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ある日突然、世界中のスマホでスクショができなくなったら!

あらすじ
ある朝目覚めると、世界中のスマートフォンから「スクリーンショット」の機能が消滅していた。
他人の失言も、恋人の甘い言葉も、決して画像として切り取れず、手軽に共有できない世界。
デジタル上の「証拠」を失い混乱する社会の中で、人々が新たに見出したコミュニケーションの形とは。



ある日突然、世界中のスマホでスクショができなくなったら!

メビウス図鑑:揮発する言葉と、記憶のピント

テトがその異変に気づいたのは、朝の通勤電車の中だった。

SNSのタイムラインに流れてきた、少し皮肉の効いた面白いジョーク。友人のルルに送ってやろうと思い、テトは慣れた手つきで本体のボタンを同時に押し込んだ。
「カシャッ」という小気味よい音が鳴り、画面がフラッシュする。

…… はずだった。

ところが、スマートフォンは沈黙したままだった。
もう一度、少し力を込めてボタンを押す。反応はない。再起動を試みても、OSのアップデートを確認しても、結果は同じだった。

「故障だろうか」


テトは首をひねりながら、ニュースアプリを開いた。
トップニュースの大きな見出しを見て、テトは思わず息を呑んだ。

『世界規模の異常事態。
 全ての端末でスクリーンショット機能が喪失』

記事によれば、今朝未明から、地球上のあらゆるスマートフォン、タブレット、パソコンに至るまで、画面を画像として保存する機能が完全に停止したのだという。

メーカーも、OSの種類も、通信キャリアも関係ない。プログラムの根本的な法則が書き換えられたかのように、ただ「画面を切り取る」という動作だけが、この世界から忽然と消え去っていた。

当然のごとく、社会は未曾有の大混乱に陥った。

情報の備忘録として、他者との手軽な共有ツールとして、そして時には「証拠」という名の武器として、スクリーンショットは現代人の生活に深く根を下ろしていたからだ。


昼休み、同僚のルルが社員食堂で頭を抱えていた。

「信じられない。本当にスクショが撮れないのよ。これじゃあ、仕事のやりとりで『言った言わない』のトラブルになった時、どうやって身の潔白を証明すればいいの?」


ルルはサンドイッチをかじりながら、恨めしそうに自分のスマートフォンを睨みつけた。

「別のスマホやデジカメで画面を撮影すればいいじゃないか」

テトが提案すると、ルルは大きなため息をついた。

「そんな面倒なこと、いちいちやってられないわ。それに、画面の反射で綺麗に撮れないし。何より、あのワンタッチの手軽さが良かったのに」

ルルの言う通りだった。
画面を切り取り、一瞬で誰かに共有する。その手軽さが失われたことで、人々の情報の扱い方は劇的に変化せざるを得なかった。

SNSでは、他人の失言や矛盾をスクショして晒し上げる「炎上」が激減した。証拠が残らないため、糾弾の熱が長続きしなくなったのだ。


同時に、「こんな面白いものを見つけた」と画像を送り合う文化も衰退した。代わりにURLのリンクだけが素っ気なく送られてくるようになったが、リンク先の記事や投稿がすでに削除されていることも多く、情報は文字通り「流れて消える」ものへと変質していった。


数週間が経過し、社会は「スクショのない不便な世界」に少しずつ適応し始めていた。

そんな中、テトは、この喪失がもたらした奇妙な変化に気づき始めていた。
それは、言葉の「重み」が変わったということだ。

ある夜、テトは思いを寄せているゼゼからメッセージを受け取った。

『今週末、もしよかったら二人で食事に行きませんか?』

暗い部屋の中で画面に浮かび上がった文字を見て、テトの心臓が早鐘を打った。

以前のテトなら、間違いなくこの画面をスクショしていただろう。

そして、ルルに画像を送り、
「これってどういう意味だと思う?」
「なんて返信すればいい?」と相談していたはずだ。

自分一人で感情を受け止める自信がなく、他者の客観的な意見という名の「共感」で武装したかったからだ。


しかし、今はそれができない。

テトは、スマートフォンをベッドに置き、じっとその一文を見つめた。
文字のフォント、行間、送信された時間。そこからゼゼの心理を読み取ろうと、何度も何度も文字をなぞるように目で追った。

証拠として残すことができない。誰かに手軽に見せて、解釈を委ねることもできない。

このメッセージは、テトの目の前にあるこの瞬間にしか存在せず、画面を閉じれば、やがて他の会話の波に押し流されて見えなくなってしまう。

「残せない」からこそ、テトは自分の目でしっかりと文字を読み、自分の頭で考え、自分の心で感情を味わい尽くさなければならなかった。


それはまるで、フィルムカメラの時代に戻ったかのような感覚だった。
無限にシャッターを切れるデジタルカメラとは違い、失敗が許されない中で、一枚一枚に魂を込めて風景を切り取っていた時代。


人々は今、他人の言葉を、目の前の情報を、「記憶」という最も不確かで、最も個人的なフィルムに焼き付けようとしているのだ。


テトは深呼吸をして、画面に触れた。

『ぜひ行きましょう。楽しみにしています』
送信ボタンを押す。文字は即座に画面の向こう側へと飛んでいき、やがて「既読」の文字がついた。

スクリーンショットが消えた世界。

それは、人々の生活から「確かな証拠」を奪い去った不便な世界だった。
他人のミスを永久保存して嘲笑うこともできず、恋人の甘い言葉を画像としてコレクションすることもできない。

だが、その代わりに人々は、目の前の画面と、そこに込められた誰かの意思に、真剣に向き合うようになった。

流れて消えてしまう言葉だからこそ、一言一句を大切に受け止める。

手軽に共有できないからこそ、自分だけの秘密として胸の奥にそっと仕舞い込む。

翌日、テトはルルとコーヒーを飲んでいた。


「そういえば、週末にゼゼと食事に行くことになったんだ」
テトが口にすると、ルルは目を丸くした。

「えっ、本当!? どんな流れでそうなったの? メッセージ見せてよ!」
ルルが身を乗り出してくる。


テトは少しだけ微笑んで、スマートフォンをポケットの奥へと押し込んだ。

「ごめんね、スクショが撮れないから見せられないや」


「もう、ケチねえ。じゃあ、どんなふうに誘われたのか、詳しく教えてよ」

ルルは不満そうに口を尖らせながらも、テトの言葉に耳を傾ける姿勢をとった。

テトは、記憶の中にあるゼゼの言葉をゆっくりと反芻した。
画面上の無機質なピクセルとしてではなく、生きた言葉として、自分の中で静かに息づいているその一文を。

「それはね……」

テトは、自分の声で、自分の言葉で、その時の喜びと緊張をルルに伝え始めた。


スクリーンショットという便利な「切り取り線」を失った世界で、人々は再び、言葉を編み、声に乗せて誰かに伝えるという、最も原始的で、最も温かいコミュニケーションを取り戻していた。

デジタルデータは消えても、心に結ばれたピントは、以前よりもずっと鮮明だった。



メビウスメモ
すべてを簡単に保存できる世界で、私たちが本当に失っていたのは、目の前の言葉を「自分の心に刻み込む」という機能だったのかもしれない。

メビウス図鑑

提供 (C) 有限会社たかやま Resop 編集室


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