バチ当たり#シロクマ文芸部#夜店から
夜店から買った十本の焼き鳥が入ったパックをもって、俺は、お祭りの運営役員が休憩に使うテントの中に入った。テントの中には他の役員数人が休んでいた。
俺は「これ食べてください」と彼らの前に焼き鳥のパックを出した。
「おう、気い使ってもらって悪いな。お前もこれ飲めよ」と役員の一人が缶ビールを出してくれた。
テントの中には冷えた缶ビールの入った大型のクーラーボックスがあった。
今夜は地区にある神社のお祭りだ。といっても、参加するのは五年ぶりくらいになる。
子どもの頃なら毎年のように来ていたが、大人になってからは来ることはなかった。
それが、俺も年齢が上がって地区の役員なんか任されるようになると、何年かに一度はお祭りに来なければならなくなった。
前回五年前は空き地に設けられた駐車場の整理を任された。そして、今回は警備の役目で神社周辺のパトロールをやった。
パトロールといっても警備係の腕章を付け懐中電灯をもって神社の周りを二周もすると、だいたい役目は終わった。
五年前の駐車場係はお祭りが終わるまで駐車場に張り付いていなければならなかったし、さすがにビールを飲んでいるわけにもいかなかった。
九月初旬、まだ昼は三十度越えで夜になっても熱気が残っていた。貰った缶ビールは格別に美味しかった。
俺は他の役員とバカ話をしながら、調子よく缶ビールを空けていた。
しばらくすると神社の境内で興行が始まった。
境内の地面にブルーシートが敷かれ、その上に茣蓙も敷かれていた。
興行の舞台は、大型トラックの荷台が使われていた。
その荷台の舞台に立ったのは地元ローカルのラジオ局にも出ていて、一応はミュージシャンという肩書の男だった。
彼のことは何度かラジオを聞いて知っていた。
「こんばんは、今夜はここのお祭りに呼んでいただきありがとうございました!」
彼がマイクの前で挨拶したが、拍手はまばらだった。
それもそのはず、茣蓙の上には十数人くらいしか座っていなかったのだ。
あとは、夜店のおもちゃ屋辺りに子供連れの家族がちらほらいるだけだった。
これは、五年前も似たような光景だった。
お祭りを運営する役員の間では、毎年のように「興行は止めたほうがいいのでは」という意見が上がるが、どういう訳か毎年続いていたのだ。
少子高齢化が進み、お祭りに来る人の数も年々減っているのだから、興行をやらなくてもいいと俺も思うのだ。
こんな状況では、興行に呼んだ人にも失礼なような気がした。
お祭りそのものは来る人が減ったとはいえ、境内での獅子舞の時は結構な人だかりできるのだ。
そして、獅子舞が地区内を回るため境内を出ると、人々がそれに付いていくのか境内の中が閑散としてしまう。
その獅子舞が地区を回り終え神社に帰ってくると、再び境内が賑わうのだ。
つまり、ちょうど興行の時間帯だけ閑散としてしまうのだ。
テントの中の役員の間でも、そんな興行についての話が出た。
俺も「ほんと、呼んだ人に申し訳ないよな」と言いながら缶ビールを飲んでいた。
そして、俺は酔ったせいで気が大きくなってしまったのか、気が付けば舞台の上のミュージシャンに声援を送っていた。
彼の歌の最中に大声で合いの手を入れた。
「イエー!イエー!」とか「いいぞ!いいぞ!」とか・・・。
かえって彼には迷惑だったかもしれないが、俺は酔った勢いもあり叫ぶのが気持ち良くなっていた。
約一時間の彼の歌の間中、俺は叫びまくった。
その夜の興行にはもう一組の出演があった。
地元のアマチュアバンドで、80年代の曲を演奏した。
それは、まさに俺の青春時代の曲だった。
俺は、さらにノリノリで叫び、演奏に合わせて歌った。
その夜の興行を、俺は十分に堪能して気分良く家へ帰った。
「これだけお祭りを盛り上げたのだから、何かご利益があるだろう」と思いながら眠った。
翌朝、御利益ではなくバチが当たったのか、俺は喉が痛くガサガサの声になっていた。
おわり
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*小牧幸助さんの「お題で書き始めるnote企画」参加作です。よろしくお願いします。
*この話は、自分の実体験が元になっています。
