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限界に気づかなかった理由・・・なぜ限界まで我慢してしまったのか

周りから見ても「大丈夫なのかな?」と思われる状態であっても、限界を超えて我慢してました。

これには個人的な思考も関係していると思っています。

いまだから言えること

我慢は美徳
石の上にも3年
若い時の苦労は買ってでもしろ

これらは必ずしも間違いではないかもしれません。

ただ、無条件に適用してしまうことが問題かもしれません。

スキル習得のために多少の苦労をする

経験が増える

成長する

これはありえる。
だが、しかし、

毎日怯えながら出勤する

眠れない

体調を崩す

適応障害やうつになる

これは「成長のための苦労」とは言わない。

我慢しても成長する人もいる
でも壊れるほど我慢しても成長はしなかった

これが、後から振り返っての私の感想です。

私は石の上にも3年を信じて耐え続けた結果、壊れました
苦しんでいたのに、それを正当化して耐え続けた

この結果に誘ったのは・・・

我慢するべき
迷惑をかけてはいけない
弱音を吐いてはいけない
続ければ報われる

という価値観があったからこそ、だということ。
根底にはこの価値観から抜け出せなかった自分がいたからだと思うんです。

今、苦しんでいる人は、いかがでしょうか?
これまでの言われてきたことに囚われて、実際に無理なことに耐えていないでしょうか?

社会人になって限界を越えた話

社会人になってから本格的にメンタルがおかしくなったと自覚した時の話です。この時は自分でもおかしいと思いましたが、自覚するまでに時間がかかりました。

原因① 皆乗り越えている壁だと思っていた

  • 単なる根性無し

  • みんな乗り越えている壁

そんなふうに思っていました。これが、限界を超えるまで我慢した原因でした。

今でこそ、この考え方はナンセンスかもしれません。でも当時の私は、

「みんな乗り越えている壁なんだ」

と本気で思っていました。

問題はそれを真に受けているか、真に受けなかったかという所だと思っています。

原因② 頭のキャパシティが残っていなかった

これが最大の原因だと思います。
この当時、問題の人に夜中2:00まで説教を延々とされながら作業をしていました。

この問題は何かというと、
夜中2:00までという常軌を逸した説教

もはや何が正解かわからない

相手は余計に苛つき、一挙手一投足まで指摘する

もはや何をしても指摘されるため、頭も身体も動きが鈍くなる

余計に苛つき、ヒートアップ

負のスパイラル

こういうことが連日続くわけです。そうなってくると、

  • 睡眠時間も無くなる

  • 頭も働かない

  • そもそも説教で頭が満たされ、何が正解わからない

  • 一挙手一投足まで指摘されると、キーボード1回推すだけでも戦々恐々とする

  • もはや何をしても不正解に思えて来て、何もできなくなる

  • 一挙手一投足を教えてもらいたくなる

  • それにイライラして、更にヒートアップされる

  • どうして良いかわからなくなり、脳が思考停止する

仕事云々より、生存危機さえ感じてきました。

原因③ 周りが何も言わないからこそ当然の仕打ちだと思っていた

当時の環境としてはそれこそブラックと認定されそうな環境でした。
誰彼構わず年上だろうがなんだろうが、セルフコントロールせずぶちキレて暴言を吐きまくる。そんなサブリーダー(他社)の元で仕事をしていました。

この人は確かに問題があったようで、誰も続かなかったらしいです。年上をあてがってもダメ。

潜在的にはどこかでおかしい、逃げ出したいと思っている。
けど、それはどうなのか?というところで踏みとどまっていました。

それよりも何よりも、自社のリーダーが何も言わない。これが、

「止めないからこそ、当たり前に叱責として受け止め、自分がなんとかしなければいけないこと」

だと思って耐え続けてしまった原因でした。

後で聞いた話ですが、そのリーダーは「大丈夫なのか?」と思っていたそうです。ただ、思っていただけで止めようとはしなかった。

原因④ 抜けることで迷惑がかかると思っていた

今から振り返ると、仕事をする環境ではないと思います。
しかし当事者になると、そういった考え方ができなくなるのも確かです。

会社の信用が落ちる
自分の信用が落ちる

自分の評価より、会社の価値が落ちるということ
それと、私の尻拭いをしないといけないので、後任に迷惑がかかると。

今から考えれば私だけの原因ではないはずですが、それを考える余裕もありませんでした。

当時は、職場環境の改善などを申し出る風潮も、企業側に受け入れる文化もない時代でした。
当然、それを提案する発想もその当時ありませんでした。

だからこそ、壊れるまで耐える。耐えてなんとか凌ぐ、という方法しか考えつきませんでした。

原因⑤ 次の仕事がないと思いこんでいた

現在(アラカン)まで仕事してきている以上、何かしら仕事をしながら生きていくことは可能だったと思っています。

ただ、その当時はそう考えられませんでした。

考え方も昭和の考え方を半分引きずるような形が主流で、こちらの要望などは「自己中心的」と受け取られるんではないか?などと思ったりしました。

とにかく、与えられた環境で、与えられた仕事をきちんとやり切ることが、信頼に繋がり、仕事をする自信にもなると思っていました。

しかし、自分が壊れてしまうのでは意味がない。だって生活できなくなるのだから・・・

さいごに・・・

我慢しても成長する人がいることは間違いありません。実際に苦労が力になることもあります。

ただ、毎日怯えながら出勤し、眠れなくなり、頭が働かなくなり、自分を責め続ける状態は、成長のための苦労ではなく、自分を消耗させ、破壊する行為と同じでした。

信じて耐えることで、スキルも身につき、仕事もできるようになり、前向きになり、仕事運も引き寄せる・・・そう思ってきました。

しかし、結果は成長ではなく、適応障害でした。

今振り返ると、苦しめたのは職場だけではありません。自分自身も、

  • 我慢するべき

  • 迷惑をかけてはいけない

  • 弱音を吐いてはいけない

そんな価値観から抜け出せなかった。

もし今、苦しいのに耐え続けている人がいるなら、本当にそれは乗り越えるべき壁なのか、一度立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。


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