「PoCの墓場」を抜けられない企業に共通する"1つの欠落
「PoCの墓場」を抜けられない企業に共通する"1つの欠落
AI導入は進んでいるが、最終的には効果が出ているとは言えない。
McKinseyの調査では何らかの業務でAIを使っている企業は約9割に達している。全社規模でスケールできている企業も44%ある。ここまでは順調な話だ。問題はその先にある。
AIがEBITにプラスに寄与したと答えた企業は37%で前年から横ばい、寄与が5%以上ある「高パフォーマー」に至っては6%しかない。日本も構図は同じで、PwC Japanの2026年春の6カ国比較調査では活用・推進中が87%、しかし「期待を大きく上回る効果」を出せたのは9%と6カ国中で最低だった。つまり我々が直面しているのは導入の失敗ではない。導入もした。スケールもした。それでも金額にならない。
PoCから入ること自体は、間違っていない
PoCで目に見える効果を確認したいというアプローチそのものは間違っていない。使ってみないことには価値は実感できないし、AIは適用領域の潜在的な広さを考えると、どこに効くかを会議室で議論するより手を動かして確かめるほうがはるかに速い。問題はPoCという入り口ではなくPoCの進め方のほうだ。本番運用とそれを支える基盤の姿を描かないまま走り出したPoCは、たとえ現場で好評でもその先に進む道が最初から用意されていない。そして我々はこの道を一度通っている。
RPAの教訓を活かせているか?
RPAの導入ブームを思い出してほしい。現場が自分で作れる。すぐ動く。効果も目に見える。導入の入り口としては極めて良くできていた。しかしDeloitteの調査では、50体以上のロボットを運用できていた企業は4%にとどまり、前年の3%からほとんど動かなかった。
障壁として挙がったのは対象業務の非標準性が32%、自動化のビジョン不在が17%、IT部門側の準備不足が17%。作れなかったのではなく、作った後を設計していなかった。日本ではこの状態に「野良RPA」という名前までついた。管理担当者が分からなくなったロボット(RPA)が、誰にも見られないままメールを送りファイルを書き換え続ける。三菱総合研究所は、計算結果が間違っていることに会社が長く気づかず経営判断を誤りかけたケースを報告している。
台数が増えたから管理が崩れたのではない。増えたときに何が必要になるかを増える前に決めていなかったから崩れた。AIのPoCで今起きていることは構造としてこれと同じだ。違うのは生成AIのほうが作るのがさらに簡単で、さらに速く増えるということである。
本当の壁は、表面的な業務適合ではない
PoCが答えを出すのは「この業務にAIを当てると効きそうか」までだ。本番で問われるのはその外側にある。
セキュリティの実装:誰の権限で何にアクセスするのか
改修とメンテナンスの運用:業務やモデルが変わったとき誰が直すのか
使用履歴の分析と改善:何をどう使われたかを記録し、次に活かせるか
バックアッププラン:止まったとき、間違えたとき、業務をどう回すか
他業務プロセスや関連システムとの連携:前工程と後工程、既存システムとの接続
データ整合性の確保:どのシステムを正とし、どう突き合わせるか
この6つはPoCの段階では全部免除されている。免除されているから速い。速いこと自体は悪くないのだが、免除された前提で出た数字を、我々は「効果」として報告している。
PoCで出たROIは、本当のROIではない
だからこう言い換えられる。PoCのROIは分子だけを測っている。分母に入っていないものが多すぎる。先に挙げた6つの実装と、それを維持し続ける人の工数がまるごと抜けている。ライセンス費と削減工数だけで割った数字は、本番運用が始まった瞬間に意味を失う。
Gartnerは生成AI案件の30%がPoC後に放棄されると見ていたが、その理由として挙げたのはデータ品質、リスク統制の不備、コストの増大、事業価値の不明確さだった。上の6つを見ないまま出した数字が、本番の前で崩れるということである。運用まで含めたコストを見ないと、本当のROIは出せない。逆に言えば、そこまで含めて計算して、それでも成立するユースケースだけが本当に進めるべきものだ。
欠けているのは「アーキテクチャ視点」
ここまで来ると、欠落しているものの正体ははっきりする。ツールでもモデルでも予算でもない。設計開発から運用までを見据えて全体をどう組むか、というアーキテクチャの視点である。
PoCが問うのは「作れるか」で、アーキテクチャが問うのは「運用し続けられるか」である。この2つは別の問いで、前者に何度答えても後者の答えにはならない。そしてこれは技術の話というより順序の話だ。何をいつ決めるか。基幹システムの導入プロジェクトでは最初に決めるのはツールではなく、どの業務をどう回すのか、どのシステムを正とするのか、誰が何を承認するのかという枠のほうだった。窮屈に見えるがその枠があるから後から作られる大量の個別機能が管理できる。枠が無いまま増えたものは、必ず後から誰も触れなくなる。AIも同じ場所に来ている。
PoCの進め方を変える4つの打ち手
1. PoCの合格条件に、運用要件を書き込む
効果検証だけでPoCを終わらせない。先の6項目それぞれについて「本番ではこう実装する見込み」「その工数はこの程度」を、PoCの成果物として書かせる。技術検証ではなく運用の見取り図を作るのがPoCの目的だと定義し直す。
2. ROIを運用込みの複数年で出す
初年度の削減工数だけでなく、3年分の維持コストを乗せて計算する。ここで落ちるユースケースはむしろ早く落としたほうがよい。全部通ってしまうROIの出し方は、そもそも判断材料になっていない。
3. 「2件目のコスト」を指標にする
同種のユースケースを2件目に作るとき工数が何割落ちたか。落ちていないなら、それは資産を作っていない。1件目のPoCに認証や監査の仕組みを全部背負わせると赤字にしか見えないので、投資判断の単位は案件ではなく複数案件のポートフォリオに上げる。
4. 本番昇格の基準を、PoCを始める前に決める
どのデータ区分なら本番で使ってよいか、人間の確認が必須なのはどの判断か、ログは何を何年残すか。基準は緩くて構わない。先にあることのほうが重要で、基準が無いと判断のたびに個別交渉になり、結局すべてが止まる。
まとめ
「PoCの墓場」はAIが役に立たなかった証拠ではない。個別には役に立ったものが、運用に耐える形になっていなかったというだけである。9割が使い、44%がスケールし、それでも6%しか大きな成果に届かない。この差を埋めるのは、より良いモデルでも、もう一つのPoCでもない。
Gartnerは、エージェント型AIの案件の40%超が2027年末までに中止されると見ている。理由はコストの増大、事業価値の不明確さ、リスク統制の不備。PoC時代とほぼ同じ顔ぶれだ。
だが結果は同じでは済まないと思う。野良ロボは間違った数字を出すだけだった。エージェントは権限を持ち、自分で判断し、副作用のある操作をする。設計せずに増やしたときの請求書は、これまでより速く、高く届く。
PoCをやめろという話ではない。PoCで何を確かめるのかを変えよう、という話だ。効くかどうかはもう十分に分かった。次に確かめるべきは、それを5年間動かし続けられるかどうかのほうではないかと思う。
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※本記事は筆者個人の見解であり、所属組織の見解を代表するものではありません。
**参考**
- McKinsey & Company "The state of AI"
- PwC Japan「生成AIに関する実態調査2026 春 6カ国比較」
- Deloitte "The robots are ready. Are you?"(RPA導入実態調査)
- 三菱総合研究所「RPAを『野良ロボ』にしない」
- Gartner(生成AI・エージェント型AI案件に関する予測)
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