マレーシア現地採用4週間経過。なんでここにいるのかわからなくなってきたからnoteに書いて思考を整理する。
マレーシアで働き出して4週間が経った。
つまり1ヶ月が経った。
平日は仕事、土日は友達作りイベントにひたすら行きまくる生活をしている。
マレーシアには日本語ペラペラで、日本人と友達になりたいと思っているマレーシア人がたくさんいる。
だから友達作りには全く困らない。
また、マレーシア人はどうやら日本人と全く同じアニメを観たり、音楽を聴いて育っているようである。
同世代の子と話していると、昔のアニメの話や懐メロの話が普通にできる(笑)
「懐メロ」という概念がマレーシア人と普通に共有できるのがやばい(笑)
だから一緒にドライブしててもお互い子供の頃から慣れ親しんでる曲をかけて盛り上がれる(最高)(車社会だから基本みんな車持ってる)
そういう感じなので、プライベートは今のところ心配していない。
かけがえのない親友も夫も休日はこのままの調子で過ごしていれば普通にできると思う。
反対に仕事はあまりよろしくない。
基本的に「鬱」という感じです。
職場ではずっと全てが恐怖で縮こまっています。
なんでこんな奴雇ってしまったんだと後悔してるだろうな。
みんな私のこと暗くてネガティブで人見知りで気色悪い、扱いづらいと思ってるんだろうな。
どうせすぐ辞めるんだろ、さっさと消えろよと思ってるんだろうな。
仕事に行く前も仕事中も仕事から帰ってからもこういう妄想で頭がいっぱいです。
なぜ雇われたのか全くわかりません。
同期もおらず「何が目的で雇われたんだろうね(人手不足だから誰でも良かったんじゃね)」「いつクビになるのかなー(いやそんな簡単にされないっしょー)」とか雑談レベルで話せる相手もいない。
誰に何を話しても上に話がいってしまう恐怖が常にある。
まあマレーシアは日本と似ており、遅刻、居眠りの頻発、罪を犯すなどのよっぽどのことをしない限り簡単に人をクビにはできないようです。
だからクビにはならないだろうけど。
クビにならずに一生「試用期間」が続くのも怖い。
私の試用期間は6ヶ月。
私なりに一生懸命やっても評価されなかった。
みんな笑顔で接してくれてるのに心の中では「使えねえなこいつ」ってずっと思ってたんだと思うと怖い。
その未来が来るのが怖い…。
そうならないように頑張れよって話だけど・・・・・・。
頑張れるのだろうか。
てか頑張って働いた先に何があるんだっけ。
何が得たくてここの会社に入ったんだっけ。
それがわからない。
何が目的ではるばるマレーシアまで来たんだっけか。
0から思い出してみる。
子供の頃から海外で働きたかった。
学校の勉強で英語が好きだった。
英語がペラペラになりたいと子供の頃から本能的に思っていた。
思ってたけど叶える方法があるとは思っていなかった。
考えたこともなかった。
そんな時、妹が留学先で異国語をペラペラ話してる姿を見て衝撃を受けた。
留学って…すごい…。てかそもそも我が家に留学なんていう選択肢が存在するのかと知り、私も大学を休学し1年留学した。
英語が少しだけ話せるようになって帰ってきた。
しかし英語が少し話せる程度では海外に出ても仕事がないと考え、手に職をつけることにした。
英語×世界で使える技術を身につければ無敵人材になると思った。
世界で使える技術といえば「プログラミング」だとその時思った。(2017年)
プログラミングができるようになれば、PCがあればどこからでも働けたり、独立することも可能でカッコ良いと思った。
だからプログラミングをやらせてもらえて、海外に支社がある会社を選び新卒で入社した。
最初に半年ぐらいプログラミング研修があった。
なんの知識もない中、ネットを遮断された環境で在庫管理システムの仕様書の設計と、システムの構築をしろと言われた。
全然できなかった。
同期は1000人いた。
みんなも最初はできなかった。
そんな環境でできるはずがなかった。
でも徐々に家でしこたま調べてきて、研修時間内にその成果を発揮する者が現れ始めた。
研修は課題を早く終えた者から抜けることができた。
私は全く抜けられず、「この日までに抜けられないとクビ」と言われてる日ギリギリで合格した。
