反発的な選手に、指導者はどう向き合うか
「態度が悪い」で片づけたくなる場面
先日、コーチと選手の間に小さな摩擦が起きました。試合中、コーチが選手にある行動について注意をしたところ、選手は素っ気ない口調で「大丈夫です」と笑いながら返しました。コーチにはそれが、反発しているように映りました。
こうした場面に立ち会うと、指導する側はつい「態度が悪い」という言葉で片づけたくなります。ですが、この選手に直接話を聞いてみると、本人は一貫して「ふざけたつもりも、反発したつもりもなかった」と言うのです。
この食い違いにどう向き合うかが、指導者としての力量が問われるところだと感じました。
「反抗した」と決めつけないが、「問題なかった」わけでもない
まず大切にしたのは、本人の言葉を頭ごなしに否定しないことでした。悪意がなかったという本人の説明は、一度きちんと受け止める必要があります。
ただし、「悪意がなかった」ということと、「その振る舞いに問題がなかった」ということは、別の話です。ここを混同してしまうと、「悪気がなければ何をしてもいい」という誤ったメッセージを本人に伝えることになりかねません。
本人には、こう伝えました。「悪意があったかどうかではなく、相手にどう伝わったか、そしてあの場面での振る舞いとして適切だったかを考えてみよう」。意図と結果を切り分けて考えさせることが、最初の一歩でした。
正解を教えるのではなく、本人に考えさせる
次に意識したのは、「その言い方、態度が悪い」と直接指摘するだけで終わらせないことでした。それだけでは、本人は「何がいけなかったか」を表面的にしか理解できず、似たような場面でまた同じ対応を繰り返しかねません。
代わりに、こう問いかけました。「もし自分の行動についてコーチから注意を受けている場面だったとしたら、どう返すのが一番良かったと思う?」。
正解をこちらから与えるのではなく、本人の口から答えを引き出す。この過程を経てはじめて、その気づきは本人の中に残るものになります。
不満の「逃げ道」をふさぐ
この選手には、別の悩みも抱えていました。思うようにチーム内での出場機会を得られていなかったのです。そこで、その不満が今回の態度に影響していないかを確認しました。
本人は「そのことは特に何も思っていない」と答えました。ここは重要な分岐点です。もし不満が理由なら、そこにまず向き合う必要があります。しかし、そうでないと本人が言うのであれば、「それなら尚更、今の自分の振る舞いをしっかり見直そう」と伝えることができます。不満を言い訳にする逃げ道を、あらかじめふさいでおくことが必要でした。
ここで気をつけたのは、「人間性が悪い」と人格そのものを否定しないことです。指導の対象はあくまで「行動」であって、「人間性」ではありません。この線引きを本人にも明確に伝えました。
出場機会を外すことは、「罰」ではなく「信頼の再構築」
こうした場面では、「同じことを繰り返すなら試合に出さない」という話が出ることがあります。ですが、この扱い方には注意が必要です。
単に「態度が悪かったから出さない」と伝えれば、本人にはそれが罰としてしか受け取られません。そうではなく、「試合に出るということは、技術だけでなく、チームの一員として責任を持って振る舞うことも含んでいる。そこがまだ整っていないなら、まず整える時間にしよう」という位置づけで伝えることが大切です。
出場機会は懲罰の道具ではなく、信頼の上に成り立っているものだと理解してもらう。この違いは、伝え方一つで大きく変わります。
一度の出来事で、選手にレッテルを貼らない
最後に、最も大切にしたいと思ったのは、この一度の出来事だけで「態度が悪い選手」というレッテルを貼らないことでした。
本当に見るべきは、これから先、注意を受けたとき、ミスをしたとき、思い通りにいかなかったときに、この選手がどう反応していくかです。まず素直に受け止められるようになったか。言い訳より先に自分の行動を振り返れるようになったか。そうした変化を、時間をかけて見ていく必要があります。そして、変化が見られたときには、それをきちんと本人にも伝えることが欠かせません。
「自分がどう見えているか」を学ぶ機会に
今回のようなケースは、見方を変えれば大きな成長の機会でもあります。「自分の意図」と「相手が実際に受け取ったもの」は、必ずしも一致しない。この事実に気づけるかどうかは、競技のレベルが上がっていくほど重要になっていきます。
一つの出来事を「叱られて終わった経験」にするのか、「自分を客観的に見つめ直すきっかけ」にするのかは、その後の関わり方次第で大きく変わります。指導者として意識したいのは、怒って終わらせることではなく、選手が一段階成長するための材料として、その出来事を扱うことなのだと思います。
