【探究学習】アフリカは「第二の独立」を果たせるのか——『叛逆のサウンドトラック』から考える、資源・企業・IPをめぐる21世紀の戦い
先日、『叛逆のサウンドトラック』という映画を観ました。
少し前に私は、アフリカの人口増加やAfCFTA(アフリカ大陸自由貿易圏)、中国によるインフラ投資、Afrobeatsなどの文化的な広がりについて調べ、
「2050年には、アフリカが世界の新しい中心の一つになるのではないか」
という記事を書きました。
人口が増える。
若者が増える。
都市が大きくなる。
巨大な消費市場が生まれる。
資源も豊富にある。
さらにAfCFTAによって、54か国に分断された市場が少しずつ一つにつながっていけば、中国一国がかつて担った「巨大な新興市場」の役割を、アフリカ大陸全体が担う可能性もあります。
かなり明るい未来図です。
ところが『叛逆のサウンドトラック』を観ているうちに、
「そんなに簡単な話ではないな」
と思い始めました。
『叛逆のサウンドトラック』とは、どんな映画なのか
『叛逆のサウンドトラック』は、一見するとジャズを題材にした音楽ドキュメンタリーのようなタイトルです。
実際、ルイ・アームストロング、ニーナ・シモン、デューク・エリントン、ディジー・ガレスピー、マックス・ローチ、アビー・リンカーンといったジャズ・ミュージシャンが次々と登場します。
しかし、映画の中心にあるのは音楽史というよりも、1960年前後のアフリカ独立と冷戦をめぐる国際政治です。
舞台となるのは、現在のコンゴ民主共和国。
長くベルギーの植民地だったコンゴは1960年に独立し、パトリス・ルムンバが初代首相となります。
しかしコンゴには、ウランをはじめとする豊富な地下資源がありました。
冷戦の真っただ中、こうした資源とアフリカでの政治的影響力をめぐって、ベルギー、アメリカ、ソ連、国連、コンゴ国内のさまざまな政治勢力が複雑に絡み合っていきます。
そしてルムンバは政権から排除され、1961年に殺害されます。
映画が非常に面白いのは、その政治史の横で**「ジャズ」がまったく別の役割を与えられていたこと**です。
当時のアメリカ政府は、ルイ・アームストロングら黒人ジャズ・ミュージシャンを海外へ送り、「自由で魅力的なアメリカ文化」を紹介する文化外交を行っていました。
しかしそのアメリカ国内では、まだ人種差別が制度として残っている。
さらにアフリカでは、アメリカ政府が反植民地主義を掲げる人々から必ずしも歓迎されるような政治を行っているわけでもない。
映画では、このねじれが強烈に描かれます。
ルイ・アームストロングたちがアフリカで演奏しているその裏側で、コンゴをめぐる激しい政治工作が進んでいる。
そしてルムンバ殺害後には、歌手アビー・リンカーンやドラマーのマックス・ローチらが、その死に抗議して国連安全保障理事会へ押しかける。
つまりこの映画では、
ジャズ=アメリカのソフトパワー
であると同時に、
ジャズ=黒人たちによる抵抗の音楽
でもある。
同じ音楽が、権力の道具にもなり、権力への抵抗にもなる。
大量の記録映像や演説、ニュース映像、ジャズの演奏をコラージュすることで、コンゴ独立、アメリカの公民権運動、冷戦、脱植民地化が、実はすべて同じ時代の出来事だったことを見せていく映画です。
そして私が特に考えさせられたのは、
「国家として独立しただけでは、本当に独立したことにはならないのではないか」
ということでした。
「持っていること」と「豊かになること」は違う
コンゴの歴史を見ていると、不思議な感覚になります。
これほど資源があるのに、なぜその資源が国家を安定させ、国民を豊かにする力にならなかったのでしょうか。
そしてこれはコンゴだけの問題でもありません。
アフリカには大量の天然資源があります。
石油、天然ガス、金、ダイヤモンド、銅、コバルト、リチウム。
これからEVや蓄電池、AI、データセンター、再生可能エネルギーが拡大するほど重要になる資源も多い。
普通に考えれば、とてつもない強みです。
ところが、
資源がある国=豊かな国
とは限りません。
例えばコバルトなら、
鉱石を掘る
↓
精錬する
↓
電池材料にする
↓
バッテリーを作る
↓
EVを作る
↓
ブランドを付けて世界で販売する
という長い産業があります。
一番最初の「掘る」だけを担当している国より、その後の精錬、部品製造、完成品、ブランド、金融、販売網まで持っている国の方が、はるかに多くの付加価値を得られます。
つまり、
地下に価値のあるものが存在することと、その価値を自国の富へ変換できることは、まったく別なのです。
国旗が変わっても「経済の配線」は残る
植民地時代、多くの地域で鉄道や港が建設されました。
しかし、それらは必ずしも現地社会を便利にするために作られたものではありません。
内陸で採掘した鉱物や生産した農産物を、
産地 → 鉄道 → 港 → 宗主国
へ運ぶためのインフラでした。
国家が独立して国旗が変わっても、
経済の配線そのものは独立前の形をかなり残していた。
政治的には独立した。
しかし経済的には、原材料を国外へ送り、付加価値の高い製品を国外から買う。
『叛逆のサウンドトラック』を観たあとでは、
「政治的独立」と「経済的自立」は別問題なのだ
ということを強く感じました。
アフリカ発の「世界企業」が少ないという現実
そこで、もう一つ気になったことがあります。
日本なら、
トヨタ
ソニー
任天堂
ホンダ。
韓国なら、
Samsung
Hyundai
LG。
中国なら、
Huawei
BYD
Alibaba
ByteDance。
では、
アフリカを代表する世界企業は?