この時点で全くプログラミング適性がない事は明白だった。
でも私の中では「英語×プログラミング=最強」という方程式があるため逃げるプランは頭になかった。
しかし配属されたのはプログラミングを全く使わない部署だった。
そりゃそうです。適性がないのだから。
しかし大変居心地の良い部署だった。
上司、同期に恵まれ毎日本当に楽しかった。
息をするだけで幸せだった。
毎日出社するのが楽しみで楽しみで仕方がなかった。
仕事に行きたくない…なんて1秒も思ったことがなかった。
でも私がやりたいのはプログラミング。
それは忘れなかった。
社内で部署異動できないか、色んな人に頼って情報収集した。
色んな部署の見学にも行かせてもらった。
でも結果、この会社にはザ・プログラミングをやらせてもらえる部署はないと知った。
そういうのは海外支社に委託してると知った。
そして海外支社に行ける日本人はほぼいないとも知った。
だからもう転職するしかないと悟った。
すごく居心地が良く幸せだったけど、1年でスパッと辞めた。
次もホワイト企業に入ったらまたぬるま湯でぬくぬくスキルにならない仕事をすることになってしまいそうだと思い、あえて「漆黒のブラック企業」に入ることにした。
未経験歓迎と書かれている、いかにもな小さいウェブ制作会社に就職した。
予想通りの漆黒さだった。
初日から仕事にぶっこまれた。
定時で帰ろうとすると机を思いっきりバンと叩かれた。
毎日終電で帰らされた。
だけどそのおかげでイラレ、フォトショ、Html、CSS、Javascriptの使い方を覚えた。
このままだと精神を病むと思い試用期間の3ヶ月で辞めたけど、この3ヶ月が人生で一番仕事をした気がする。
そしてこの3ヶ月で学んだスキルでその後も生きながらえることとなる。だから良かったと心から思っている。
疲れたから、半年ぐらいたまにバイトをしながらグラフィックデザインスクールに通った。
なんかすぐに働きたくなかった。
半年後お金に困窮し、来月の家賃払えないどうしようという逼迫した状態の時、偶然企業からスカウトメールが来た。
別に悪くなさそうだったから入社した。
外資系のウェブ制作会社だった。
英語とプログラミングスキルを使える。
私にとってはかなり好条件。
そこで2年働いた。
2年後、会社の理解度テストで0点を取得し、シンガポール支社にいるシンガポール人のアジア統括人事みたいな人(口うるさいばばあだから陰でクイーンと呼ばれていた)に激怒された。
私は、自分の業務の事はわかるけど、この会社がどんな会社で他にどんな部署があり、何を理念としているのかとかは興味がなかった。
「うちの会社に興味がないなら辞めろ!!!!!」と怒鳴られた。
辞めた笑。
ちょうどその時友人から「個人事業主にならないか」と誘われており、グッドタイミングだった。
そこから約5年、業務委託という形態でリモートワークをした。
上司も部下もいない。
休みたい時に休み放題休める。
好きな場所から仕事ができる。
業務内容は非常に簡単だった。だから成長を感じなかった。
この働き方では給与は一生上がらない、どうしよう。焦りがあった。
でもとんでもなく楽だった。だから辞められなかった。
この時点で私は
・英語を使う
・プログラミングを使う
・独立する(業務委託だから完全なる独立ではないけど大満足)
・在宅で仕事をする
という願望を叶えていた。
あと叶えていないのは「英語がペラペラになる」「海外で働く」これだけ。
せっかく在宅勤務だから、海外から働いてみることにした。
ジョージア、タイに行ってみた。
でもなんかここじゃないかも感…。
どこの国が良いのか世界地図を見て考えることにした。
Googleマップを見て何度も熟考した結果、マレーシアしかないのでは…?という結論に至った。
アジア、英語が通じる、日本から遠すぎない、自分の財力で行ける、治安が良い、冬がない、この全ての要素を持っているのがマレーシアだった。
すぐに飛行機を取りタイからマレーシアへ移動した。
正直マレーシアもしっくりはこなかった。
運命的なフィット感はない。
しかし、仲良い人ができたり楽しい出来事が起こるうちに「もっといたい」と思ったりするようになった。
