【探究学習】フードデリバリーの赤字は、未来の「都市物流」を買うためなのか
先日、Xでフードデリバリーサービス「menu」の終了を扱った記事を読みました。
以前、menuが9月末でサービスを終了するというニュースを見たときには、
「フードデリバリー市場は、相当なレッドオーシャンになっていたのだな」
くらいに考えていました。
ところが、今回の記事を読むと、状況はもう少し深刻でした。
menuはサービスを止めるだけではありません。KDDIは共同出資者が持つ株式を取得して完全子会社化したうえで、運営会社そのものを解散・清算する方針です。
事業を縮小して残すわけでも、別の会社へ引き継ぐわけでもない。会社そのものが消えてしまうのです。
もちろん、「買い手を探したが見つからなかった」「0円でも引き取り手がいなかった」とまでは公式発表されていません。そこは推測と事実を分ける必要があります。
それでもKDDIほどの企業が、将来の成長を待つよりも完全に畳むことを選んだ。その判断は、フードデリバリーという事業の厳しさを物語っています。
では、いったい何がこれほど難しいのでしょうか。
AIと壁打ちしながら調べていくうちに、このニュースが単なる一企業の撤退ではなく、世界規模で進んでいる「都市物流の陣取り合戦」の一場面に見えてきました。
莫大なお金をかけて作ったネットワークが、資産にならない
menuにはアプリがあり、加盟店があり、利用者がいて、配達システムもありました。
普通に考えれば、これらは事業を買収する企業にとって価値のある資産になりそうです。
しかし、フードデリバリーの利用者は、必ずしも特定のサービスに強い愛着を持っているわけではありません。
クーポンがある。送料が安い。早く届く。食べたい店が載っている。
そのとき最も条件のよいアプリを使います。
飲食店は複数のサービスへ同時に出店でき、配達員も複数のアプリを使い分けます。利用者、飲食店、配達員の三者が、簡単に別のプラットフォームへ移動できるのです。
つまり、巨額の広告費やクーポンを使って築いたネットワークであっても、補助金を止めた瞬間に人が離れていく可能性があります。
所有しているように見えた顧客基盤が、実は割引によって一時的に借りていただけだった。
これは、プラットフォームビジネスのかなり恐ろしい一面です。
Amazonが広めた「送料無料」という感覚
ここで、ひとつ腑に落ちる考え方がありました。
Amazonが「送料無料」というビジネスモデルを普及させたことで、私たちは配送を、商品に付随する無料サービスのように感じるようになったのではないか。
もちろんAmazonの配送費も、本当に消えているわけではありません。
Prime会費、商品の粗利、出品者が払う手数料、広告収入、倉庫で商品をまとめて扱う効率などによって、注文時に送料を意識させない仕組みを作っています。
ところが、料理の配送はAmazonの商品配送よりも無料化が難しい。
商品なら同じ地域の荷物をまとめて、翌日までに運ぶことができます。しかし料理は、注文された一皿を、冷めないうちに、今すぐ届けなければなりません。
しかも注文は昼食時と夕食時に集中します。配達員の報酬、決済費用、問い合わせ対応、システム維持費、広告費、クーポン代も必要です。
利用者は「店頭価格と同じで、送料無料」を望む。
飲食店はもともと薄利なので、高い手数料を払いたくない。
配達員の報酬も、下げすぎれば人が集まらない。
便利さを生み出す費用は確実に存在するのに、その費用を引き受けたい人がいないのです。
以前、170円台の冷凍パスタについて調べたことがあります。
電子レンジに入れれば、数分でそれなりにおいしい食事が完成する。一方、フードデリバリーでは、一食1500円から2000円ほどになることも珍しくありません。
フードデリバリーは、ほかの飲食店だけと競争しているのではありません。冷凍食品、スーパーの総菜、コンビニ、電子レンジとも競争しています。
物価高が続くなか、この価格差はかなり大きいでしょう。
韓国では、無料配送によって利用が再拡大した
