【探究学習】サムスンの資金調達から考えた——資本主義のジョーカー、その正体
きっかけは、聴いていたPodcastで語られていた、サムスンの資金調達をめぐる話でした。
村上誠典氏が、サムスンによる米国ADR発行検討というニュースを入り口に、「AI半導体の資本コスト競争」について語っていた回です。その中で、日本のメガバンクシステムの強さについても触れられていました。
これまで日本企業では、無借金経営が一種の美徳とされてきました。しかし、AIや半導体のように巨額の設備投資を素早く行う必要がある時代になると、その堅実さが逆に「機動力の欠如」という弱点になりかねません。
この逆説が、強く印象に残りました。
経済のニュースは、一つひとつを見ていると、ばらばらの出来事に見えます。
ところが少し掘り下げてみると、思いがけないところで線がつながっていきます。
サムスンの資金調達という話から、日本のメインバンク制、中国の政策金融、アフリカをめぐる大国間競争、そして最後には「そもそも銀行とは何なのか」というところまで話が広がっていきました。
日本のメガバンクという「特殊な強さ」
日本には、企業が特定の銀行と長期的・多面的な関係を築く「メインバンク制」という慣行があります。
企業は株式市場だけに頼らず、銀行との関係を通じて大規模な融資を受けることができます。
似た仕組みとして、ドイツの「ハウスバンク」があります。
ただ、日本の場合は単なる融資関係にとどまりませんでした。
株式の持ち合いや役員派遣、さらには経営危機に陥った企業への支援まで含めて、銀行が企業経営そのものに深く関わってきた歴史があります。
こうした仕組みは、資本市場からその都度資金を集めなくても、必要なときに大きな資金を動かせるという意味では、日本企業の一つの強みでもあります。
一方、日本では長く続いた超低金利の時代が終わり、金利のある世界へと戻りつつあります。
金利上昇は、お金を借りる企業にとっては負担になります。
しかし銀行にとっては、貸出金利と預金金利の差である「利ざや」が改善しやすくなります。
実際、日本の大手銀行は好業績を続けており、株式市場でも金利上昇の恩恵を受ける企業として注目されています。
同じ「金利上昇」という出来事でも、借りる側と貸す側ではまったく違う意味を持つのです。
規模で見れば、もう世界の主役ではない
もっとも、世界全体で見れば、日本の銀行の立場は大きく変わりました。
バブル期には、日本の銀行が世界の総資産ランキング上位を独占していた時期があります。
しかし現在では、中国の国有大手銀行が上位を占めています。
日本のメガバンクも依然として巨大な金融機関ですが、かつてのような圧倒的な存在ではありません。
この30年あまりで、日本の銀行の量的な存在感は大きく後退しました。
ただ、中国の銀行について見ていくと、また違った特徴があります。
中国の大手銀行は総資産では非常に巨大ですが、その資金すべてが世界中へ自由に貸し出されているわけではありません。
中国の対外融資では、国家開発銀行や中国輸出入銀行といった政策性銀行が重要な役割を果たしています。
つまり中国では、金融が国家戦略とかなり密接に結びついているのです。
日本のメインバンク制とは違った形で、「国家と金融が一体となって動く仕組み」が存在しています。
アフリカをめぐる金融と地政学
中国の対外融資といえば、「一帯一路」がよく知られています。
一時期、中国はアフリカをはじめとする新興国に対して巨額の資金を供給していました。
その後、債務問題などを背景に融資は大きく縮小しましたが、近年では再びアフリカへの投資や関与を強める動きも見られます。
ここで興味深いのは、金融が単なるビジネスではなく、国家の影響力を広げる手段にもなっていることです。
道路、港湾、鉄道、発電所。
こうした巨大インフラを整備するには、当然ながら莫大な資金が必要になります。
そして、その資金を誰が提供するのかによって、その国とどの大国との関係が深まるのかも変わってきます。
特にアフリカは、人口増加が続き、資源も豊富で、インフラ投資への需要も大きい地域です。
中国だけでなく、米国、欧州、日本、湾岸諸国など、さまざまな国が関与しています。
これは単純な「米国対中国」という構図だけでは捉えきれません。
むしろ世界が多極化すればするほど、資金と影響力をめぐる競争は複雑になっていくのでしょう。
銀行という「ジョーカー」