そしてこのままノマドでいたら、せっかく仲良くしたい人と巡りあっても、長期的な関係を築くのが難しいと感じた。
一期一会の出会いだけでは物足りない、寂しい。
だからノマドではなく現地でちゃんと就職し根を張らねばと思った。
一旦帰国した。
1ヶ月後、また行ってみた。
やはり特に運命やときめきは感じない。
でもまた人々との良い出会いがあった。
多分人との出会いというのはどこの国でもあるものだから、マレーシア特有の現象ではない。
だからきっとどこに行ったって私はそれなりに楽しくやっていける。
でもどこにするかは決めなきゃいけない。
前回Googleマップを見て何度も何度も考えて出た結論が「マレーシア」なのだから、もうここに住むしかないだろうと腹を括ることにした。
ネットで仕事を探した。
でも…なんの仕事をしたら良いかわからなかった。
このままウェブエンジニアの仕事を続けてその先に何があるのかわからなかった。
プログラミングは近い将来全てAIがやることになり、絶対に淘汰される仕事だと思われる。
英語×プログラミングが良いと信じて生きてきたのに、AIの出現により先細りする未来しかなくなってしまった。
もうプログラミングは手放さなければいけない。
じゃあ何をしたら…。
AIにできないこととは何か…。
ずっとChatGPTと対話した。
有料の転職コンサルにも相談した。
しかし簡単に答えは出なかった。
そのうちにビザのタイムリミットが来てしまい、また帰国一旦帰国した。
AIにできないこと、それは「人と関わること」
じゃあ英語、プログラミングの知識がある私ができる「人と関わる仕事」は何か。
結論→「英語を使う管理職として、プログラミングを使う人たちをまとめる」
そういう軸で転職活動をすることにした。
本当はなんでもやっていいなら、動物園の飼育員、変な雑貨屋の店員、花屋の店員、観光会社で企画を考える人、になりたい。
動物、変な雑貨、植物、観光が好きだから、それらに関わる仕事がしたい。
でも給料のことを考えると、これまでしてきた仕事が活かせる仕事しか選べない。
もう33歳だし結婚もしたいからお金は非常に大事な要素です。
本当は自分の心惹かれるままに仕事を選びたかったけど、現実のことを考えて堅実な道を選ぶことにした。
そしてまたマレーシアに飛び、本気で転職活動を行った。
結果、理想に近い仕事をゲットし、無事マレーシア移住を果たした。
まだ人生で叶えていない夢「海外で働く」は叶った。
あとは「英語ペラペラになる」を達成したら、もう私は、自分の人生に満足。
だけどこの「英語ペラペラになる」が難しすぎる。
英語を話すこと、私にとってとても怖い。
自信がない。
「英語、どのぐらい理解してる?」と聞かれるたびに落ち込む。
この人英語わからないんだなと思われてるなと落ち込む。
なんで雇われたのだろう。
もっと英語ペラペラな人雇えば良かったのに。
もしくは出川やザキヤマみたいな、拙い英語でも人とコミュニケーション取れるようなコミュ力の塊みたいな人を雇えば良かったのに。
会社の人に「英語がきついです…」と言ったところ「え、英語・・?」と若干引かれた。
英語できないのに雇われたんだ…え…困るんだけど…みたいな雰囲気を感じた。
思い込みかもしれないけど、そう感じてしまった。
なんで雇われたんだろう‥。
この「なんで雇われた?」という疑問、自分の中で大きすぎて会社を信頼することが難しくなっています。
もっと良い人採用したら良かったのに。
こんな何にもできない人間でごめんなさい。
英語話せないのに応募してごめんなさい。
簡単にクビにできず困ってますよね死んだ方いいですよね。
なんかそう感じてしまいます。
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裏だまこもてぃん
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マレーシア現地採用過酷記
マレーシアのクアラルンプールで2026年8月から現地採用にて働いています。辛いっす。どんどん経過記録記事を追加していくので早めに勝った方が…
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