「前例には勝てない」と諦めなくていい。会議を「問題」から始めるだけでいい

「またその話ですか。前にやって、うまくいかなかったですよね」

部長が新しい販促案を出したとき、隣の課長がそう言いました。会議室は、それで終わりました。部長は次の会議で、また同じ案を出しませんでした。

この部長の悩みは、いつも同じでした。会議で何も決まらない。新しい提案を出すと、「前もやった」の一言で終わる。決まるのは、去年とほぼ同じ予算配分と、去年とほぼ同じ施策だけでした。

(この部長の話は、複数の相談を組み合わせた構成エピソードです。個人が特定できないよう細部を変えてます。文末の「その後」も同じです)

この記事は、「前例主義をやめろ」と言わずに、会議で新しい提案が通る状態を作るための手順です。精神論は書きません。理論から手順に落とすところだけ書きます。

この記事を書いた理由

「会議で決まらない」「前例が強すぎる」という相談で、よく出てくる処方が3つあります。

  1. ブレインストーミングを導入して、自由に意見を出させる

  2. 「前例にとらわれるな」と会議で檄を飛ばす

  3. 外部研修や若手の抜擢で、新しい刺激を入れる

私も、この3つを勧めたことがあります。1番は、最初の1回だけ盛り上がって、2回目からは誰も手を挙げなくなりました。2番は、檄を飛ばした本人が、次の議題では前例通りの案を選びました。3番は、若手が出した案が、結局「前もやった」で潰れました。

効かなかったのは、参加者のやる気の問題でも、進行役の話し方の問題でもありませんでした。あとで理論を読んで、会議の作りそのものが「前例が勝つ」ように出来てると分かりました。

なぜ前例が勝つのか。何を変える必要があるのか。それが本題です。

まず現在地を測る:「前例が勝つ会議」チェック(5項目)

自分の会議に「はい」がいくつつくか、数えてみてください。所要30秒。

  1. 会議の冒頭で話すのは、たいてい「今期の数字は順調です」から始まる

  2. 新しい提案が出ると、まず「前にやったかどうか」を誰かが確認する

  3. 目標の数字は、去年の実績にだいたい近い数字で決まっている

  4. 会議の資料や進め方が、ここ1年ほとんど変わっていない

  5. 業績が良い時期ほど、会議の議題が減って短く終わる

3個以上なら、この記事の対象です。特に3番と5番の両方に「はい」がついた人は、ステップ2がそのまま効きます。理由は、そこで説明します。

ステップ0: なぜ「前例」が勝つのか

ここからが本題です。

会議で新しい提案が負ける理由は、参加者が保守的だからではありません。カーネギー学派の企業行動理論(BTF)という考え方が、これを説明します。サイモンやマーチ、サイアートが積み上げてきた理論だそうです。

人は、無数の選択肢を比較して最善を選んでるわけではありません。認知には限界があって、目の前にある2つか3つの選択肢の中から、とりあえず満足できるものを選びます。これを満足化と呼びます。前例は、すでに「満足できる」と分かってる選択肢です。新しい提案より、選ばれやすいのは当然です。

では、いつ人は前例以外を探し始めるのか。ここに、アスピレーション水準という考え方が出てきます。自分たちの目標水準のことで、過去の実績の平均や、同業他社の実績から作られることが多いそうです。

そして、業績がこのアスピレーション水準に届かないときだけ、組織は新しい選択肢を積極的に探し始めます。これを問題主導型サーチと呼びます。逆に言うと、業績がアスピレーション水準に届いてる限り、探す動機そのものが生まれません。

もう1つ、ルーティンの効果があります。同じやり方を繰り返すと、参加者の間で「目線」が揃って、いちいち説明しなくても話が通じるようになります。会議の効率は上がります。ただし揃いすぎると、揃った目線の外にあるものが見えなくなります。これが硬直化と呼ばれる状態だそうです。

つまり、前例が勝つ会議には、2つの土台があります。ひとつ、目標が去年の実績に近い数字で決まっていて、届いてるように見える。もうひとつ、ルーティンが安定しすぎて、外の選択肢を探す動きが止まっている。

冒頭の部長の会議も、そうでした。数字はだいたい前年並みで、アスピレーション水準は上がってませんでした。新しい提案は、「問題」として扱われる前に、「前例と違う」という理由だけで却下されてました。

じゃあ、何を変えるのか。会議の始め方と、目標の決め方と、ルーティンの扱い方。この3つです。

ステップ1: 会議の議題を「問題」から始める(次回の会議で)

やることは1つです。会議の冒頭を、「今期は順調です」ではなく、「目標に対して、足りてないのはここです」から始める。

問題主導型サーチの理論では、組織が新しい選択肢を探すのは、業績がアスピレーション水準に届いてないと認識したときだけです。だから、会議の冒頭でまず、届いてない部分を数字で示す。それを見た参加者だけが、新しい提案を検討するモードに入ります。

課長の会議なら、こうなります。

人手で言う版:「今期の数字を報告します。売上は前年比102%です」
このやり方版:「今期の目標は120でした。実績は102です。足りてない18の内訳は、新規開拓の遅れです」

後者だと、会議の空気が「順調の確認」から「差の説明」に変わります。差が見えた状態でなら、前例と違う提案も、検討の対象になります。

ただし条件が1つ。差は、担当者を責める材料にしないこと。差の説明であって、犯人探しではないです。

会議の冒頭を変えると、何が変わるか。「前もやった」で却下する前に、「では何が足りないのか」と聞き返す人が、増えます。

ステップ2: アスピレーション水準を、数字で先に決める(今期中)

