「結婚への焦り」の話で思い出した|わたしの海外への焦り
職場の人から聞いた「結婚への焦り」
忘年会で隣に座った同年代の女性の話。
結婚相手と出会ったのは食事会で、お互い「適齢期」だったこともあり、トントン拍子で話が進んだ。
「その頃私もだいぶ焦っていたし」とその女性。
「へえー」と思った。
結婚に焦る人、やっぱりいるんだ。
わたしの周りでは、いない(いなかった)ので、実感がわかなかったけど。
(自分含め。)
そこで思い出した。
わたしも、その女性が焦っていたのとちょうど同じ頃、焦っていた。
わたしの場合は、海外への焦り。
どうしても海外に住んでみたいという焦り。
わたしの焦りの話
就職先では、海外派遣のチャンスがあった。
わたしは新人の頃から、とにかくそれが目標だった。
公募ではなく、上層部からの指名制だったので、目に留まるような言動を意識。
意欲と能力を全開にアピール。
(今ではとても考えられないことだ・・・)
指名されるには、少なくとも5年の勤務経験が必要。
その役を果たす間に、長期派遣が打ち切りになり、残ったのは数ヶ月の短期派遣のみ。
それでもないよりはいい。それだけを目標に走っているんだから。
「今年当たるかな?」と期待していた年に、同じチームの先輩が選ばれた。
悔しくて、悲しくて、泣いた。それも職場で。
若かりし日の思い出。
そのようなイタイ行動が功を奏したのか?
翌年、無事2ヶ月のアメリカ派遣を打ちとめた。
焦りの行き先ーそして凪
わたしは、ずっと海外で学びたかった。
留学したかったけど、就職しちゃったし。
目の前の仕事を片付けながら、海外への思いも熱く燃やした結果が、アメリカ滞在。
そこで改めて、自分の海外との関わりを考えた。
留学もいいけど、自分の持っているもので何か貢献できたら。
同時に自分自身も学んで、成長できること。
アメリカ人の”Take the road less traveled(人があまり通らない道を選べ)”な精神を、短い間だったけど存分に吸収。
帰国後、日本語教師の資格を取り、職場とは関係ない、別の海外派遣事業に応募。
年齢制限ギリギリで合格。
休職。
アジアの国で、2年間の日本語教師としての滞在を果たすことができた。
で、帰国後、復職して現在に至る。
想像がつくと思うのですが・・・
今、凪、です。
道を開拓する原動力は、焦りかも
「保護者懇談で、いつもニコニコしているって言われて、自己主張できるのか逆に心配」
忘年会のテーブル。
話題は変わって、お子さんについて語る隣の女性。
その表情もまた、凪。
わたしたちの選択の原動力は、焦りだったんだね。
方向は違っても。
凪もいい。
“サラリーマン“として毎月お金をもらって、こうして違う生き方を選んだ女性の話を聞いたりして。
でもわたし、次の道を選んでもみたいんだ。
身を焼かれるような焦燥は苦しかったけど、思ってもみない景色を見ることができたから。
Two roads diverged in a wood, and I—
I took the one less traveled by
And that has made all the difference.
森の中、道が二つに分かれている
わたしは・・・あまり人が通らない道を選んだ
それが大きな違いになった
