高校生のためのサバイバル講座 考えるヒント 31と32
『高校生のためのサバイバル講座』の第一面には「考えるヒント」と題した短い文章を載せていました。それはだいたい子供の頃の思い出でした。読者は高校二年生です。西暦2000年の秋ですから、今とはずいぶん違う世の中だったように思います。
当時勤務していた高校の生徒たちは勉強する必然性を持っていませんでした。生徒たちは、ほぼ半数は推薦で入れる専門学校や近くの私立大学に進学し、残り半数は運が良ければ就職し、そうでなければバイトを続けたり、プータローになったりしていました。
雪がない季節には、週に何度か小さなチームの暴走族がやってきて、ぶうぉん、ぶうぉんと流していきます。彼らは、卒業生だったり退学者だったり在校生の友人たちだったりします。
こんな文章を毎週書いていたのも、何とかして彼らとつながりを持ちたいという気持ちだったかと思います。
きっと、共感が欲しかったのだと思います。彼らの共感が欲しかった。だからぼくは、教師でないぼくを書き続けたのでしょう。
31 思い出の始まり
「自分の最初の思い出は産湯につけられていた時のことだ」と言っていたのは、三島由紀夫だったかと思う。「うそこけ」とも思うが、人のことだから何とも言い難い。
ぼくの記憶をたどっていくと最初に出てくるのは、部屋でリンゴをかじっているシーンだ。外は雨が降っていた。部屋の中には洗濯物が干してあった。広い部屋ではない。六畳くらいのものだった。
ぼくは、ベランダに出るガラス戸を開けて、柱に寄りかかって座っていた。右側に雨の降る庭の景色を、左側に薄暗い部屋の湿った空気を見るともなく見ていた。九州で食べるリンゴはうまいものではなく、いつもぼけていた。ぼけたリンゴしか知らないぼくでも、その時のリンゴは特に湿っていた
ような気がする。
家には誰もいなかった。だからといって不安ではなかった。ベランダのコンクリートを打つ雨の音があったし、庭には色の抜けかけた紫陽花が咲いていた。薄暗く湿っぽく、暖かくも寒くもない、その時、僕は確かに淋しかったのだけど、同時にとても安心していた。まだ幼稚園にも通っていなかったが、ぼくにはすぐ隣に仲のいい友達がいた。近所のおばちゃんたちは、ぼくが一人で遊びに行くと必ず砂糖水(当時としては最高のもてなしだ)を振る舞ってくれた。
でもぼくは、どこにも行かなかった。一人でいることの淋しさと安心にずっぽりはまっていた。ぼくは誰といても気を遣う子どもだった。近所のおばちゃんの家に行くと、おばちゃんにどう甘えればいいか、どう言えば一番喜ぶかを自然に考えてしまう子どもだった。生まれた時から知っている敦くんといても、姉と話していても、父や母といても、いつもどう振る舞えばいいかを考えている子どもだった。どう振る舞えば相手が一番喜ぶかを無意識のうちに行動している子どもだった。
だから、一人でいた淋しさと安心がこんなにも強烈に、自分の原体験として残っているのだろう。たぶんあの時から四十年近くの時間が流れている。なのに、ぼくは今でも気が付くとあの時と同じように、淋しさと安心を探している。三つか、四つだったあの日のぼくと同じように。
今ではほとんど思い出せない風景の記憶です。あの時、書いておいてよかった。書いていなかったら、もうずっと思い出すことはなかったかもしれません。
読んでみると、ありありと思いだします。うす暗くて狭い部屋、湿った空気の匂い、くぐもった雨の音。その数年後ですが、PCのモニターほどの大きさしかない白黒テレビが部屋にやってきました。見ないときには、ブラウン管に布がかけてありました。緞帳ですね。テレビはきっと舞台のようなものだったのでしょう。
テレビを見ながらひとり相撲を取ったりしていました。テレビの相撲中継を見ながら、一方の力士と同じ動きをして、勝ったり負けたりするのです。
月光仮面が最初のヒーローでした。
32 いいものはいいのだ
ポルノ・グラフィティの「アポロ」を初めて聞いた時、格好いいなあと感心しました。リズムを利かせたソリッドなバンド音、ありきたりの言葉を慎重に排除した歌詞、うーん、上手い! 広島出身だと聞いて、なるほどと妙に納得。ブランキージェットシティーのあの時代錯誤な詩と音作り、喉をひねりまくった歌声、シンプルなバンド音がもう聞けないのかぁ、という所に出てきた元気一杯のバンド、ということで期待大です。一枚目のアルバムはまだまだ練れてないけどぼくは好きです。
で、先日ポルノか、ブームかと悩みながらCDを買いに出かけ、結局、綾戸智絵のニューアルバム二枚と、身空ひばりのジャズ・スタンダード集の三枚を買ってしまいました。節操がないんです、私。
綾戸智絵は期待通りというか、いつも通りでした。「今最もチケットの入手が困難な歌手」という唄い文句通り、上等な出来でした。泣かせてくれました。十二月のkitaraでのコンサートが楽しみです。
驚きは美空ひばりでありました。元々歌の巧さは分かっていますし、すでに何枚かのCDは持っているのですが、選曲のあまりのセンスの悪さにはどうしようもないところがありました。ところが今回のこのCDには参りました。凄すぎるのです。
底知れぬ深い声が一転して薄衣のような儚げな声になり、輝きに満ちた響きが暗くくすんだ声に一瞬のうちに替わり、まさに変幻自在なのです。もちろん、録音は古くアレンジもバンドも素晴らしいわけではありませんが、そんなこと気にもなりません。英語の発音の良さはもちろん、英語から日本語への変わり身の速さ、一つの単語を英語から日本風英語へと発音を換えて唄うお遊び。いやはやまったく怖ろしいまでの歌の巧さです。今まで他の人と聴き比べる事がなかったので気付きませんでしたが。
彼女の歌を聴いてしまうと、他の人の歌が歌に聞こえなくなってしまいます。一種類の声にリズムとメロディーを付けただけの声、深みも軽みもない声の単調さ、日本語にしろ、英語にしろ言葉の持つ力を引き出せない発音の悪さ。流行を追う目端の利く奴だけがもてはやされる歌の世界。つまんねえの。
ポルノグラフィティの「アポロ」は、1999年。上の記事を書いたのが2000年ですから、きっと1stアルバム『ロマンチスト・エゴイスト』のことでしょう。
美空ひばりが亡くなるちょっと前に、「美空ひばりのコンサートに行きたいならチケット準備できるけど、どう?」と聞かれたことがあります。そのころは仕事を始めたばかりで小さな子供も育てていて、仕事について間もないころでしたので、とても東京までLIVEに行く余裕はありませんでした。
少々無理しても行っておけばよかったなぁと、ずーっと思っています。