ステップ1を続けるための土台です。ここを飛ばすと、ステップ1は1回で終わります。

アスピレーション水準は、放っておくと過去の実績の平均に寄っていくそうです。去年並みの数字を目標にすれば、去年並みの実績で「届いた」ことになります。届いた状態では、探す動機が消えます。

理論では、業績が好調なときに2つの正反対の効果が同時に起きるとされてます。ひとつは、慢心の効果で、好調だとサーチが減ります。もうひとつは、余裕の効果で、好調だと資源に余裕ができてサーチが増えます。どちらが勝つかは、慢心を意識して抑えられるかどうかで決まるという考え方です。

やり方は、こうです。

まず、来期の目標は、過去の平均ではなく、過去の平均に一段上乗せした数字で決める。経営理論を紹介してる書籍でも、好業績のときほど目線を上げよという経営者の発言が、繰り返し引かれてるそうです。

次に、その数字を、会議の場で口に出して共有する。「今期は前年より少し上を狙います」の一言で足ります。

最後に、目標が届きそうな時期にこそ、次の目標を先に決めておく。届いた瞬間に満足して止まるのを、防ぐためです。

人手で言うと、目標設定は年1回、実績を見てから決めることが多いです。この方法なら、好調な時期の途中で、次の水準を先に決めます。

ステップ3: ルーティンを1つ壊す実験枠を作る(来月から)

ここが、いちばん見落とされてます。そして、前例を勝たせてる土台です。

ルーティンは、繰り返すほど安定して、効率が上がります。ただし、繰り返しの頻度が高すぎたり、同じパターンが長く続きすぎたりすると、硬直化するとされてます。硬直化すると、内部のやり方だけに頼るようになって、外の選択肢を受けつけなくなります。

これを崩す条件が、研究で示されてるそうです。チームメンバーの交代や、使う道具の変更のような、イレギュラーな横やりが入ったチームほど、既存のやり方ではなく新しいやり方を探す傾向が見られた、という報告です。

やることは1つ。毎回の会議で、1つだけ「前例と違うやり方」を試す枠を作る。決定事項の変更ではなく、実験の枠です。

たとえば、進行役を毎回交代する。資料の順番を変える。いつもと違う担当者に、最初に発言してもらう。中身は小さくていいです。

ただし、もう1つ条件があります。実験の結果を、すぐに求めないこと。時間のプレッシャーが強いと、人は「今あるやり方に従うのが効率的」と考えて、実験そのものをやめてしまうそうです。

良品計画のマニュアルが、月に1回は見直されて、完成しないと言われてるのも、同じ考え方だとされてます。標準化されてるからこそ、現場は改善点を見つける余裕を持てる、という説明です。

課長の会議でこれを始めて3回目、進行役が変わった回に、新人が出した提案が、初めて「前もやった」を経ずに検討まで進んだそうです。

つまずきやすいところ

問題から始めたつもりが、犯人探しになる。 差の数字を出すと、つい「なぜできなかったか」を担当者に聞きたくなります。ここで聞くのは、原因ではなく、次に何を試すかです。

目標を上げすぎて、届かない数字になる。 アスピレーション水準は、少し上でなければ動機になりません。上げすぎると、最初から諦めの対象になります。

実験の枠が、いつの間にか消える。 忙しい時期になると、真っ先に削られるのがこの枠です。削らずに、忙しい時期こそ小さく続けてください。

「前例と違う」を、悪いことだと扱ってしまう。 前例と違うのは、検討の対象になった証拠です。却下する理由には、なりません。

効果を測る(3か月後)

数えるのは2つで足ります。

  1. 会議で「前もやった」の一言だけで却下された提案の件数

  2. 実験枠で試したやり方のうち、次の回にも残ったものの件数

1番が減って、2番が増えてれば、効いてます。1番がゼロにならなくてもいいです。減ってることが大事です。

最後に

まとめます。この記事で書いたのは、3つでした。

  1. 前例が勝つのは、参加者が保守的だからではなく、目標が満たされて探す動機が消えてるから。会議の冒頭を、「順調の報告」ではなく「足りてない差」から始める

  2. アスピレーション水準は放っておくと過去の平均に寄る。好調なときこそ、数字を一段上げて口に出す

  3. 前例を勝たせてるのはルーティンの安定しすぎ。毎回の会議に、小さな実験枠を1つ作って、結果を急がない

冒頭の部長は、その後、会議の冒頭を「差の説明」に変えたそうです。3か月目、以前なら「前もやった」で終わっていたはずの販促案が、進行役の交代がきっかけで、初めて予算がついたと聞きました。

「前例には勝てない」は、前例と戦う場が用意されてなかった、ということでした。

会議の始め方を変えれば、勝ち方は変わります。


出典: 入山章栄『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社、2019)第11章「カーネギー学派の企業行動理論(BTF)」、第16章「認知心理学ベースの進化理論(ルーティン)」。本文中の研究・事例はすべて同書の紹介によります。満足化とアスピレーション水準、問題主導型サーチ、慢心とスラックの両効果(チェンら2007)、ルーティンの硬直化の3要因(ベッカー2004)、良品計画MUJIGRAMの事例。手順への置き換えと構成エピソードは、当方の想定です。

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