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刑事甲論望#せりふ三題噺#合皮シーグラス将棋#せりふ「調べないほうがいいよ」

 午後三時、笠井信夫は友人であり会社の共同経営者でもある西城次郎の邸宅を訪れていた。
 次郎の妻と娘は旅行に出かけていて次郎は一人でいた。

「信夫、さっそく始めようぜ。新しい将棋の駒を買ったからそれを使う」
 次郎はそう言って、書斎の奥の隠し金庫から将棋の駒を出してきた。
「おいおい、将棋の駒をそんな所にしまっているのか?」
「そうだよ、この駒は高かったんだ。将棋の駒の産地で日本一の山形県の天童市の名工に特注で作ってもらったんだ。盗まれたら大変だからな・・・」
「いくらなんでも、駒を金庫にしまうかねえ・・・」
 信夫はあきれた顔をした。

 信夫と次郎は幼馴染で親友でもあった。小さい頃から将棋をして遊んでいたのが今も続いていた。
 共同経営している会社は次郎が始めたもので、その後に信夫が声をかけられ共同経営者になったのだ。

 最初は黙ったまま真剣に将棋を指していた二人だが、先に口を開いたのは次郎だった。

「なあ、最近、どうもうちの会社の誰かが金の使い込みをしているようなんだ……」
 信夫の顔色が変わった。
「そ、そうか、そいつは大変だ……。誰だかわからないのか?」
「ああ、これから調べてみるよ」

 使い込みをしていたのは信夫だった。
 株の投資の失敗で借金を作り、その穴埋めに会社の金を流用したのだった。

 信夫の指し手が止まった。長考しているふりをして、頭の中では使い込みがバレないようにする方法を考えていた。
 そして、次郎を殺害するしかないと決断した。
 殺害すれば経営者は自分一人になるのだ。それなら、単純に考えても収入が二倍になるとも目論んだ。

 信夫は突然、近くにあった分厚く重いガラス製の灰皿で次郎を殴った。だが、次郎は倒れなかった。
「何をする!」
 二人はもみ合いになった。
 その時、将棋盤の上の駒が辺りに散らばった。
 二度三度殴ると、次郎は頭から血を流し息絶えた。

 信夫は、大急ぎで散らばった駒を集めた。血の付いた駒は丁寧に拭き取って桐の箱に入れた。
 それを金庫には戻さずに書斎のデスクの脇の棚に置いた。そこには別の将棋の駒が入った箱もあった。その脇に将棋盤も戻した。
 それから、凶器に使った灰皿を痕跡が残らないように拭いた。

 次にアリバイ工作のために次郎がしていた腕時計の針を四時間進めた。そして、何回も腕ごと床に叩きつけ壊した。
 さらに、物取りの仕業に見せかけるために書斎中の机や棚の抽斗を開け、中の物をばらまいた。財布や金目のものを見つければ、それをポケットにしまった。
 書斎の奥の金庫は次郎が駒を出した時からカギが開いていた。
 そこから中にあった宝石類もポケットに入れた。

 一連の行動を終え、信夫は一息つき辺りを見回した。
 これで完璧だと思った信夫は「絶対に犯罪がバレない」という自信を持った。
 そして、何食わぬ顔で次郎の邸宅を出て行った。

 だが、信夫にとって不幸だったのは次郎の邸宅のある所轄の警察署に数々の難事件を解決してきた刑事「甲論望」がいたことだった。

 次郎の遺体は、翌日の午後に旅行から帰宅した妻と娘によって発見され通報された。
 そして、すぐに所轄署から甲論望が事件現場に駆け付けた。
 甲論望は鋭い推理力で早い段階から信夫が怪しいとにらみ、自宅や仕事場に何度も押しかけ信夫を質問攻めにした。

 事件発生から一月後の夜、甲論望は信夫の家を訪れた。

 信夫は玄関のチャイムが鳴ったので来客用モニターを見た。
「また、あんたか。もう話すことが無いよ、帰ってくれ」
「そういう訳にはいきません。これが見えますか?」
 甲論望は家宅捜索の令状を見せた。
 信夫は、しぶしぶと甲論望を中へと入れた。その後に七・八人の警官も入ってきた。

「すいませんねえ、こんな夜に。刑事なんて因果な商売でねえ、ちょっとしたことでも調べないと怒られるんですよ…。奥さん、なるべくすぐに帰りますんで、どうかご心配なく」
 甲論望は居間のソファーに座り、顔色を悪くしていた奥さんを気遣って言った。
「そうだ、心配ない、俺は潔白だ」

「甲刑事、こんなのが発見されました。中には宝石のようなものが入っています」
 家宅捜索をしていた警官が灰色の合皮で出来た巾着袋を持ってきた。
 それを見た信夫は「調べないほうがいいよ」と言った。

「ほお、それはどうしてですかなあ、教えていただけますか、笠井さん」
「時間の無駄ですから」
「というと?」
「その中身は、私が趣味で海岸を回って集めているシーグラスですよ。まあ、宝石の隠し場所としては目立たなくていいと思いますが、中のシーグラスは俺が宝石みたいに光まで磨いているからね。壁を見てください、これは全部そのシーグラスを使って俺が作ったアート作品ですよ」
 壁には言った通りに額縁に入った作品が何枚も飾ってあった。
「そうですか。でも一応、中身を確認させてもらいますよ」
「ご自由に」

 甲論望は巾着袋を開き、中身をテーブルの上に出した。
 なるほど、信夫の言うように中身はキラキラ光る色とりどりのシーグラスだった。だが、その中に異質な物があった。
 それを見た信夫の顔色が変わった。
「おや?これは将棋の歩ですね」
「変だぞ!どうしてこんなのが入っているんだ!」
 信夫はその歩を拾い上げようとした。
「あっ、やめてください。証拠品になるかもしれません。指紋が付くとやっかいなことになります」と甲論望が制止した。

