「高速メタルオリンピック」──たまに聴くとタノシイ、ゴリゴリのプレイリスト
音楽ライブラリの片隅で眠っていたメタル・アルバムたち。
CDの背表紙を眺めているうちに、ふと「久しぶりに聴いてみるか」という気分になった。そうして組んだのが、この「高速オリンピック」プレイリストである。
日常的にメタルを聴くわけではない。プログレやAOR、ジャズやシティポップが普段の音楽環境の中心だ。しかし、たまには思い切り速くて重くて騒々しい音楽が心地よい瞬間がある。それは気分転換というより、むしろ身体のどこかが欲している栄養素のようなものかもしれない。ビタミンMとでも呼ぼうか。Mはもちろん、Metalである。
このプレイリストは全体で90分、20曲の構成だ。かつてのカセットテープ、それもノーマルポジションではなくハイポジション(メタルテープ)の片面に収まる長さである。もちろん今はデジタル再生だが、この「90分」という単位には、ひとつのまとまった音楽体験としての適度な長さが備わっている。
そして今回紹介するのは、その20曲の中から厳選した10曲。もし「高速オリンピック」という競技が実在したら、間違いなくエントリーするであろう楽曲たちである。100メートル走やマラソンではない。これは音速の競技だ。
アクセプト「Fast As A Shark」
プレイリストの先頭打者は、タイトルからして既に「速さ」を宣言している。ドイツが生んだヘヴィメタルの巨人、アクセプトの代表曲「Fast As A Shark」である。
オリジナルは1982年のアルバム『Restless and Wild』に収録された曲だが、このイアン・テイラーによるリミックスは、原曲の持つ疾走感をさらに研ぎ澄ませている。冒頭からアクセル全開。ウド・ダークシュナイダーの金属質なボーカルが「サメのように速く」と叫ぶとき、それは誇張ではない。この曲こそが高速オリンピックの模範演技である。
アクセプトは80年代初頭から中期にかけて、ジャーマン・メタルの頂点に君臨していた。彼らの音楽は、イギリスのNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタル)とは一線を画す、緻密で機械的な精度を持っていた。ドイツ人らしい、といえば偏見かもしれないが、そのリフの構築性には確かにゲルマン的な何かがある。
メタリカ「Battery」
続いて登場するのは、スラッシュメタル四天王の筆頭、メタリカである。1986年の名盤『Master of Puppets』の幕開けを飾る「Battery」は、アコースティックギターの静かなイントロから一転、激烈なスラッシュリフへと雪崩れ込む構成で知られている。
しかし高速オリンピックにおいて重要なのは、そのイントロではない。ジェイムズ・ヘットフィールドのダウンピッキングが炸裂する本編部分だ。このダウンピッキングの持続力と正確さは、まさにアスリート級の筋力を要求する。右手首が悲鳴を上げる頃、曲はまだ中盤である。
メタリカは商業的成功という点でも、スラッシュメタルというジャンルを代表する存在だ。しかし彼らの初期作品、特に『Kill 'Em All』から『...And Justice for All』までの4枚は、商業性よりも音楽的探求心が前面に出ている。「Battery」はその頂点のひとつだろう。
スレイヤー「Angel Of Death」
高速オリンピックに、スレイヤーの「Angel Of Death」が登場しないはずがない。
1986年の『Reign in Blood』冒頭を飾るこの曲は、スラッシュメタル史上最も過激で、最も物議を醸した楽曲のひとつである。
トム・アラヤの叫びに続いて繰り出されるジェフ・ハンネマンとケリー・キングのツインギターは、もはや楽器というより武器である。ドラムのデイヴ・ロンバードは、人間の限界に挑むかのような超高速ビートを叩き出す。この曲を最後まで演奏できるドラマーは、世界でも限られているだろう。
歌詞の内容はナチスの人体実験を行ったヨーゼフ・メンゲレを扱っており、発表当時から賛否両論を巻き起こした。しかし音楽的には、これほど完成度の高いスラッシュメタルは稀である。速さと重さと狂気が完璧なバランスで融合している。
メガデス「Holy Wars...The Punishment Due」
スラッシュメタル四天王のもうひとり、デイヴ・ムステインが率いるメガデスからは「Holy Wars...The Punishment Due」をセレクトした。1990年の『Rust in Peace』に収録されたこの曲は、メガデスの代表曲であると同時に、スラッシュメタルというジャンルの到達点でもある。
メガデスの特徴は、その複雑なリフワークと変拍子にある。ムステインは元メタリカのギタリストだが、メタリカを追い出された後、彼はより技巧的で知的なメタルを追求した。その結果生まれたのがメガデスである。
「Holy Wars」は、中東の宗教対立をテーマにした前半部と、マーヴェルコミックスのキャラクター「パニッシャー」をモチーフにした後半部が接続された、いわば組曲形式の楽曲だ。しかしその構成の複雑さにもかかわらず、疾走感は一切損なわれていない。これこそがメガデスの真骨頂である。
エクソダス「Fuel For The Fire」
ベイエリア・スラッシュの雄、エクソダスからは「Fuel For The Fire」を選んだ。エクソダスは、メタリカやテスタメントと並んで、サンフランシスコ・ベイエリアのスラッシュシーンを牽引したバンドである。
実は、メタリカのカーク・ハメットは元々エクソダスのメンバーだった。彼がメタリカに引き抜かれた後、エクソダスはリック・ハンティングをギタリストに迎え、1985年に記念すべきデビューアルバム『Bonded by Blood』をリリースする。