と聞かれると、急に答えるのが難しくなります。
もちろんアフリカにも巨大企業はあります。
通信、金融、資源、セメント、インターネットなどの分野で、大陸規模に成長した企業も存在します。
しかし、
世界中の一般消費者が名前を知り、世界市場から巨大な付加価値を回収するアフリカ発企業
となると、途端に少なくなる。
これ自体が、アフリカ経済が置かれてきた状況を象徴しているのではないかと思いました。
世界企業になるということは、単純に売上が大きいということではありません。
原料
↓
加工
↓
技術
↓
製品
↓
ブランド
↓
流通
↓
プラットフォーム
↓
IP
という「付加価値の階段」の上まで登ることでもあります。
だから、
「2050年、世界人口の何%がアフリカ人になるか」
だけでは、本当のアフリカの台頭を測れない。
それより、
「世界企業上位500社のうち、何社がアフリカ企業になっているか」
を見る方が重要なのではないか。
これは今回考えていて、かなり大きな発見でした。
「遅れていること」が次世代企業を生む?
さらに調べていて面白いと思ったのが、アフリカの弱点そのものが、新しい企業を生む可能性です。
銀行支店が少ない。
クレジットカードが十分普及していない。
通貨が多い。
住所制度が弱い地域がある。
電力網が不安定。
物流インフラが分断されている。
普通なら、
「先進国より遅れている」
という話になります。
ところが逆に考えれば、
銀行支店がない
→ 最初からスマートフォン銀行を作る。
カード網が弱い
→ モバイルマネーを作る。
通貨が多い
→ 多通貨決済プラットフォームを作る。
信用情報が乏しい
→ デジタル決済履歴などから新しい信用評価を作る。
電力網が弱い
→ 太陽光、蓄電池、デジタル決済を組み合わせた分散型電力を作る。
つまり、
20世紀型のインフラをすべて整備してから21世紀へ進む必要がない。
途中を飛び越えて、最新の仕組みを直接導入できる可能性があります。
これがいわゆる「リープフロッグ」です。
ここは日本などとはかなり違います。
日本には銀行支店もATMも巨大な電力網も既存物流網もあります。
便利である一方、新しい仕組みへ変えるには古いシステムとの整合性を取らなければなりません。
逆に既存インフラが十分ではない場所では、
「古いものがないこと」が、ある瞬間から競争力になる可能性がある。
これはかなり面白いと思いました。
「道路を作る企業」より「道路の上を流れるものを握る企業」
アフリカの都市化が進むなら、
道路、鉄道、港、発電所、通信網、データセンター
などを作る企業は当然重要になります。
資源についても、採掘だけでなく精錬や加工へ進めば、より多くの付加価値を国内に残せます。
しかし、それだけでは世界を代表する巨大企業になるとは限りません。
現代で特に巨大な富を生み出している企業を見ると、
技術
規格
プラットフォーム
データ
ブランド
ソフトウェア
IP
を握っている企業が目立ちます。
だからアフリカでも、
物流が増える
→ 大陸規模の物流プラットフォーム。
企業が増える
→ 決済・会計・給与・融資をまとめた企業サービス。
通貨が多い
→ 越境決済プラットフォーム。
電力不足
→ 分散型電力+金融+電力管理サービス。
文化産業が成長
→ 著作権・映像・音楽・ゲームのIP企業。
といったところから、本当の巨大企業が生まれてくる可能性があります。
言い換えれば、
「アフリカ経済が成長すれば必ず通過する料金所」を作った企業
です。
次の勝負は「IPを誰が所有するか」
これは文化についても同じです。
AfrobeatsやAmapiano、Nollywoodなど、すでにアフリカ発の文化は世界へ広がっています。
しかし、
アフリカ人が曲を作る。
Spotifyで配信する。
TikTokで流行する。
YouTubeで再生される。
というだけでは、文化的には成功しても、プラットフォームが生み出す巨大な利益は国外へ流れます。
韓国のK-POPが興味深いのは、スターだけでなく、
HYBE
SM
JYP
など、
IPを作り、所有し、育て、世界へ販売する企業
まで育ったことです。
アフリカも同じ段階まで行けるのか。
これはかなり重要でしょう。
成功した企業そのものが「輸出品」にならないか
