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5年で作り上げた価値

正直に言えば、今この会社が上向いているのが、ボクらの結果なのかは分からない。

ボクらがいなくても伸びたかもしれないし、逆にいなければ伸びなかったかもしれない。それは分からない。ただ、数字として少しずつ動いていることは間違いない。

こんにちは。
No.3代行事業をしている、複業CEOのウエツです。
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「普通の人生」に疑問を感じ、転職やパラレルワークで「普通」をぶっ壊しにいったら、気付けば10社で複業していました。

生き方は何通りもあっていい。
あなたの「普通」も、ちょっと揺さぶれたら嬉しいです。

元ネタはこちら⏬


熊本で、子どもたちがイカのお刺身と馬刺しの美味しさに気づいてしまい、恐怖を感じているウエツです。
(すでにエンゲル係数が爆上がり中のため)

今サポートしている企業は10社ほど。その中でも当初からお手伝いさせていただいている会社があります。きっかけは、ひょうんなことから。付き合いは、たぶんもう5年くらいになります。

🤝 相談からすべてが始まった

最初のつながりは、株式会社アマダにいた頃までさかのぼります。といっても、アマダで一緒に働いた人ではありません。アマダの機械を使ってくれているユーザーさんで、社長は当時35歳くらいだったかな。2代目で、バリバリ動いている方でした。

ボクはそのあとアマダを離れ、旅行会社のリトルコンシェルに移り、さらに田中金属という製造業の会社に半分身を置いていました。その田中金属の社長の親族の家が富山にあり、夏休みに遊びに行ったとき、今の一番のクライアントさんの社長と顔を合わせたんです。会ったのは、それを含めて数えるほどでした。

そこからしばらくして、ボクは独立します。コロナ真っ只中に。その半年後、先ほどの社長が「補助金で設備を入れたいと考えている」という話が出てきました。自身で申請してみたけれど、書類が全然読み込めなかったらしいんです。当時の千葉の担当営業マンが「誰かいい人に手伝ってもらえないか」と相談を受けて、「ウエツさんに聞いてみたらどうですか」と。社長のほうも「1、2回会ったことがあるなら安心かも」と言ってくれて、ボクのところに連絡が来ました。

💡 とにかく役に立ちたかった

正直、補助金コンサルをやっていたわけでも、中小企業診断士を持っているわけでもありません。ただ、ちょうどNo.3代行を始めたばかりで、なんでも屋みたいな気持ちだったんです。

「お手伝いできるならさせていただきます」

そう伝えました。

とにかく、役に立ちたかった。まずはその想いが一番強かったです。ボクは補助金のプロではなかったので、お金ことは後回しにしていました。ただ、それでは良くないとなり、社長から「採択されたら払います」仰ってくれたので、ありがたくお引き受けしました。

ただ、内心それなりに自信はありました。導入しようとしていた機械が、まさに(株)アマダ時代に自分の扱っていた機械だったんです。その会社の課題や現状と照らせば、入れたらどれくらい効果が出るかが目に見えて分かる。自社の数字が足りなければ、同業種の他社の事例を足して見栄えのいい仕様にできる。旅行会社など別の会社で補助金を通した経験も少しあって、スキームはなんとなく頭に入っていました。

ありがたいことに、皆さんの協力もあって、無事に採択されました。

一件落着でちゃんちゃん、と思っていたら、社長から「よかったら、うちの会社をサポートしてもらえませんか」と声をかけてもらったんです。

🏭 「なんでも屋」から伴走するNo.3へ

とはいえ、最初はお互い手探りでした。

社長も何を頼んでいいか分からないし、ボクも「これをこうします」とはっきり言えるものがない。探り探りで進めていました。せっかくなのでと、もう一人、ボクの友人にもサポートで入ってもらいました。彼もアマダにいた人間で、ボクより現場寄り。営業企画が長かったボクと、現場が長い彼。掛け合わせれば、もっといい効果が出るはずだと思ったんです。今では3人でやっています。

周りからは、いろんなことを言われました。
あいつら何やってるんだ。
コンサルが入るならすぐ数字に現れなきゃおかしいだろう。
それもそうだよなと思います。ただ、社長は「ウエツさんたちと一緒にやるのが、文化祭みたいなノリで心地いい」と言ってくれました。なぐさめの言葉だったかもしれません。でも、ポジティブに受け取り、ここでなんとか力にならないと、とやってきました。