エクソダスの音楽は、メタリカやメガデスほど洗練されてはいない。しかしその分、野性的で攻撃的なエネルギーに満ちている。「Fuel For The Fire」は文字通り、炎のための燃料である。一度火がつけば、もう止まらない。
パンテラ「Strength Beyond Strength」
テキサスが生んだグルーヴメタルの帝王、パンテラからは2001年リリースのデラックスエディションに収録された「Strength Beyond Strength」を選出した。
パンテラは厳密にはスラッシュメタルではなく、グルーヴメタルに分類される。彼らの音楽の核心は、速さよりも重さ、そしてグルーヴにある。しかし「Strength Beyond Strength」は、そんなパンテラの中でも例外的に高速な楽曲だ。
ダイムバッグ・ダレルのギターは、スラッシュメタルのような直線的な疾走感とは異なる、うねるような重さを伴った速さを持っている。それはまるで、巨大な鉄球が高速で転がっているような感覚だ。ヴィニー・ポールのドラムも、単なる速さではなく、一打一打に重量がある。
フィル・アンセルモのボーカルは、もはや歌というより咆哮である。「力を超えた力」というタイトルが示す通り、この曲は人間の限界を超えようとする意志の表明だ。
オーヴァーキル「Supersonic Hate」
ニュージャージー出身のスラッシュメタル・バンド、オーヴァーキルからは「Supersonic Hate」をピックアップした。バンド名からして既に「やりすぎ」である。
オーヴァーキルは、メタリカやスレイヤーほどの知名度はないかもしれない。しかし彼らは1980年のバンド結成以来、一度も活動を停止することなく、コンスタントにアルバムをリリースし続けている。その継続性こそが、オーヴァーキルの真価である。
ベーシストのD.D. ヴァーニは、スラッシュメタル界屈指のテクニシャンとして知られている。彼のベースは、単なるリズム隊ではなく、もうひとつのリードギターのように縦横無尽に駆け回る。「Supersonic Hate」では、その技巧が存分に発揮されている。
「超音速の憎悪」という物騒なタイトルだが、音楽的には極めてタイトで構築的だ。憎悪もここまで洗練されれば、ひとつの芸術である。
デス・エンジェル「Thrashers」
ベイエリア・スラッシュのもうひとつの雄、デス・エンジェルからは、そのものズバリ「Thrashers」である。タイトルに一切の装飾がない。「俺たちはスラッシャーだ」という宣言だけがある。
デス・エンジェルは、1982年にフィリピン系アメリカ人のいとこ同士で結成されたバンドだ。デビューアルバム『The Ultra-Violence』をリリースしたとき、メンバーの平均年齢は18歳だった。10代の若者たちが、これほど完成度の高いスラッシュメタルを演奏していたという事実に、改めて驚かされる。
「Thrashers」は、デス・エンジェルの音楽性を象徴する楽曲だ。ベイエリア特有の湾岸の霧のような重さと、カリフォルニアの太陽のような明るさが同居している。矛盾しているようだが、聴けば分かる。これがベイエリア・スラッシュの魅力なのだ。
セパルトゥラ「Beneath the Remains」
ブラジルが生んだスラッシュメタルの巨人、セパルトゥラからは「Beneath the Remains」を選んだ。セパルトゥラは、スラッシュメタルを南米に根付かせ、そして世界に発信した立役者である。
マックス・カヴァレラとイゴール・カヴァレラの兄弟を中心に結成されたセパルトゥラは、初期はヴェノムやセルティック・フロストに影響を受けた粗野なブラックメタル/デスメタルを演奏していた。しかし1989年の『Beneath the Remains』で、彼らはスラッシュメタルの頂点のひとつに到達する。
ブラジルという土地が持つ混沌とエネルギーが、セパルトゥラの音楽には満ちている。それは単なるアメリカやヨーロッパのメタルの模倣ではなく、独自の進化を遂げた南米のメタルだ。アンドレアス・キッサーのギターソロには、どこかラテン的な情熱が感じられる。
センテンスド「Disengagement」
高速オリンピックの最終走者は、フィンランドのセンテンスドである。「Disengagement」は、センテンスドの2005年のアルバム『The Funeral Album』に収録された楽曲だ。
センテンスドは、フィンランドのメタルシーンを代表するバンドのひとつである。初期はデスメタルを演奏していたが、後期はゴシックメタルやメロディックデスメタルへと音楽性を変化させていった。「Disengagement」は、その後期の作品である。
北欧の暗く長い冬が、センテンスドの音楽には刻まれている。それは単なる速さや重さではなく、深い憂鬱と諦念を伴った重さだ。「Disengagement」というタイトルが示す通り、この曲は何かからの離脱、あるいは断絶を歌っている。
高速オリンピックのアンカーとして、この曲は相応しい。なぜなら、全速力で走り続けた後に訪れるのは、やはり疲労と虚脱だからだ。しかしその虚脱の中にこそ、メタルという音楽が持つ真実がある。
エピローグ
「高速オリンピック」というタイトルには、多少の自嘲も込められている。オリンピック選手のように日々鍛錬を積んでいるわけではなく、たまに思い出したように聴く程度。だが、それでいいのだと思う。音楽との付き合い方に正解はない。
日常的にこの手の音楽を聴くわけではないからこそ、たまに聴くと新鮮だ。高速で駆け抜けるギターリフ、容赦なく叩きつけられるドラムビート、喉を引き裂くようなボーカル。それらは確かに刺激的で、ある種のカタルシスをもたらす。
しかし同時に、これらの音楽が持つ真摯さにも気づかされる。メタルという音楽形態が、単なる騒音や暴力の表現ではなく、きわめて誠実な音楽的探求の結果であることを。
たまに聴くからこそタノシイ。そんなメタルとの距離感を、このプレイリストは体現している。さあ、スタートボタンを押そう。高速オリンピックの開幕である。