そして、銀行について調べていて最も面白いと感じたのが、「信用創造」という仕組みでした。
私たちは銀行というと、
「預かったお金を誰かに貸している会社」
というイメージを持ちがちです。
しかし、実際の銀行はそれだけではありません。
銀行が企業や個人に融資をすると、その貸出金は借り手の口座に預金として記録されます。
つまり銀行は、「融資」という行為を通じて、新しい預金通貨を生み出しています。
銀行が貸し出しを増やせば、経済の中を流れるお金も増えていきます。
これは普通の企業にはできないことです。
パン屋ならパンを作って売ります。
自動車会社なら自動車を作って売ります。
ところが銀行は、「お金を貸す」という行為そのものによって、新しいお金を生み出すことができます。
考えてみれば、かなり特殊な存在です。
トランプに例えるなら、普通のカードとは違う能力を持った「ジョーカー」のようなものではないでしょうか。
ただし、このジョーカーは好き勝手に使えるわけではありません。
自己資本比率規制や流動性規制、中央銀行の金融政策、預金保険制度など、さまざまな仕組みによって厳しく管理されています。
銀行が強い力を持っているからこそ、その力には厳しい制約がかけられているのです。
強力だからこそ、危うさもある
銀行が過剰に融資を行えば、資産価格が膨らみ、バブルにつながることがあります。
逆に、銀行が一斉に融資を絞れば、企業や家計にお金が回らなくなり、景気は急速に悪化します。
さらに重要なのが「信用」です。
銀行という仕組みは、
「この銀行に預けておけば大丈夫だろう」
という人々の信頼によって成り立っています。
しかし、その信頼が一度崩れると、多くの人が一斉に預金を引き出そうとする「取り付け騒ぎ」が起きることがあります。
2008年の世界金融危機では、金融機関同士の信用が急速に失われ、その影響が世界中へ連鎖していきました。
銀行は経済を成長させる大きな力を持っています。
その一方で、ひとたび機能不全に陥れば、経済全体を巻き込むほどの危険性も持っています。
「特別な力」と「厳しい規制」がセットになっている理由も、そこにあるのでしょう。
ルールを理解する者、ルールを作る者
ここまで考えていくと、銀行の話はもう少し大きなテーマにつながっていきます。
それは、
「社会のルールを理解し、使いこなす者が有利になる」
ということです。
企業経営なら、銀行融資や株式市場をどう使うのか。
投資なら、金利や為替、税制をどう理解するのか。
国家なら、自国通貨や金融制度をどう設計するのか。
ルールを知っているかどうかで、できることは大きく変わります。
そして、そのさらに先には「ルールそのものを作る側」があります。
かつて英国にはポンドがあり、その後は米ドルが世界の中心通貨になりました。
現在、中国は人民元の国際化を進め、独自の国際決済網であるCIPSも拡大しています。
世界の覇権とは、軍事力や経済規模だけではなく、
「どのルールの上で世界を動かすのか」
をめぐる競争でもあるのでしょう。
ただし、ルールを作った側が永遠に勝ち続けられるわけでもありません。
既存の仕組みに最適化しすぎると、次の変化に対応しにくくなるからです。
たとえば暗号資産は、銀行を介さずに価値を移転する仕組みを目指して登場しました。
それが既存の金融システムを置き換えるのかどうかは分かりません。
ただ、「そもそも銀行を通す必要があるのか」という問いそのものを社会に投げかけたことには、大きな意味があります。
ルールを作ることは強さになります。
しかし、作ったルールに自分自身が縛られることもあります。
この「作る強さ」と「作った後の硬直性」という関係は、金融に限った話ではないように思います。
商売でも、政治でも、あるいは個人のキャリアでも、同じことが起こります。
サムスンの資金調達という一つのニュースから始まり、日本の銀行、中国の政策金融、アフリカをめぐる大国間競争、そして信用創造という銀行の根本的な仕組みまで話がつながっていきました。
銀行は単なる「お金を預ける場所」ではありません。
企業の成長を支え、景気を左右し、ときには国家戦略の一部にもなります。
そして何より、「お金を生み出す」という、ほかの企業にはない特殊な力を持っています。
そう考えると、銀行とは資本主義というゲームの中で、特別な能力を与えられた「ジョーカー」のような存在なのかもしれません。