📉 最初の課題

最初に注力したのは、一社依存の割合を下げることです。売上の7割8割が一社で成り立っていると、その一社が細るだけで会社ごと引っ張られてしまう。そこで、一番大きい取引先でも40〜50%に抑えることを目標にしました。始めた頃は、たしか70%台。そこからのスタートです。

とはいえ、ボクらがゴリゴリ営業をかけられるわけじゃありません。製造業の営業はとても難しいです。だから、展示会に出たり、ホームページ経由の問い合わせから縁をつないだり、地域のマッチングイベントに参加したり。業種に関係なく、金属加工の需要がありそうな場所へ足を運びました。ビッグサイトや幕張メッセにも行きました。

行くだけでは意味がないので、自分たちに何ができるかを見せる工夫もしました。会社のパンフレットがなかったので、捨てられにくいように小さく折りたたむ密織りのパンフレットを企画して、会社の良さを凝縮。ホームページのQRもうまく使いました。

売上を増やす動きと並行して、社内の仕組みも変えていきました。皆さんが早く帰れるように、コストを削れるように。ここも一筋縄ではいきません。人は欲しいけれど、数字が上がらないと人を入れられない。でも人を入れないと数字が上がらない。そのパラドックスの中を、行ったり来たりしました。

📈 5年かけて数字が動いた

結果として、今はかなりいい方に向いています。売上はボクらが入った頃の1.2倍から1.3倍くらい。そこからもう一段階を狙えるところにいます。人が増え、辞めた人が「戻ってきたい」と言ってくれ、取引の社数が増えて、一社依存は50%前後まで改善しました。クラウドファンディングに関わったり、展示会で「なんであそこはあんなに人が集まってるんだ」と言われるくらい声を集められたり。本当にいろんなことがあった5年でした。「でした」と言うと終わったみたいですが、これからも続きます。

ようやく今、ここなんです。

ようやく数字が少し増えて、依存の割合が改善して、人数が増えてきた。一つ二つの施策でどうにかなった話ではありません。

🧱 簡単に作れないものは簡単には崩れない

コンサルというと、すぐに結果を出せという圧が強い世界です。一人二人でやっている会社なら、一社契約が取れただけで効果は見えやすい。でも規模が大きいほど、自分が入ったからこの数字が伸びた、とは言い切れなくなります。

正直に言えば、今この会社が上向いているのが、ボクらの結果なのかは分かりません。ボクらがいなくても伸びたかもしれないし、逆にいなければ伸びなかったかもしれない。それは分からない。ただ、数字として少しずつ動いていることは間違いない。5年で作り上げた価値というのは、たぶんこういうものなんだと思います。

そして、簡単には崩れません。

簡単に崩れるものは、簡単に構築できたもの。逆に、簡単に構築できないからこそ崩れにくい。コスト競争でつながった相手は、いずれコストで離れていきます。でも「あそこに頼みたい」「仕事が早い」「できがいい」でつながった相手は、長く続く。そういう価値を、時間をかけて積んできた感覚があります。

🌱 短いスパンで考えるな

この会社をもう一段階引き上げるには、あと2年か3年、へたをすると5年くらい必要かもしれません。でも、長期の目線で見ることがとても大事だと思っています。5年かけて築いたものは、そう簡単には崩れませんから。

だからボクは、この形をいろんな会社で作りたいんです。短期間でパッと成果が出るものなら、正直ボクじゃなくてもいい。できれば「ウエツさんがいなければこうならなかった」と思ってもらえるように、5年10年の長い目で、会社を一歩でもいい方向へ進めたい。

皆さんも、あまり根を詰めて短いスパンで考えないでほしいです。長い期間の中で、この仕事はどうなるか、この会社はどう育つかを見てあげたほうが、きっといい結果になります。何年後になるかは分かりません。それでも、やってきたこと自体がもう価値になる。だから、諦めずに続けてほしいんです。


本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
今日も楽しむためにやるかめっちゃやるか。
選択はあなた次第。

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