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革命より逃避を、我が道を──キンクス『Village Green』という名の架空の村へ

1968年、世界はあちこちで燃えたぎっていた。

パリでは学生が石畳を剥がしてバリケードを作り、プラハでは戦車が市街地を走り、ベトナムの泥濘では若者が死に続けた。ビートルズは二枚組の白いジャケットで混沌を記録し、ストーンズは「Street Fighting Man」を書いた。同じ年、レッド・ツェッペリンが粗暴にデビューした。
ロックは時代の武器だった。

レイ・デイヴィスは、その年に何をやっていた?

カスタードパイ鑑賞協会と、ドナルド・ダックと、ドラフトビールの話を書いた。


アメリカ追放の奇跡

キンクスが1965年のアメリカ・ツアーで引き起こしたトラブル──ステージ上での乱闘、組合との衝突、諸々の問題行動(度重なる喧嘩や女遊びなど)──結果として彼らは四年間、アメリカのツアーを禁じられていた。

通常、これはバンドにとって致命傷だ。ビートルズもストーンズも、コンサートの中心はアメリカだった。あの巨大市場を失うということは、ロックスターとしての死を意味する。

ところが、レイ・デイヴィスにとってこれは「解放」だった。

巨大なアメリカ市場を意識する必要がなくなった彼は、自分のルーツである英国へと深く潜り込んでいく。前作『Something Else by the Kinks』(1967年)でミュージック・ホールやフォークの要素を導入し始め、長年の名プロデューサーだったシェル・タルミーと決別して自身でプロデュースの舵を握った。


それが『The Kinks Are the Village Green Preservation Society』という、世界で最も愛らしく、最も孤独なアルバムへと結実する。


架空の村とディラン・トマス

レイが構想したのは、ウェールズの詩人ディラン・トマスのラジオドラマ『アンダー・ミルクウッド』のような、架空の村に生きる人々のキャラクター・スタディだった。

架空の村。

つまりこれはドキュメンタリーではない。レイが描いたのは「失われた英国」というよりも、「失われたことにしたい英国」だ。デヴォンシャーへの旅行でコンセプトが固まったと言われるが、それは観察の旅というより、逃避の旅だったのではないか。ロンドンは膨張し続け、古い村は消えていく。では消えゆくものを、音楽の中だけに保存しておこう。
そういう、切羽詰まった衝動。

取り戻せると信じていたのか、信じたふりをしていたのか。レイ本人にも、おそらく分からなかっただろう。そのどちらでもあるような場所に、このアルバムは置かれている。


ニッキー・ホプキンスのハープシコードが語るもの

音楽的な話を少しする。

セッション・ピアニストのニッキー・ホプキンスが、本作に全面参加している。ストーンズでもザ・フーでも引っ張りだこだった彼の、ピアノ、ハープシコード、メロトロンによる音色が、このアルバムの「色彩」を担当している。

パステルカラー、と言うよりはもう少しぼやけていて複雑だ。晴れているのか曇っているのか判断のつかない、英国の午後の光。郷愁を掻き立てるのに、センチメンタルには堕ちない。あの絶妙な音の手触りは、ホプキンスなしには実現しなかっただろう。

本作がホプキンスとキンクスとの最後のコラボレーションになったことは、一種の因縁を感じさせる。あの音色は二度と再現されることはなかった。


ピート・クエイフの「最後の輝き」

オリジナル・ベーシストのピート・クエイフは、後年このアルバムを「キンクスのキャリアのハイライトであり、唯一の本物のアルバムだ」と語っている。最大限の賛辞。しかし同時に、これが彼とバンドとの最後の輝きでもあった。

完璧主義を極めたレイはスタジオでメンバーを長時間拘束し、すべてを自分のビジョンで統制しようとした。1968年5月、「Days」のセッション中にレイとピートは大喧嘩をした。何が原因だったか、詳細は今も明らかではない。ただ、このアルバムのリリース後、1969年3月にピートはバンドを去る。

オリジナル・ラインナップによる最後の作品。アルバムには、奇妙なほど穏やかな統一感が漂っている。嵐の前の静けさ、というには美しすぎる。


15曲という小宇宙

全15曲、このアルバムには大作がない。大きなスケールも、大仰なアレンジも、ギターソロを聴かせる場面も、ほぼない。ただ小さな物語が、小さなまま並んでいる。

オープニングの「The Village Green Preservation Society」は、アルバムのテーマを2分弱に凝縮した「国歌」だ。カスタードパイ鑑賞協会、ドナルド・ダック、処女性、ドラフトビールを守ると宣言するその滑稽さは、しかしユーモアだけで終わらない。「古きものを悪用から守り、新しきものを私たちのために保護する、それ以上何ができるというのか」──この問いの裏に、諦念の影が差している。


