野原靖子プロフィール
那覇市生まれ(1972年)。
沖縄県職員として24年間勤務。
2025年12月にロースイーツ教室「Raw sweets labo スプレィマム」を開講。現在はロースイーツなどのレシピ開発やアシスタント、他のジャンルの料理の勉強に励んでいます。
教室名「スプレィマム」は、私の誕生日の花「スプレーマム」から。「小さな花がそっと広がるように、心に優しい時間が届きますように」という願いを込めています。
■ 幼少期〜ダイエットと過食嘔吐
子どもの頃から太めの体型がコンプレックスで、小学生時代はあだ名をつけられたり、体育や運動がとても苦手でした。特にマラソン大会は苦痛で、毎年ほとんど歩いてゴールしていました。
中学・高校では「3枚目キャラ」として、笑いをとることで周囲と楽しく過ごすことができていましたが、心の奥にはずっと「かわいくなりたい」という思いがありました。
大学1年生の頃、友人から言われた「一生デブでいいの?」という言葉で一気に火がつき、健康雑誌に載っていたヨーグルトダイエットを真似した、ほとんど絶食に近い生活を始めました。その後は食事量も減って結果として約20kg減量し、周囲の態度も変わり、初めて「普通に女子」として扱われることが嬉しく感じられました。
しかしその後、少し体重が戻るたびに間違ったやり方で絶食を繰り返し、その反動で大学3年生になると「吐けば痩せられる」と始めた過食と嘔吐が日常となりました。食べ物を粗末にしている認識はあり「やめたいのにやめられない」状態になりながらも「このままだと、普通の女子として認められない。やせないといけない」「なんで自分はこんなに意思が弱いんだ」という罪悪感と自己否定の中で、何度もトイレに通う日々が続きました。
その頃には精神状態も悪くなっていき、ちょっとしたことでもイライラしたり、周りの人に対して辛辣な言動が増えていきました。私の異変に気付いた弟から「最近性格きつくなってるよ。我慢のしすぎなんじゃないの。ちゃんと食べたほうがいいよ。」と言われたとき、張り詰めていた心がほどけ、声を殺して泣いたことを覚えています。その言葉のおかげで間違った絶食はやめられましたが、過食嘔吐の習慣自体は続きました。
■ 大学卒業後〜公務員になるまで
卒業後は就職がうまくいかず、ニート・フリーター時代を過ごしました。過食嘔吐は続き、「もうやめたい」と思いながらも止められませんでした。自分だけではどうしようもないと思い心療内科に行こうと母に相談しましたが「気の持ちよう」と拒まれ、孤独を深めました。
その後、契約社員としてコールセンターに勤めましたが、体調を崩して退職。収入が安定しない現実に不安を感じ、公務員試験を受験。28歳で沖縄県職員として採用されました。
■ 沖縄県職員としての日々と、過食嘔吐の終わり
県職員として、福祉、税務、農業土木、教育など多岐にわたる業務を経験しました。異動が多く、新しい業務と環境に慣れるまで苦労もありましたが、仕事に向き合う日々の中で、気がつけば過食嘔吐はおさまっていました。
「働きながら、人と関わり、日々を過ごすこと」が、心を少しずつ回復させてくれたのだと思います。
また「食べることを好きなままでいたい」と思い、料理学校で料理を学び、食育の資格も取得しました。食事のとり方と栄養の知識がついて、作ることと食べることを楽しめるようになっていました。
■ 結婚、離島生活、夫の休職、そして別れ
42歳で元同僚の夫と結婚。夫の仕事に伴い八重山へ転勤し、自然に囲まれた生活を楽しんでいました。しかしその中で、施設にいた母の危篤の知らせに至急で本島へ戻ったものの臨終に間に合わず、しばらくの間深い悲しみと悔いを抱きました。
その後、夫のメンタルが不調になり、休職、退職へ。さらに、前職の同僚の自死。優しく、周囲に信頼されていた方でした。
これらの出来事を通して「生き続けることは当たり前ではない」と深く胸に刻まれました。
■ ロースイーツとの再会と退職の決断
十数年前に初めて食べて感動した「小麦粉・砂糖・卵を使わない、焼かないお菓子」。
“罪悪感なく食べられる” その存在は、かつての私にとって救いに近いものでした。
そのころからロースイーツを学んでみたいという願望を持ち始めました。
本島に戻り生活が落ち着いた頃、ロースイーツ教室が沖縄にもあると知り、読谷村のロースイーツとパンの教室green apple に通い始めました。ロースイーツの素材の基礎知識と様々な技法を学びました。楽しく作って完成したロースイーツをいただくという時間はとても幸せでした。自宅で何度もロースイーツを作っては家族や友人に差し入れ、「おいしいね」と言ってもらえることがとても嬉しく胸に沁みました。
しかし骨折や体調不良が続き、ロースイーツ教室に通えない日々に。3か月間、松葉杖で生活をしている間は外出は仕事のみで家事は全くできない状況でした。やっとで骨折が治ったと思ったら利き手が腱鞘炎になり、家事が思うようにできない。これも治った矢先に…と体調不良のローテーションが続きました。
その最中、同期の友人から急性心筋梗塞で倒れ、一命は取りとめ現在は療養しているという知らせが届きました。
友人が無事でいてくれて安心したのと同時に、「心と体を大切にして生きたい」と強く思い、退職届を提出しました。
2025年3月末、24年間の公務員生活に区切りをつけました。
■ ロースイーツを通して届けたいこと
退職後は体調がどんどん回復し、ロースイーツ教室に定期的に通えるようになり、待ち望んだ念願のロースイーツの資格を取得することができました。
修了証を手にした時には喜びもひとしおでした。
そして自宅でロースイーツ教室を始めるためにいろいろと準備を始めました。その間、ゆったりした時間を過ごしながらふと過去を思い返してみると、子供の頃から「自分を責める生き方」をしていたことに気が付きました。
友人の言葉や両親の言葉には、「もっと自分を大切にしたほうがいいよ」、「心のあり方だよ」という"愛"が隠れていることにも気が付きました。
それはロースイーツに魅了されるきっかけは何だったか。ということにつながっています。
ロースイーツは、「罪悪感がないお菓子」ということだけではなく、
「自分を大切にしていい」という優しいメッセージ そのものです。
食べることは悪いことじゃない
自分を責めなくていい
楽しく生きていい
人は誰でも愛されている
ロースイーツは、そのことを「思い出すきっかけ」になります。
■ Raw sweets labo スプレィマム
ここは、
「おいしいね」「楽しいね」「また作りたいね」
そんな声が自然に生まれる場所にします。
頑張りすぎてしまう人
心をほっとさせたい人
食べものと仲良くしたい人
甘いものが好きな人
どうぞいらしてください。
一緒に、心と体がほっとするお菓子を作りましょう。