この問題は日本だけで起きているわけではありません。
韓国では、高密度の集合住宅、バイク配送、単身世帯、もともとの出前文化などを背景に、フードデリバリーが日本以上に生活へ定着しています。
Coupangは、有料のWOW会員向けにCoupang Eatsの無料配送を組み込みました。まさにAmazon Prime型の仕組みです。これにBaeminやYogiyoも無料配送で対抗しました。
その結果、2025年3月には成人約2350万人がフードデリバリーを利用し、一人平均で月3.7回注文。月間取引額は2.28兆ウォンと、コロナ禍の最高水準に近づきました。
需要だけを見れば、大成功です。
しかし、無料配送の費用が消えたわけではありません。飲食店側からは、仲介手数料だけでなく配達費や決済費などを合わせると、注文価格の30~40%に達する場合があるとの訴えも出ています。
政府が手数料問題へ介入し、小規模店向けの料率を引き下げる動きも始まりました。
つまり韓国は、
「無料配送で市場は拡大した。しかし、その費用を誰が負担するのかが政治問題になった」
という段階にあります。
中国では、国家が価格競争を止めに入った
中国の状況は、さらに壮絶です。
最大手の美団は、年間取引ユーザーが8億人を超える巨大プラットフォームです。2024年には358億元の純利益を出していました。
ところが、アリババとJD.comが大量の補助金を投入して配送市場へ攻め込んだことで、激しい値引き競争が発生します。
美団は2025年、売上高を伸ばしながらも234億元の最終赤字へ転落しました。
ついには中国政府が、原価割れ販売、過剰な補助金、飲食店や配達員への費用転嫁を規制する方針を示しました。
資本力による消耗戦があまりにも激しくなり、国家が「これ以上、無料競争を続けるな」と止めに入った格好です。
世界最大級まで拡大して、ようやく薄く儲かる
では、規模を大きくすれば問題は解決するのでしょうか。
米国最大手のDoorDashは、2025年第4四半期だけで9億件を超える注文を扱いました。取引総額は約297億ドル、最終利益は2.13億ドルです。
黒字ではありますが、取引総額に対する最終利益は約0.7%にすぎません。
世界最大級の注文数を確保し、会員制度、広告、食料品や日用品の配送まで組み合わせて、ようやく薄い利益が出る。
これがフードデリバリーの現実なのでしょう。
欧州でも再編が進んでいます。DoorDashはDeliverooを買収し、投資会社ProsusはJust Eat Takeaway.comを買収しました。さらにUberは、韓国のBaeminや各国のfoodpandaなどを傘下に持つDelivery Heroの買収を発表しています。
独立したフードデリバリー会社が多数共存するのではなく、世界規模の数社へ集約されつつあるのです。
その先に、ロボットとドローンがいる
ここまで調べて、ようやく各社が赤字を出しながら市場に踏みとどまる理由が見えてきました。
近い将来、配送の一部がロボットやドローンへ置き換われば、一件あたりの配送原価を下げられる可能性があります。
これは、以前考えた「フィジカルAI」が現実社会へ入ってくる具体例でもあります。
すでに実用化は始まっています。
Uber Eatsはドローン企業Ziplineと提携し、2029年末までに一日100万件のドローン配送を目標に掲げています。Ziplineは医薬品や食品など、すでに世界で270万件以上を配送しています。
DoorDashは、道路、自転車道、歩道を走れる自社配送ロボット「Dot」を開発。提携するCoco Roboticsの歩道ロボットも、試験段階で10万件以上の配送を行いました。
日本でも楽天が晴海、月島、勝どき周辺で自動配送ロボットを運用し、対象は23店舗、8000商品以上、3万4000戸超へ広がっています。
もっとも、配達員が一斉にロボットへ置き換わるわけではないでしょう。
ドローンは郊外の戸建てや山間部、歩道ロボットは短距離の料理やコンビニ配送、自動運転車は複数注文をまとめた中距離輸送に向いています。