ところが、ここまで成長したら今度は別の問題が出てきます。
非常に有望なアフリカ企業が生まれれば、欧米、中国、中東などの巨大資本から見ても魅力的です。
スタートアップ
↓
急成長
↓
IPO
↓
外国資本が株式を取得
↓
巨大企業に買収
↓
IP・技術・経営機能が国外へ
となる可能性もあります。
これでは20世紀に、
鉱物を原料として輸出していたアフリカ
が、21世紀には、
企業・技術・人材そのものを原料として輸出するアフリカ
になってしまいます。
もちろんM&Aそのものが悪いわけではありません。
企業を売却した創業者が、その資金を国内の次の会社へ投資する。
元社員が新しい会社を作る。
投資家が売却益を次のスタートアップへ回す。
そうなれば、
一社を売ったことで十社が生まれる
という好循環になります。
問題なのは、
会社を売ったあと、
経営者も、
技術者も、
特許も、
資金も
すべて国外へ出てしまう場合です。
これではいつまでたっても、
「世界企業が生まれる場所」にはなれても、「世界企業を所有する場所」にはなれません。
企業を作る力だけでは足りない
ここまで考えて、さらに重要なことに気づきました。
世界企業を作るには、
優秀な起業家
技術者
教育
だけではありません。
その企業を何十年も所有し続けられる国内資本
も必要です。
貯蓄
↓
銀行・年金基金
↓
ベンチャー投資
↓
成長企業
↓
IPO
↓
国内機関投資家による長期保有
という「資本の循環」まで育たなければならない。
だから2050年のアフリカを見るとき、
「ユニコーン企業が何社生まれたか」
だけでは十分ではない。
むしろ、
「10年前に生まれたアフリカの有望企業が、10年後に誰の会社になっているのか」
を見る必要があるのでしょう。
2050年に本当に見るべき数字
以前の私は、
「2050年、世界人口の何%がアフリカ人になるのか」
という数字に注目していました。
今では、それ以上に、
「世界企業上位500社のうち、何社がアフリカ企業なのか」
の方が気になります。
さらに言えば、
アフリカに本社があり、
アフリカで研究開発を行い、
アフリカでIPを所有し、
アフリカ側に経営権や相当な所有権が残っている企業が何社あるのか。
そこまで見て初めて、
アフリカが人口や資源を、本当の意味で自分たちの力へ変換できた
と言えるのかもしれません。
20世紀の独立と、21世紀の「第二の独立」
『叛逆のサウンドトラック』では、独立を果たしたばかりのコンゴが、それでも自分たちの国の未来を自分たちだけでは決められない姿が描かれます。
国旗は変わった。
宗主国による直接統治も終わった。
それでも、
資源を誰が握るのか。
企業を誰が握るのか。
世界市場との接続を誰が握るのか。
資本を誰が握るのか。
という問題は残りました。
そう考えると、20世紀のアフリカにとっての「独立」が、
自分たちの国家を取り戻すこと
だったとすれば、
21世紀に必要になるのは、
資源を加工する。
企業を育てる。
域内市場を作る。
金融市場を育てる。
技術を所有する。
ブランドを作る。
IPを持つ。
そして、自分たちが作った企業を自分たちで所有し続ける。
という、
「第二の独立」
なのかもしれません。
20世紀の争いが、
「アフリカの地下にあるものを誰が所有するのか」
だったとすれば、
21世紀の争いは、
「アフリカの上に作られる企業・ネットワーク・データ・ブランド・IPを誰が所有するのか」
へ移っていく。
『叛逆のサウンドトラック』を観る前、私はアフリカの人口増加をかなり明るい材料として見ていました。
もちろん、その可能性はいまでも感じています。
しかし人口が増えるだけでは足りない。
資源を持っているだけでも足りない。
GDPが成長するだけでも足りない。
自分たちが生み出した価値を、自分たちの手元に残し、それを次の価値へ再投資できるか。
そこまでできて初めて、本当の意味でアフリカは世界の「中心の一つ」になるのでしょう。
そして『叛逆のサウンドトラック』で描かれた1960年代のコンゴから60年以上が経った現在も、
「自分たちの土地から生まれる価値を、誰が所有するのか」
という問いそのものは、形を変えながら続いている。
もしかすると、これから数十年のアフリカを見るうえで最も重要なのは、この問いなのかもしれません。