「じつは、西城さんが殺害される前に、何者かと将棋をしていたようなんです」
 おもわず「そんなはずはない!」と叫びそうになったが信夫は言葉を飲み込んだ。
 それを見越したように甲論望は続けた。
「たしかに、遺体が発見された時は将棋盤や駒は片付けられていました。しかし、床に広がっていた西城さんの血の跡に妙なところがありましてねえ。ちょうど駒の形にそこだけ血が付いていなかったところがいくつかあったんです。それで、殺害される前に何者かと将棋をしていたと考えられるのです。もし、この駒に西城さん以外の指紋が付いていれば、その指紋の持ち主が犯人ということになります」
「そんなバカな事があるか!この巾着をあいつの家に持っていかなかった、何かの間違いだ!」
 信夫は気色ばった。
「ということは、殺害された日に笠井さんは西城さんの家に行ったということですか?」
 甲論望は落ち着き払って言った。

「たしかに…、あの日、あいつの家に行ったが、将棋はしていない。ただ、会社のことで話があって行っただけだ。時間も一時間も居なかった…。時間は…、そうだなあ…午後三時頃だ。死亡推定時刻を調べてもらえばわかる。その時間には、あいつは生きていたはずだ。俺があいつと話したから絶対に間違いない」
「まあ、西城さんの付けてた腕時計が八時を指して壊れてましてね。犯人ともみ合った時に壊れたと考えれば八時ということになるんですが、ただ、午前か午後かわからないんですよ。遺体が発見された当日の午前八時という可能性もあります。でも、司法解剖の結果では二十四時間前に殺された可能性が高いということでした。発見されたのは殺された次の日の午後ですから、笠井さんが会っていたという午後三時ごろの可能性もありますね」
「そんなことは絶対にない!…そうだ!この駒を調べてくれ。俺の指紋なんか付いていないはずだ」
「そうですか…。でも、この巾着は持っていってないんでしょう?だったら、この駒もあの場所にあったものとは言えないですねえ」
「なに・・・?お前はこの駒に付いている指紋が犯人のものだと断言したぞ!」

 甲論望は駒をつまみ上げた。
「おや?これ、うちのカミさんが趣味でやっている詰将棋の駒みたいですねえ。どうして、こんなところにあったんだろう?」
 甲論望はとぼけた顔で言った。
「騙したな!お前が巾着に駒を入れたんだな!」
 信夫は甲論望に掴みかかった。周りにいた警官が止めに入った。

「まあ、落ち着いて聞いてください、笠井さん。無くし物を探していると思わぬところから見つかることがあるでしょう。どうして、こんな所に入ったんだと思うことは、あたしもよくありますよ、今みたいに」
「なにを言う、このヤロー!どう考えたって、その巾着にお前が入れなきゃ駒が入るはずがないだろう!」
 再び掴みかかろうとする信夫は警察官に羽交い絞めにされた。
「まあ、おさえて、おさえて」と甲論望も両手を広げて言った。

「あの日、西城さんは誰かと将棋をしていたのは間違いないんです。血はきれいに拭き取られてましたが、駒には血液反応がありました。詳しく調べてみると、血液の型が西城さんのものと一致しました。それから、駒には指紋が二人分しか付いていませんでした。一人は西城さんのもので、あと一人が犯人のものと思われます。笠井さん、身の潔白を証明なさるんなら、指紋を取らせてもらっていいですか?」
 信夫は激しい息遣いになっていた。瞳も右左にと揺れて、首は小刻みに左右へと動いていた。そして、急に笑った。

「フフフ、俺は、あいつと何度も将棋を指している。指紋はその時に付いているはずだ・・・」
「いや、それはありえません。指紋が付いていた将棋の駒は特注品で、なんでも、山形の天童の職人さんが作った品物らしいんです。そして、その駒が宅配便で届いたのは殺される前の日なんです。念のため、届いた日からの笠井さんの行動を調べさせてもらいました。届いてから笠井さんが西城さんの家に行ったのは事件が起きた日の午後三時だけですね」
「いや、そんなことはない…、届いてからすぐに俺はあいつと将棋をした」
「嘘はよしてくださいよ、笠井さん」
「そうよ、もうやめて!あなた…」
 そう叫んで妻は泣き始めた。

「違う、違う!俺はあいつと、あいつが死ぬ前に将棋を指した、間違いない。そして、何事も無く俺はあいつの家を出たんだ。断じて、あいつを殺したのは俺じゃない!」
 その時だった。
「甲刑事、これを」
 警官の一人が小さなビニール袋に入った歩を差し出した。
「どこで、これを?」
「はい、クローゼットの中のジャケットのポケットに入ってました」
「それは・・・、俺が持っている駒だ。歩が無くなって探していたところだ・・・」
「笠井さん、往生際が悪いですよ。これは、笠井さんが西城さんともみ合った時に偶然ポケットに入った駒ですね。そして、これは天童の職人さんが彫った駒です。問い合わせればすぐにわかります。念のために、職人さんには確認していますよ。自分が作った駒かどうかは絶対にわかると言ってました」

 信夫は観念した。全身の力が抜け羽交い絞めをしていた警察官に体重をあずけてしまった。警察官が羽交い絞めを解くと、信夫は床にへたり込んでしまった。

       おわり

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はらとけいさんの企画#せりふ三題噺の参加作です。
少し長くなってすいませんが、どうぞよろしくお願いします。
*中学生くらいの頃に毎週楽しみに見ていた「刑事コロンボ」のパロディーです。

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