「彼岸」は自分の力で渡る岸ではない ― 秋のお彼岸に、浄土真宗の教えを味わう
今年の秋のお彼岸は、9月20日の彼岸入りから、秋分の日である9月23日を中日にはさみ、9月26日の彼岸明けまでの一週間です。世間では「お墓参りの季節」として知られていますが、浄土真宗における彼岸の受け止め方は、実は少し違います。今日はその違いから、教えにつながることを味わっていきたいと思います。
一つは、彼岸というならわしそのものの由来です。実はこの行事、インドや中国、東南アジアの仏教国には見られない、日本独自のものだといわれています。記録に残る最初の彼岸会は西暦806年、桓武天皇の弟であった早良親王を弔うために営まれました。早良親王は無実の罪を着せられて配流され、その途上で亡くなった方です。その後、都に相次いだ災いが親王の祟りと恐れられ、鎮魂のための法要が営まれるようになった。彼岸というならわしは、その始まりから、理不尽な死を悼み、いのちに向き合おうとする切実な思いの中から生まれてきたものでした。
もう一つは、「彼岸」という言葉そのものの意味です。これはサンスクリット語「パーラミター」の漢訳「到彼岸」を略した言葉で、迷いの多いこちらの岸「此岸」から、煩悩という川を渡り越えて、悟りの世界である向こうの岸「彼岸」へ至ることを意味します。一般に仏教では、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧という六つの実践、六波羅蜜を積み重ねることで、自らの力でその川を渡っていくのだと説かれます。
けれども親鸞聖人は、この「自らの力で渡る」という前提そのものを問い直された方でした。布施も、忍辱も、精進も、口で言うほど容易ではなく、最後までやり遂げられる者などいるのだろうか。そう見つめられた親鸞聖人は、その私たちのために阿弥陀様が本願を建てられたのだと説かれました。摂取不捨(せっしゅふしゃ)――一度捉えたいのちを、決して捨てないという、はたらきです。彼岸は、私たちがこちらから渡っていく岸ではなく、すでに彼岸のほうから、南無阿弥陀仏という名号となって、この此岸に届けられている。親鸞聖人は『教行信証』において、真実の浄土を、はるか遠い死後の世界としてではなく、この迷いの人生のただ中にすでに開かれてくるものとして示されました。
秋分の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈む日といわれます。西の彼方に思いを馳せる日、と語られることもありますが、浄土真宗においては、その向こう岸から差し出された手が、すでにこの身に届いているのだと気づくための日でもあるのだと思います。早良親王の無念から始まったこのならわしが、千二百年の時を経て、理不尽さや無力さを抱えて生きるすべての人に、ひとしく開かれた教えとして受け継がれている。そのことに、あらためて心を寄せたいと思います。
到彼岸ではなく、彼岸からのはたらきに、今日という此岸の一日を生かされていることに、心より合掌いたします。
南無阿弥陀仏
