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技能実習生#せりふ三題噺#氷サンバルソース豚#「これはきついって」

 片山茂雄は自動車部品のプレス加工をする中小企業の工場に勤めていた。二年後には定年を迎え、その工場を辞めるつもりでいた。

 茂雄が務める会社も人手不足が深刻で、その対応策として技能実習生を受け入れることにした。
 会社としては初めてのことなので、とりあえずはインドネシア人でアーマドという名前の二十五歳の男性一人を受け入れた。
 アーマドは、会社が用意したアパートに住むことになった。そこから、自転車での通勤で、会社までは十分ほどかかった。
 
 アーマドが入社してきて一週間ほど経ったころだった。
 雨の日でアーマドは危なっかしい傘さし運転で自転車に乗っていた。
 車に乗って会社に向かっていた茂雄は、その様子を見かけて車を止めアーマドに声をかけた。
「アーマド君、俺の車に乗っていかないか?」
 そう言われ、アーマドは少し戸惑っていたが、車に乗せてもらうことにした。自転車はアパートを出たばかりだったので、引き返してアパートの屋根の付いた駐輪場に停めてから茂雄の車に乗りこんだ。
 それ以来、雨が降ればアーマドは茂雄の車に乗せてもらうことになった。
 そして、茂雄とアーマドは親しくなっていった。

 茂雄には子供がいたが、独立して東京で所帯を持っていた。今は妻の美奈子と二人暮らしだった。
 茂雄はアーマドと親しくなればなるほど、息子のように感じるようになった。

 アーマドは、敬虔なイスラム教徒で肉を食べることができなかった。
 最初の頃、アーマドの昼食は会社が契約していた仕出し屋の弁当だったが、豚肉を食べられないこともあり、自分で弁当を作ってくるようになった。
 アーマドの作ってくる弁当はサンバルソースなどを使った色鮮なインドネシア料理だった。

 お昼休憩では茂雄とアーマドは並んで食べていた。
 ある日、茂雄は「アーマド君、少しその弁当を味見させてもらっていいかな」と聞いた。以前から、香辛料の良い匂いのするインドネシア料理を食べてみたいと思っていたのだ。
「ドウゾ、食べて・・・」
「それじゃあ、いただきます」
 一口食べた茂雄は、一瞬にしてし顔が歪んだ。
これはきついって…、ゴホッ、ゴホッ・・・」
 咽た茂雄は、あわててお茶を飲んだ。
「辛いなあ・・・」
「そうデスカ・・・」
 アーマドは、そんな茂雄を見ていたずらっぽい笑みを浮かべた。
「でも、美味しいよ・・・ゴホッ」
「イイです、無理シナイデ・・・」
 アーマドが持ってきていた料理は、サンバルソースの中でもとりわけ辛いサンバル・マタを付けた魚料理だった。

 それから、数ヶ月後に二人の仲をさらに深めることがあった。
 ある雨の日、茂雄はいつものようにアパートの前でアーマドを車に乗せた。
 その日は、たまたまカーラジオをかけていた。ラジオからは朝の情報番組が流れていた。その中のリクエストコーナーで谷村新司の「昴」がかけられたのだ。
 すると、その歌に合わせてアーマドが歌いはじめた。
 それを茂雄は、驚いた顔で聞いていた。
 いつもは、たどたどしい日本語なのだが、歌は完璧に近い日本語の発音だった。

「アーマド君、この歌知ってるの?」
「ハイ、ワタシの好きな歌デス。イマ、インドネシアでも他の国でも、日本の歌がニンキです。80年代のもの、インドネシアで、友達と、よくカラオケ行って歌いマス」
「へー、そうなんだ知らなかったな。80年代といえば、俺の若い頃だよ、そんな頃の歌が人気だなんて不思議だなあ」
「インターネットです、イマ、インターネットでなんでも聞ける。日本の歌キレイです、言葉わからなくても、メロディーいいデス。ワタシ、日本の歌で日本語おぼえまシタ。そして、日本に行きたいという夢もちました」
「そうなのか・・・。それじゃあ、夢が叶ったんだね」
「はい!」
 アーマドは嬉しそうな笑顔で答えたが、表情を戻しうつ向いた。
「でも・・・、日本に来たけど・・・、なかなかカラオケいけない。ひとりだとカラオケに行けない・・・」
「それじゃあ、今度の休みに一緒にカラオケ行こうか」
「えっ?いいんですか・・・」
「うん、俺も久しぶりにカラオケで歌いたいからな。若い頃はよく行ったもんだ」

 次の週末、二人はカラオケに行って盛り上がった。
 その後にも、ちょくちょくカラオケをするようになって、そこに美奈子も入るようになった。
 カラオケだけではなく、アーマドが茂雄の家を訪れ食事をしたり、車で観光地に出かけたりもした。
 やがて、アーマドは二人を「お父さん、お母さん」と呼ぶようになった。

 そして、アーマドの技能実習生としての期限である五年が経った。
 茂雄は定年を三年延ばしてアーマドと一緒に働いて、アーマドが実習を終えるのと同時に退職することになった。

 アーマドの帰国が一周間後に控えた日曜日、三人だけのお別れ会をカラオケボックスでやることになった。

 カラオケボックスのカウンターで受付を済ませた後、美奈子はドリンクバーのコーナーに行った。
「アーマドは、コーラでいいよね?」
「はい」
 美奈子はのボタンを押してグラスに氷を入れ、コーラのボタンを押してコーラを入れた。
 カラオケに来れば、いつもやっていることなのだが、これで最後だと思うと美奈子は一つ一つの動作に思いを込めた。
 その後、三人は指定された部屋に入った。
 部屋では乾杯をするため、茂雄が注文していた生ビールを待っていた。
 その間、三人の口数は少なかった。

 生ビールがくると、アーマドは改まった感じで話始めた。
「お父さん、お母さん、五年間、ホントにお世話になりました。お二人のことは、インドネシアに帰っても忘れません」
 二人の目は潤み始めていた。
「あのー、インドネシアでは苗字、を持つ人はあまりいません。ほとんどが名前だけデス。私の名前もアーマドだけデス」
「へえー、初めて知ったよ。俺は、アーが苗字でマドが名前だと思ってた・・・」
 茂雄は目が潤みながらも笑って言った。
「もー、そんなわけないでしょう・・・」
 美奈子も笑いながら言った。アーマドも笑顔を作った。
「それで・・・、私は、これから苗字を持つことにしマス。今日から、私はカタヤマ・アーマドになりマス。もう、お二人のホントの子供になりマス」
「ありがとう、私たちも本当の子供だと思っているよ」と茂雄が言った。
「また、日本に来ることがあったら家にきてね、大歓迎よ」と美奈子が言った。
「はい、ありがとうございマス」とアーマドは頭を下げた。
 もう、三人の涙腺は崩壊寸前だった。

「それじゃあ、乾杯しましょうか」
 美奈子の言葉で三人は乾杯をした。

 その後のアーマドが歌った「昴」で茂雄と美奈子の涙腺は完全に崩壊した。
 アーマドも涙を流しながら歌った。

      おわり

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はらとけいさんの「せりふ三題噺」参加作です。
よろしくお願いします。

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