戒ノ怪異-01|その声、どうする?
黒羽症例集|物語編
Ⅰ|放課後の教室に残るもの
放課後の教室は、いつも静かだ。
誰もいないのに、空気だけが残っているような気がする。
黒板の粉の匂い、机の木の冷たさ、窓から差し込む光の色。
人がいなくなると、それらが急に“音”を持ち始める。
椅子を引く音がした気がして振り返る。
もちろん誰もいない。
廊下の方から誰かの足音がしたような気もする。
でも、今日のそれは、いつもの“気のせい”とは違った。
Ⅱ|返ってくる声
机を片付けていたときだ。
背中のすぐ後ろから、
「ねぇ」
と声がした。
反射的に振り返ったけれど、誰もいない。
教室の隅にも、廊下にも、影ひとつなかった。
気のせいだと思って、再び荷物をまとめようとした。
その瞬間、また声がした。
「ねぇ、いるでしょ」
さっきより近い。
耳のすぐ横で囁かれたような距離だった。
返事なんてしていない。
呼ばれてもいない。
なのに、声だけが“返ってくる”ように近づいてくる。
Ⅲ|影の主がいない
教室の空気が変わった。
夕方の光が少しだけ濁ったように見えた。
床に落ちる自分の影が、いつもより濃く見えた。
声は、教室のどこから聞こえているのか分からない。
天井から落ちてくるようにも、床から湧いてくるようにも感じる。
ただひとつ確かなのは、
“誰もいないのに、誰かが話しかけている”ということだった。
帰ろうと思ってドアに手をかけた。
その瞬間、背中のすぐ後ろで、
「見つけた」
と声が落ちた。
心臓が跳ねた。
振り返る勇気はなかった。
ただ、視界の端に、床に伸びる“影”が見えた。
それは自分の影ではなかった。
形が違う。
背の高さも違う。
肩の角度も、頭の丸みも、まったく違う。
Ⅳ|背中に重なる影
影の主はどこにもいない。
なのに影だけが、ゆっくりと近づいてくる。
影は、床の上で揺れながら、
自分の影に重なるように伸びてきた。
まるで背中に寄り添うように、
静かに、確実に、重なっていく。
その瞬間、耳元で小さく息を吸う音がした。
影が、すぐ後ろに立っていると分かった。
でも、振り返ってはいけない。
探してはいけない。
返事を返してはいけない。
影は、あなたが“返事を探した”瞬間に、背中へ重なる。
