コメダ珈琲に全力で謝りたい話
2月22日土曜日から三泊四日で広島旅行に出かけた。
三泊四日と言っても、四日目の早朝に新幹線で広島を出発し、東京に向かいながらリモートワークをする予定だったので、実質二泊三日と言えよう。
広島旅行の目的は二つあった。一つ目は2024年に世界で最も美しい美術館に選ばれたという下瀬美術館に行くこと、二つ目はOKAMOTO'Sという4人組バンドのライブへ行くことだった。ちなみにこのバンドにはダウンタウン浜田の息子、ハマ・オカモトがおり、ベースを担当している。ご参考まで。
実はライブに行くことを決めたのは広島旅行に行く3日前だった。たまたまOKAMOTO'Sの新しいアルバムが雑誌で紹介されていて、何気なく聞いてみたところ体に電撃が走ったのだ。なんだこの平成を感じる懐かしく心地良いサウンドを作るバンドは、と混乱に陥り、調べてみると47都道府県ツアー中とあるではないか、そんでもって24日月曜日の夜には広島でライブをするではないか、これはもう運命、行くしかない、と速攻でローチケ経由でチケットを購入した。もともと友人宅に一泊二日する予定だったが、家庭もあるし延泊願いも失礼かなと思い、ホテルを一泊予約した。予約した後に、ライブの終わり時間はおそらく新幹線の終電に間に合わないだろうと思い、さらにもう一泊予約することになった。
広島旅行に出るまでの一週間は何かとバタバタしていた。私が広島に滞在している間、夫はというと友人と韓国に滞在していた。目的は38度線を見に行くためだ。
それぞれに強い目的をもって、期待の高まる旅行へと出かけた。夫は元気に帰ってきたが、私はと言うと想定外の自体に見舞われて帰ってくることになった。記憶が錆びないうちにひとまず初日から振り返ることにする。
待ちに待った広島旅行初日。
今月二回目の訪問となる東京駅はこなれたものだった。朝ごはん調達のため、おなじみの駅弁屋「祭」に颯爽と足を運んだ。が、3連休初日ということもあり、とんでもなくごった返している。これにはひっくり返りそうになった。順路なんてあってないようなもので、皆が自分の行きたいところへ、ただひたすら足を進めようとしている。全員前しか見ていない。真正面に人がいるのに両者一歩も譲らずで正面衝突を仕掛けてくる輩もいる。歩く手押し相撲とでも言えようか。うまい例えがわからない。とにかく人が多すぎてスピーディーに動けないけれど、皆四方の人々と何かしらの戦いを繰り広げていた。私はそんな戦いに疲れて、「もういいや、諦めて改札内のお店で適当に買おう」、そう思った時に、
「たんぱく質が15g摂れる チチヤスのむヨーグルト」を見つけた。

真っ赤なパッケージに、チチヤスの子役モデル(と勝手に呼んでいる)が載っている。
お惣菜やペットボトルのお茶が並んでいるコーナーの端っこにいたこの子役モデルが、戦いに疲れ退店しようとした私に突如微笑んできたのだ。この微笑みは、昨年2月の三連休で大阪旅行に出かけたときに出会った、りくろーおじさんのチーズケーキのキャラクター、りくおじ(と勝手に呼んでいる)の微笑みを彷彿とさせた。ちなみに大阪旅行については以下の通り綴っている。ご参考まで。
子役モデルの微笑みに釣られて自然と商品に手が伸びた。これを買うのであれば駅弁もここで買おうと、なぜだろう、主目的だった駅弁の優先順位が二番になりつつも、様々な人と戦いを繰り広げた末、神奈川県小田原より東華軒さんの「河津桜のわっぱめし」を購入することに成功した。見た目が華やかで、黄色、ピンク、白、茶色、緑、と春いっぱいな景色が広がっていた。なんて綺麗なのだろう、と感動しているその駅弁の隣には、真っ赤なパッケージのチチヤス飲むヨーグルトが。冷静に色のトーンが合わなすぎたため、駅弁単品で写真を撮り、飲むヨーグルトはさっさと飲み切ってしまった。後になって、子役モデルの微笑みが少し怖く感じた。
広島に到着後は、友人家族に合流。車で広島駅まで迎えに来てもらって、市内の「ねぎ庵」という広島焼きのお店へ向かった。
友人には4歳と2歳の子供がおり、2歳の子はお好み焼きが大好きな一方で、4歳の子はお好み焼きが好きではないという。お店でメニューを見ていると、4歳の子は「フレンチトースト」、2歳の子は「このみやち(おこのみやきがまだうまく言えない)、全部食べる」と言った。幼いにも関わらず、目の奥に食への情熱の光を感じた。兄弟でこんなに違うのかと面白く観察させていただいた。
