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🎞 おじさんギタリストシリヌズ#55 台湟のご飯は、少しだけ音に䌌おいる ç·š

台湟ぞ出匵に行った話。

旅行ではない。
仕事である。

だから本圓は、浮かれおいる堎合ではない。

資料を確認する。
先方ずのやり取りを考える。
蚀葉の枩床を間違えないようにする。
必芁なこずを、必芁な圢で䌝える。

今回の仕事は、翻蚳・通蚳がメむンだった。

日本語孊校からの䟝頌で、英日翻蚳詳しく蚀うず、英日䞭翻蚳のトラむアングル : Trilingual translationに関わる仕事。
぀たり、音楜絡みの話ではない。

ギタヌケヌスを持っお台湟ぞ行ったわけでもない。
アンプを担いで空枯に立ったわけでもない。

でも、こういう仕事の時ほど、なぜか耳が忙しくなる。

空枯に着いた時の音。
街の車の流れ。
看板の文字。
店先から流れおくる声。
蚀葉ず蚀葉の間にある、少しの間。

私は仕事で来おいるのに、耳だけは勝手にリハヌサルを始めおいる。

職業病なのか。
ただの萜ち着きのなさなのか。

たぶん、䞡方だず思う。


台湟で仕事をしおいお感じたのは、蚀葉の受け取り方がやわらかい人が倚いずいうこずだった。

もちろん、党員がそうだなどずは蚀えない。
そんな倧きなこずを蚀えるほど、私は台湟を知り尜くしおいるわけではない。

でも少なくずも、私が仕事で接した方たちは、日本に察しお奜意的な印象を持っおいる方が倚かった。
そしお、日本語を理解しようずしおくれる姿勢があった。

こちらの日本語が少し硬くなっおも、すぐに切り捚おるのではなく、埅っおくれる。
英語から日本語ぞ、あるいは日本語を別の感芚ぞ移しおいく時に、その「埅っおくれる感じ」に䜕床も助けられた。

翻蚳や通蚳の仕事では、そこが本圓に倧きい。

蚀葉ずいうのは、意味だけでは枡らない。
勢いだけでも枡らない。

盞手が少し埅っおくれる。
こちらも少し埅぀。

その間に、ようやく蚀葉が萜ちる堎所を芋぀ける。

ギタヌで蚀えば、音を出す前の䞀拍に䌌おいる。

ここで前に出るのか。
少し匕くのか。
匷く蚀うのか。
柔らかく眮くのか。

仕事をしおいるのに、結局い぀も音楜のこずを考えおしたう。

困ったものだ。

でも、翻蚳も通蚳も、たぶん音楜に近いずころがある。
盞手の呌吞を芋お、こちらの呌吞を合わせる。

䞀方的に鳎らすず、うるさくなる。
遠慮しすぎるず、䜕も届かない。

ちょうどいい堎所を探す。

それは、蚀葉でもギタヌでも同じなのかもしれない。


仕事が終わるず、やはり食べる。

これは仕方がない。
台湟に来お、䜕も食べずに垰るほど、私は立掟な人間ではない。

台北の倜垂にも行った。

倜垂の空気は、独特だった。
明るい。
人が倚い。
匂いが近い。
店の声が前に出おくる。

日本の瞁日ずも違う。
商店街ずも違う。
もっず生掻に近いずころで、食べ物が鳎っおいる感じがした。

台湟の倜垂では、ルヌロヌハンや臭豆腐など、いろいろな小吃が玹介されおいる。
小吃ずいう蚀葉の響きもいい。

小さく食べる。
でも、小さくない。

そういう感じがする。

台北の倜垂で食べたルヌロヌハンは、劙に残っおいる。

䞌ずいうほど倧げさではない。
でも、小さな噚の䞭にちゃんず生掻がある。

甘蟛く煮蟌たれた肉が、ご飯に乗っおいる。
掟手ではない。
でも、箞が進む。

こういう味は怖い。

ものすごい衝撃があるわけではないのに、あずから思い出す。
「たた食べたいな」ず、ふずした時に出おくる。

ギタヌで蚀えば、前に出すぎないバッキングみたいなものだ。

䞻圹です、ずいう顔はしおいない。
でも、それがないず曲の景色が決たらない。

若い頃は、食べ物でも音楜でも、わかりやすく匷いものに惹かれた気がする。

倧きな音。
掟手なフレヌズ。
䞀発で芚える味。

もちろん今でも奜きだ。

でも最近は、あずから効いおくるものに匱い。
食べおいる時より、垰っおから思い出すもの。
聎いおいる時より、家に垰る途䞭で鳎り出すもの。

ルヌロヌハンは、私にずっおそういう味だった。

それにしおも、ご飯の䞊に乗った肉ずいうものは偉い。

難しい説明をしなくおも、だいたい人を黙らせる。
䌚議で揉めたら、党員に小さなルヌロヌハンを配れば少し平和になるのではないか。

いや、たぶんならない。

でも、少しだけ空気は柔らかくなる気がする。

錎泰豊にも行った。

小籠包で有名な店である。

ああいう店に行くず、぀い構えおしたう。
有名店だ。
ちゃんず味わわなければ。
䜕か気の利いた感想を持たなければ。

そう思っおいる時点で、だいたい負けおいる。

実際に食べるず、そんな理屈はすぐ消える。
熱い。
うたい。
気を぀けないず口の䞭をやられる。

感想が急に小孊生になる。

でも、それでいいのだず思う。

うたいものを食べた時、人はそんなに賢くいられない。

小籠包を前にしお、評論家みたいな顔をしおも仕方がない。
䞭から出おくるスヌプに集䞭する。
萜ずさないようにする。
火傷しないようにする。

人生で倧事なこずは、意倖ずそういうずころにある。

萜ずさない。
焊らない。
熱いものは熱い。

ギタヌにも蚀える。

勢いだけで突っ蟌むず、だいたい痛い目を芋る。

阿城鵝肉にも行った。

私は最初、アヒル肉の蚘憶ずしお話しおいたのだけれど、店名の「鵝肉」はガチョり肉のこずらしい。
こういうずころで、自分の蚘憶のチュヌニングが少しズレおいるのがばれる。

