともかく、無銘、無銘ってどれだよいっぱいあるよ…と、展示会場を探し回る羽目に陥りました。どの刀も立派なんだもん。
名のある加賀前田家の名物刀剣としては他にも『短刀 前田藤四郎』や『刀 富田江』が有名だそう。刀剣乱舞パネルの少年はこの藤四郎くんなのでしょう、きっと。
数が多すぎて素人には難しいですが、いずれも劣らぬ名剣が集ってますので、刃文好きの方にはこれだけでも来る価値があるはず。
また、刀の装飾具も大量に出ていて、職人の超絶技巧が楽しめました。
茶道具
戦国武将といえば茶道具ですね。
秀吉に近しかった利家なので、もちろん千利休の手になる茶器も保有しています。こちらは利休作の茶杓がセットになった重要文化財『大名物 唐物茄子茶入 銘 富士』。重心が下がったどっしりタイプのなすびで、静嘉堂文庫の九十九茄子、松本茄子と併せて戦国大名が賞翫した天下三茄子のひとつとされています。たかがナスビ、されどナスビ。幾人もの戦国武将がこの茄子のために戦ったかと思うとシュールな気分。茶道具ってこわい。
第四の曜変天目とも油滴天目の傑作とも言われるMIHO MUSEUM所蔵の重要文化財な天目茶碗も登場。これは去年、京都国立博物館で開催した『特別展 日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―』で見たやつです。
静嘉堂文庫で見られる稲葉曜変天目と比べるとキラキラ感は無いに等しいものの、複雑なレインボーの色調を見せる雫状の模様は確かに出現しており、タールに似た重たげな黒釉と相まって面白い茶碗です。
茶道具コーナーで特に素晴らしかったのは安土桃山時代のレアな布セレクション。非常に綺麗な状態を保っており、綾なす錦、金糸の色味も鮮やかで一見の価値あり。
天下の書府(集めに集めた貴重書の群れ)
先にコメントしたように、前田育徳会の国宝・重文は99件。うち70%が古典籍、つまりオールドな本と巻物です。その中枢を成すのは五代・前田綱紀の作り上げた「天下の書府」こと尊経閣文庫。
「第4章 天下の書府」には歴史の本で一級資料として名の挙がる書物がずらずらずらと並びます。アート的価値はともあれ、写本多めとはいえこれだけの貴重書が一堂に会する機会はそうあるものじゃない。時間を喰うのを承知で見入ってしまいました。
ちなみに前田育徳会の柳田甫さん(古典文献学がご専門)の選ぶ前田家古典籍ベスト3は『小右記』『水左記』『類聚国史』だそうです。このうち『水左記』は平安時代の原本だとか。すごい。
小右記(写本):小野宮右大臣・藤原実資の日記。藤原道長と同時期を生きたインテリの見た平安京の赤裸々な姿が残る。
水左記(原本):平安後期の貴族・源俊房による日記。藤原道長の『御堂関白記』に次ぐ古さを誇る。疱瘡の対策にかつてこの病が大流行した天平九年(737年)の記録を参照していたりしてユニーク。
類聚国史(写本):菅原道真が編纂した平安初期の百科事典。869年に東北地方に大津波をもたらした貞観地震に関する詳細な記録で知られる資料。
『類聚国史』は地震のページが展示されていたのですが、余震までみっちり書かれていて昔の人が熱心に記録を付けた姿が目に浮かぶようでした。
第4章には前田綱紀が珍しい葉っぱの模様を転写したページ付きの日記などユニークなものがたくさん出ていますが、個人的に一番感動したのは重要文化財『百工比照』。当時のモノづくりの実物見本集という、他に類を見ないコレクションです。紙・革・漆・染織・木竹・金属・漆器など多様な素材を分類・比較して並べたほか、襖の取っ手に用いるゴージャスな釘隠しの傑作を集めて箱にきちんと並べています。その数千点、数十箱。
見た目の美しさもさることながら、文化史的な価値も計り知れない一大アーカイブ。これを作ったせいで藩の財政は圧迫されたそうですが、それでも偉大な事業だったと思います。
どうして国立近代美術館の工芸部門が金沢にあるのか理解できた気がしました。

前田侯爵のコレクション
ラストの第5章は明治・大正・昭和に突入。この時代になると、前田家も東京を拠点として活動するようになってます。
東京駒場の前田家本邸を飾ったとされるインテリアがまとめて展示され、往時を偲ぶ空間が作られていました。ここは撮影可能なので、戦前の優雅な武家系華族ライフに思いを馳せてみます。


お! アールデコ展で何回か遭遇したポンポンさんのシロクマだ。ここにもいたんだね

ポンポンさんは愛嬌のある動物の像で一躍有名になったらしい。

ごく小さいながらも色味のきれいなルノワールの油彩画
素敵な美術品が並んでいても、やっぱり血は争えないな…と思わされるのは十六代・前田利為のコレクションコーナー。一応分家からの養子として本家を継いだ彼ですが、ご先祖のオタクっぷりに恥じぬオタク魂を発揮し、前田家のコレクションを更に豊かにしたようです。

古代の丸型ガラス(トンボ玉)のコレクション。世界各地から集めており、箱の裏には利為自ら記した分類メモが付いているとか。

著名人の筆跡集めはついにワールドワイドへ…。これは『シャーロック・ホームズ 最後の冒険』執筆直後、ファンから生き返らせて!と要求されたドイルがしばらくヤダ、と答えている手紙。

きれいな筆記体で書かれたナイチンゲールの直筆手紙。ロンドンの友人への感謝状

ルイ14世が弟(オルレアン公)に出した手紙。サインの迫力がすっっごい。

前田家では自分たちのルーツの研究も行っているらしい。抜かりなき研究魂
まとめ
とにかく量が多い…! そして色々と凄い!
あまり積極的な広報が為されてこなかったものの、貴重品が山ほど収蔵されている加賀前田家のコレクションを東京で拝める貴重な機会です。
百万石のオタクの情熱に圧倒されてみませんか?日本史に興味のある方にはかなりオススメ。
参考
使用可能な参考画像がネットにほとんどないので、会場の雰囲気はメディア記事でご覧ください。