一方、高層マンションのオートロックを開け、エレベーターに乗り、入り組んだ団地の5階まで届けるのは難しい。悪天候や工事現場、酔客の多い繁華街なども、人間の方が柔軟に対応できます。
当面は、人間、地上ロボット、ドローン、自動運転車を使い分けるハイブリッド配送になりそうです。
赤字は「未来の都市物流を押さえる権利」の購入費なのか
ここで、現在の赤字競争が違って見えてきます。
各社が単純に「ロボットの完成まで赤字で耐える」という計画を持っている、と断定することはできません。
しかし、配送原価を下げられる未来が来たとき、その利益を最も大きく受け取れる場所を、今のうちに押さえようとしているとは考えられます。
自動配送時代に価値を持つのは、必ずしもロボットを製造する会社だけではありません。
重要なのは、
どこで、何時に、何が注文されるかというデータ
地域ごとの注文密度
加盟店との契約
利用者の決済情報と注文習慣
配送手段を振り分けるアルゴリズム
自治体や規制当局との関係
です。
配送ロボットを100台持っていても、注文がなければ置物です。
反対に、毎日何百万件もの注文を持つ企業なら、人間、複数メーカーのロボット、ドローンを比較し、その注文に最も適した方法へ仕事を振り分けられます。
UberやDoorDashが本当に欲しいのは、「料理を配達する会社」という地位ではないのでしょう。
その街で発生する、
「あれを、ここへ運んでほしい」
という需要を、すべて受け取る場所になろうとしている。
この視点で見ると、現在のクーポンや送料無料も、単なる販促費ではありません。
利用者に「食事や日用品は、このアプリで頼む」という習慣をつけさせるための投資です。
Amazonが「欲しい商品があれば、まずAmazonで検索する」という習慣を作ったように、フードデリバリー各社は「何か運んでほしければ、まずこのアプリを開く」という習慣を取りにいっているのです。
各社が積み上げる赤字は、投資にたとえるなら、将来の都市配送網を押さえる権利を得るための代金なのかもしれません。
menuは、その未来を待たないと決めた
そう考えると、menuの解散も別の意味を持ってきます。
KDDIは、自動配送などによって将来採算が改善する可能性があったとしても、そこへ到達するまで赤字を払い続ける価値はないと判断したのでしょう。
一方、韓国のCoupangは、日本でロケットナウを展開し、送料・サービス料無料、店頭と同じ価格を掲げています。
KDDIが手放した陣地へ、別の巨大資本が入ってきているのです。
ただし、これは非常に危険な賭けでもあります。
自動配送の普及が予想より遅れる。規制が強まる。機械が十分に安くならない。消費者が最終的に料金を払おうとしない。
そうなれば、未来が到来する前に資金が尽きます。
生き残った一社が市場を支配する保証もありません。赤字を積み上げた末に、誰も十分な利益を得られない可能性もあります。
私たちが見ているのは、料理配達の競争だけではない
街でフードデリバリーの配達員を見かけると、料理を店から家まで運ぶ仕事に見えます。
しかし、その背後では、もっと大きな競争が進んでいるのかもしれません。
誰が注文の入口を押さえるのか。
誰が街の配送データを持つのか。
誰がロボットやドローンを最も効率よく働かせられるのか。
そして、誰が2030年代の都市物流の「司令塔」になるのか。
Amazonが普及させた送料無料という感覚の先で、配送は「注文ごとに買うサービス」から、「会員であることに付随する権利」へ変わり始めています。
それでも送料そのものが消えたわけではありません。
飲食店、配達員、広告主、会員、投資家の誰かが、必ずその費用を負担しています。
世界中で起きているのは、送料無料の普及というより、見えなくなった送料を誰に負担させるのかという争いなのでしょう。
そして現在の赤字競争は、そのさらに先にある自動配送時代へ向けた、巨大な陣取り合戦なのかもしれません。
私たちは今、フードデリバリーという身近なサービスを通して、未来の都市インフラが作られていく初期段階を見ているのだと思います。