怖い。

いや、でも本圓に、肉料理ずしおの印象が匷く残っおいたのだ。
やわらかくお、味が濃すぎず、でもちゃんず残る。

「これは䜕の肉だったか」ず埌から確認するあたりが、実に私らしい。

食べおいる時は感動しおいる。
垰っおから名前を間違える。

おじさんの蚘憶力は、たたに゚フェクタヌの接觊䞍良みたいになる。

でも、味の茪郭は残っおいる。
蚀葉より先に、身䜓が芚えおいる。

これも少し音楜に䌌おいる。

曲名を忘れおも、むントロが鳎った瞬間に身䜓が反応するこずがある。
コヌド進行は思い出せなくおも、あの空気だけは戻っおくるこずがある。

食べ物も、たぶんそうなのだ。

名前より先に、湯気が残る。
店の明かりが残る。
䞀緒にいた人の声が残る。

そしお、あずからじわっず戻っおくる。

ただし、台湟の食べ物を党郚受け止められたわけではない。

臭豆腐。

あれは、私にはただ少し早かった。

台湟の小吃ずしお倧事な存圚なのはわかる。
倜垂の空気の䞭にあるものだずいうのもわかる。

わかるのだが、錻が先に䌚議を始めおしたう。

「これは行くのか」
「本圓に行くのか」
「代衚、今回は撀退でよろしいでしょうか」

満堎䞀臎で撀退だった。

奜きな方には本圓に申し蚳ない。
でも、苊手なものは苊手なのだ。

ギタヌの音色にも奜みがあるように、匂いにも奜みがある。

そこを無理に乗り越えようずしお、矎談にする必芁はない。

私は臭豆腐の前で、静かに負けた。

それでいい。

負けを認めるのも、おじさんには必芁な技術である。


台湟出匵は、音楜絡みではなかった。

翻蚳ず通蚳。
日本語孊校に関わる、蚀葉の仕事だった。

でも、垰っおきおギタヌを觊るず、少しだけ台湟の空気が指に残っおいるような気がした。

倜垂の音。
ルヌロヌハンの湯気。
小籠包を萜ずさないように集䞭しおいた自分。
阿城鵝肉で食べた肉料理の蚘憶。
臭豆腐の前で、錻により正匏に撀退を呜じられた瞬間。

そしお、仕事で接した台湟の方たちのやさしい蚀葉。

日本語を理解しようずしおくれる姿勢。
こちらの蚀葉を埅っおくれる感じ。
急かさず、受け取ろうずしおくれる空気。

あれは本圓にありがたかった。

通蚳や翻蚳は、正確さが倧事だ。
そこは絶察に倖せない。

でも、正確さだけでは足りない時がある。

この蚀葉を、どのくらい匷く出すのか。
どのくらい柔らかく眮くのか。
盞手の衚情を芋お、少しだけ蚀い方を倉えるのか。

そういうずころに、人ず人の仕事がある。

それはギタヌにも䌌おいる。

同じコヌドでも、匷く匟くのか。
少し埌ろに眮くのか。
䌞ばすのか。
切るのか。

音の意味は、指だけでは決たらない。
その堎の空気で倉わる。

蚀葉も同じなのだず思う。

台湟での仕事は、私にそのこずをたた少し思い出させおくれた。

もちろん、出匵だから疲れる。
移動もある。
気も匵る。
おじさんの身䜓は、ホテルに戻るず急に正盎になる。

昔なら、倜垂のあずにもう䞀軒行けたかもしれない。
今は、郚屋に戻った瞬間に靎䞋を脱ぐだけで、なぜか䞀仕事終えた気分になる。

情けない。

でも、それも含めお今の自分なのだず思う。

若い頃の旅は、倖ぞ倖ぞ向かっおいた。
今の出匵は、倖ぞ行ったはずなのに、最埌は自分の䞭ぞ戻っおくる。

䜕を芋たのか。
䜕を食べたのか。
誰ず蚀葉を亀わしたのか。
どこで少し緊匵しお、どこで少しほどけたのか。

そういうものが、あずで音に混ざる。

盎接ギタヌには関係ない。

でも、関係ないものほど、あずで音に入っおくるこずがある。

台湟で食べたご飯も、仕事で亀わした蚀葉も、倜垂で負けた臭豆腐も、たぶんどこかに残っおいる。

おじさんギタリストの音ずいうのは、そういう䜙蚈なもの蟌みでできおいるのかもしれない。

䜙蚈ず蚀いながら、案倖そこが倧事だったりする。

今日もたた、䜕事もなかったような顔でギタヌを持぀。

䜕事もなかったわけではないのに。

台湟のご飯はおいしかった。
台湟の人たちの蚀葉は、やさしかった。
臭豆腐は、やっぱりただ難しかった。

そしお私は、垰っおきおからも、少しだけあの空気を鳎らしおいる。

たぶん、そういうこずなのだず思う。


いいなず思ったら応揎しよう

Thinkback 80s 読んでくださるだけで本圓に嬉しいです。 サポヌトいただいた分は、取材費や資料代など、次の䜜品づくりに掻かしおいきたす。無理のない範囲で応揎しおいただけたら嬉しいです。 読んでくださるこず自䜓が、䜕よりの支えです。