数年ぶりの広島焼きはとても美味しかった。麺はぱりぱり、生地は厚さが薄めで、上にはネギがわんさかのっている。真ん中には卵黄が落とされている。ネギのおかげか炭水化物の主張もそこまでなく、さっぱりと頂け、非常に好みのタイプの広島焼きだった。友人よ、ありがとう。
その後は旦那さん、子供二人とお別れし、友人と二人で市内を散策した。友人に「実はOKAMOTO'Sのライブがあるから延泊する予定で」と話すと「え、うちに泊まっていきなよ」と言う。すでにホテルはキャンセル期間を過ぎていたので結局友人宅への延泊はかなわなかったが、「広島まで来てくれてお金もかかってるんやし気にせんと泊まってくれてええのに」と言ってくれた。友人の温かさが身に染みた。
カフェでチーズケーキとカフェラテを食べ、夜は牡蠣バルに行き、その後また夜カフェに行き、パフェを食べた。飽食の旅にふさわしい初日を締めくくった。帰り道、バスに乗車したのだが、運転手さんの「白鳥町で降りる人いませんか」というアナウンスの後、しーんと静寂が広がった時、オンライン会議で「誰か質問ありませんか」と進行役がアナウンスした後の静けさに似ているなと思った。
翌日は宮島へ行き、蒸し牡蠣、あげもみじ饅頭、にぎり天といった食べ歩きグルメを堪能し、今月二回目となる水族館に訪問し、テイクアウトしていた穴子弁当を外のベンチで食べ、寒くなったのでカフェで、2日連続となるカフェラテとチーズケーキを食べた。たくさん食べたように見えるが、ずっと歩き回っていたので案外すっぽりとお腹に収まった。
夜ご飯は友人宅で手料理を頂いた。友人の温かさがまたしても身に染みる。広島県産の牡蠣を蒸しと生で出してくれた。昼も夜も牡蠣が食べられるなんて最高だ。美味しい美味しいと連呼しながら、子供二人ともめいいっぱい遊び尽くし、皆に別れを告げてホテルへと移動した。
三日目の朝食はホテルに併設されていたコメダ珈琲店で頂いた。宿泊客限定モーニングセットメニューから、卵サンドセットを注文した。卵サンド、ミネストローネ、サラダ、コーヒーゼリー、ドリップコーヒーという、朝から充実したメニューだ。
食事を終え、岡山からはるばる来てくれた先輩と一緒に広島駅で合流し、念願の下瀬美術館へと向かった。
この日は深夜から続けて雪が降っていた。広島駅から最寄りの大竹駅に向かうに連れ、雪は激しさを増した。晴れていたら宮島が見えていた場所は曇っていて一切見えない。だが、豪雪を見ながら、あの海の向こうにはきっと宮島があるんだろうなあと想像してみるのは風流な感じがして、なかなか楽しかった。
世界一美しいと誰が称したのかわからないが、その人は雪の日の下瀬美術館を見たことがあろうか。あたり一面雪景色の中佇む美術館は息をのむほど美しかった。外のガラス張りに雪が反射しているのも綺麗だし、館内に入ってガラス越しに見る雪はなんとなくスローモーションに見えて綺麗。
展示内容は「ちいさきかわいいものたち」というひな飾りや御所人形を中心とする展示で、平安時代にタイムスリップしたかのような雅な気持ちになった。
その後は常設展に移動し、近現代のアートを鑑賞した。なぜか先輩が高校時代、朝読書の時間に読んだという谷川俊太郎の卑猥な詩の話を突然してきたり(結局後で調べたら生命力に満ち溢れた詩ということがわかった)、過去に6度の結婚と離婚を繰り返した北大路魯山人の作品が展示されているのを見たりしているうちに、私のお腹の中の様子が怪しくなってきた。なんとなく、今朝食べた卵サンドが上に這い上がってこようとする気配を感じた。
展示を見終えると、気持ち悪さも感じ始めてきた。タクシーを呼んで再び大竹駅まで戻る。先輩はひたすら話かけてくるが気持ち悪さでそれどころではなかった。
帰りは天気が晴れて、雪解けが始まっていた。電車の中からは行きに見ることのできなかった宮島が見えている。しかし綺麗だな~なんて思う余裕はなく、ひたすら目を閉じて体の中の異変よ収まれ、と念を送り続けた。その間ずっと今朝食べた卵サンドが体内でうずうずしているのを感じていた。
広島にちょうどお昼ごはんの時間くらいに戻った。しかし気持ち悪さが落ちつかないので、30分程ホテルで休ませてもらい、ちょっと回復したかな、というタイミングで先輩と一緒にお店を探し始めた。当初の予定では、広島市内で地場のおいしいものを食べよう、という話をしていたが、そんなものを到底食べる気になれず、うどんやそばなどの消化によさそうなものしか入らなさそうという私の判断の元、近くにあった広島でチェーン展開している「ちから」というお店に入った。