「Do You Remember Walter?」は幼馴染への問いかけだ。「世界は変わってしまったのに、君は変わっていない」。これは優しい言葉なのか、それとも残酷な診断なのか。おそらく両方だ。


「Picture Book」の12弦ギターのきらめきと、アルバムを締めくくる「People Take Pictures of Each Other」における写真行為への辛辣な問い──記憶を固定しようとする試みと、その試み自体の空虚さが、アルバムの最初と最後に呼応している。

「Wicked Annabella」のピート・クエイフの重厚なベースとデイヴ・デイヴィスの歪んだギターは、このアルバム中で最もヘヴィな音だ。村の外れに住む不気味な魔女の話が、最もロックらしい音をしているのは面白い。コミカルで、少し怖く、どこかほっとする。



1968年という時代への「不参加宣言」

このアルバムは商業的に失敗した。
英米のチャートには登場しなかった。

1968年11月のリリースは、ビートルズの『ホワイト・アルバム』と重なった。誰もが二枚組の白いジャケットを話題にしていた時だ。

当時の評価で「時代遅れ」と言われたのは当然だが、レイ・デイヴィスはそれを知りながら、あえてそこへ踏み込んでいた。
1968年に世界で何が起きているか、分かっているからこその「不参加宣言」には凄みがある。革命の歌を書かないことが、ある種の革命的な姿勢の表れだった。



レイ・デイヴィスが後に語ったこと

レイはこのアルバムについて、こう言っている。

「Village Greenは私にとって、人生のひとつの終わりを象徴している。
想像上の村では、人は決して大人にならないんだ」

大人にならない村。それはユートピアではなく、エスケープだ。

彼がこのアルバムを作ったのは30歳前後。
人生の折り返しには早すぎる時期に、すでに「失われた何か」を音楽で保存しようとしていた。だから聴く側が20代でも50代でも、どこかに引っかかる。年齢の問題ではなく、何かを手放してしまった経験の問題だからだ。


ブリットポップと、その先へ

70年代、80年代を経て、このアルバムはカルト的な支持を集めていく。そして90年代のブリットポップにおいて、完全に「聖典」として再評価された。

ブラーが『Modern Life Is Rubbish』や『Parklife』で描いた英国の日常の詩学、ジャム、オアシス、パルプ、アークティック・モンキーズ──英国の固有名詞と郷愁を歌うすべてのバンドの遺伝子に、この『Village Green』が組み込まれている。私はそう思っている。

誰も「キンクスに影響を受けた」と大声では言わないが、聴き比べると、なんとなく分かるんだ。あのコード進行、あの観察眼、あの笑いの裏の諦め──どこかで会ったことがある、という感覚。これはキンキーだ、と。

グローバル化とSNSが進む今の時代に、あらためてこのアルバムを聴き直すと、レイが問いかけていたことの射程の長さに驚く。記憶は保存できるか。写真に撮ることで愛しているのか、所有しているのか。失われゆくものの名前を呼ぶことに意味はあるか。

答えは出ない。このアルバムも答えを出さない。
ただ問いかけてくる、パステルカラーの音色で。


私のCDは今も棚にある

私の所蔵CDの中で、このアルバムは取り出す頻度が一番高い部類に入る。
とりわけDeluxe Edition2枚組登場以降は頻度が高い。

モノラル盤とステレオ盤では表情がかなり違う。
ステレオはニッキー・ホプキンスのハープシコードが空間の中で立体的に鳴り、アルバムの箱庭的な世界観が際立つ。
一方モノラルには、不思議なことにビート・バンド時代の残り香がある。音が塊として前に出てくる感じ、とでも言えばいいか。
あの粗さが、「保存」というテーマに妙に似合う。洗練される前の何かを、モノラルの音圧が閉じ込めている。どちらが正解かではなく、二つの盤が別の顔を持つアルバムは、そう多くない。

トレイに載せるたびに、あの架空の村の友人たちに会いに行ける。ウォルター、ジョニー・サンダー、モニカ、驚異の猫──彼らは1968年から一歩も動かずに、そこで待っている。

大人にならない村は、今もそこにある。


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