「ちから」の店内は、U字のカウンター席のみで、高校や大学の食堂を彷彿とさせる昔ながらの雰囲気だった。うどん、中華そば、カレーなどベーシックなメニューが豊富に取り揃えられている。店頭で販売されているおはぎも実は人気だそう。おはぎが美味しいかどうかは、「ちから」のおはぎより美味しいかどうかで判断している、という人もいるらしい。
先輩はミニうどんとカレー丼セットにきなこおはぎを注文した。私は全くお腹が空いていなかったがせっかく来たのだし何か入れるか、とうどん小を注文した。正直この時すでに吐き気があったものの、こんだけ先輩を待たせてしまったし、店内でリバースするわけにはいかないし、と火事場の馬鹿力を見せ、見事に完食し、夕方ホテルに戻った。
その後はご想像にお任せするが、ひたすらベッドの上でのたうち回っていた。携帯を見るのも、何かを聴くのもしんどく、文字通りひたすらのたうち回っていた。17時開演のOKAMOTO'Sのライブには当然行くことができなかった。しまいにはベッドの上で完全に寝転がったり、少しだけ上半身を起こしたり、また寝転がったりと、のそのそ上下運動をする生物と化していた。水以外のものを口にしないと危ない気がして、夜に友人にヘルプを求めたところ、快く様々なアイテムを持ってきてくれた。なんて優しいのだろうか、3日連続で友人の存在が身に染みる。
そんな感じで12時間ほどホテルの部屋にこもって過ごした。翌朝なんとかシャワーを浴び、最低限の身支度をして、ふらふらしながらフロントでタクシーを呼び、広島駅まで向かった。駅ビルの中にあるマツキヨに立ち寄り、OS-1やゼリー飲料を大量購入し、なんとか新幹線に乗車することができたときは、ようやく家に帰れる、と心底ほっとした。いつでもお手洗いに駆け込めるよう通路側の座席を確保し、卓上には水とOS-1をずらっと並べていた。どうみても体調の悪い人に見えただろう。あの時近くにいた方々、不安にさせてしまってすみません、この場を借りて謝罪します。
ふらふらしながら東京に帰ってきて、原因を究明しようと病院へ向かった。開口一番、先生に、「昨日牡蠣を食べたんです、で、今朝、コメダ珈琲で卵サンドイッチと珈琲を食べました。そこから容体がおかしくなって。卵サンドイッチに原因がありますかね」と聞くと「牡蠣だね~」と一蹴された。
そう、病院に来るまで私は、体調不良のトリガーとなっているのは牡蠣ではなく卵サンドだと信じて疑わなかった。友人や先輩が、牡蠣だろうなあ、とLINEしてきても、「大好きな牡蠣。これまで幾度となく食べてきた牡蠣。ここにきて当たるってことはないだろう。卵サンド食べてから気持ち悪くなったし云々」と、大好きな牡蠣を擁護する言い訳を心の中で連ねていた。
優しい看護師さんにも同じことを伝えてみた。ああ、卵もあるかもしれないですよねえ、と優しい口調で寄り添ってくれたが、どう考えても牡蠣だろう、って思っていたと思う。
先生は、とても優しい人で、辛いよね、わかるよ、と寄り添ってくれた。しばらく物を食べられないと思うけど、人間水分さえ取れば食べなくても2週間くらいへっちゃらですからね、と言う。何か食べないとエネルギーが出ないし体に支障が起きるのではと思っていたが、その言葉を聞いて安心して丸三日は水分だけ摂取して過ごした。会社も休んでひたすら療養に勤めた。ありあまる時間は今はやりのTimelesz Projectというオーディション番組を見て過ごしたりした。
辛かったけれど、ウイルス性胃腸炎にかかって良かったなと思う点が二点ある。一つは暴飲暴食していた二月の体がリセットされたこと。もう一つはウイルス性胃腸炎の苦しみがわかったこと。周囲の方々がこれまで、胃腸炎で大変だった〜と話しているのを聞いても、辛かったですねえ、とどこか上の空な感じだったが、これからは心の底から寄り添うことができると思うと嬉しい。
そんなこんなで、たらふく食べてああ楽しかった、で終わるはずの広島旅行は思いがけない形で幕を閉じることとなった。しかし、こんな時こそ人の優しさが身に染みてわかるし、私も他者に対して優しくありたいと思えた、そんな学びのある旅となった。
先輩から「コメダ珈琲の濡れ衣が晴らせて良かった」とLINEが来ていた。私もそう思う。もし病院に行かず自宅で治癒していたら、一生コメダ珈琲を恨んでいただろう。
次に広島に行くことがあったら、お世話になった友人に多大なる感謝の印と、「ちから」のうどんとおはぎを元気な状態で頂くこと、そしてコメダ珈琲への謝罪、この3点を忘れないようにしたい。
