「できる」に価値はない
「ホームページ作れますよ」
「あ、私も作れます」
この二言で会話が終わってしまう時代が、もう来ています。
こんにちは。
No.3代行事業をしている、複業CEOのウエツです。
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「普通の人生」に疑問を感じ、転職やパラレルワークで「普通」をぶっ壊しにいったら、気付けば10社で複業していました。
生き方は何通りもあっていい。
あなたの「普通」も、ちょっと揺さぶれたら嬉しいです。
元ネタはこちら⏬
経営者が困っていたら「あ、それできますね」となんでもかんでも引き受けてしまうウエツです。
(「できる」と「得意」はちがうのが未だにわからないオジサン)
ボクはコーディングができません。エンジニアでもない。それでもホームページは作れるし、LPも作れるし、アプリも作れます。この前は子どものテニスの戦績、スタッツを管理するアプリを自分で作って、実際に使っています。売るか売らないか、人に渡すか渡さないかは別の話として、こういうものがいくらでも作れてしまう。
思い返せば、ボクらが生まれた1980年代から2000年代は、インターネットが広がって、みんながパソコンを持って、Web1.0からWeb2.0へと進んでいきました。情報を受け取るだけの側から、誰でも発信者になれる側へ。そして今はWeb3。スマホが出てきて、「あれって何だっけ」と思った瞬間に調べられる。知らないということが、ほぼなくなりました。
情報の精度も上がりました。昔は80%だったものが、90%になり、95%になり。絶対的に正しいものはないにしても、かなり正確なものが手に入る。そこにAIが乗っかってきて、「できる」のハードルが一気に消えたわけです。
おもしろいのは、MBさんがこんなことを言っていた点です。最近のファッションはいくらでも調べられるけれど、昔の本のような情報はまだネット上に出てこない。だからそういう本を読むようにしている、と。誰でも取れる情報の価値はどんどん薄まって、ネットに転がっていない情報を自分の足で集めることのほうが、これからは価値になる。そんな気がしています。
🟢 大事なのは「やるかやらないか」
7月17日に、ボクの友人のUさんという方が、Voicyで「AIによって価値が失われるもの」という放送をされていました。トレーニングしながら聞いて、これはいい話だなと思ったので、今日はその考察です。
Uさんはこう言っていました。
できるかできないかは、もうほとんど「できる」に変わっている。大事なのはやるかやらないか。
そして「やらない」と決めることに価値が出てくる。
これは本当にその通りだと思います。
「これはできない」じゃなくて「これはやらない」。何でもできてしまうからこそ、自分を理解して、あえてやらないと線を引く必要がある。できることが増えたのに、むしろ引き算のほうが難しくなった。おかしな話ですよね。
🟡 チームの価値が上がる
ボクらがやっている「Hand Off Labs」というコミュニティがあります。ここが最近、すごく鮮明になってきました。「これはこの人に任せる」。自分でもできるんだけど、任せる。
昔はマーケティングも分析も、できるけど時間がかかるから難しいな、という感覚でした。今は時間もかからないし、できちゃう。誰かに頼みたいと思ったことが、自分の手でできてしまう。そうなると、結局ここが強くなる。リスクも少ないし、誰でもソロプレーナー的に動ける。すごくいい時代です。
でも、だからこそチームを作る価値が出てきます。人力じゃなきゃできないところ、人じゃないとわからない部分は、まだまだ残っている。感情の部分、リアルの部分。ヒューマノイドもまだ世に出てきていません。一人でやったほうが利益が残るフェーズは終わって、次はチームで「やるかやらないか」を回していく番。ボクはそう思っています。
🔴 「明日やろうと思ってもできないもの」が強い
ここが今日いちばん言いたいところです。
ホームページは、今この瞬間に作ろうと思えば作れます。でも、「明日、ボクと同じスピンサーブをあなたが打てますか」と言われたら、やったことのない人は打てない。ラケットを握って練習してきた人にしか打てない。明日やろうと思っても、できないものなんです。
ここにめちゃくちゃ価値がある。
そう考えると、テニスコーチやインストラクター、先生という職業は、今の市場では価値が低すぎるとボクは感じています。人に教えるって、なかなかできることじゃない。もっと高く評価されていい。
製造業や工事業のようなリアルな仕事も同じ。デジタルでできることの価値が下がっていく一方で、フィジカルでしかできないことの価値は逆に上がっていきます。人間の変則的な動き、独特なやり方。スムーズなほうがかっこいいはずなのに、なぜか変わっているほうを応援したくなる。あれもリアルだからこその価値です。
その先にあるのは、たとえば動画です。人が実際に動いている映像は、今のAIではまだ本物のようには撮れない。ホームページは今すぐ作れても、人が汗をかいて動く一瞬は、その場でしか生まれない。デジタルの外側にあるものほど、これから値段がつくようになる。ボクはそう見ています。
🟣 「できる」がいちばん危ない
正直に言います。
ボクは今、「できる」で価値を出している気がしています。だからこそ、ここはちゃんとビビらなきゃいけない。恐れておかなきゃいけないと思っています。
「できる」に価値を見出して仕事をしていることのリスク。それはそのうちなくなる。だってClaudeがここまで来たんです。これがもっと簡単に、もっとみんなが使いやすくなれば、
「ホームページ作れますよ」
「私も作れます」
で終わってしまう。
しかも「できるんです」と言ってしまうと、必ず「じゃあこれ何とかならない?」と返ってくる。この間の放送で「安請け合いは破滅する」という話をしましたが、まさにそれ。
できるからいくらでも引き受けられて、でもできる人がどんどん増えて、そこから価値が消えていく。だったら、できるできないじゃなくて、やらないかめっちゃやるか。中途半端に「やる」では、もう飛び出せません。AIを使うのをめっちゃやった人だけが、勝っている世界です。
⚪ 余白が消えるのは寂しい
Uさんの放送で刺さったのが、「余白がなくなっている」という話でした。
できるかできないか、その間にあった余白。これできるのかな、できないけど頑張りたいな、やっぱりできなかった。この揺れが、なくなっていく。誰でも何でも知っていて、何でもできる世の中は、正直ちょっとつまらないとボクは思うんです。
昭和の感覚で言うと…
「あの俳優、髪が長くてさ、一つ屋根の下に出てた」
「あー江口洋介さんね」
で通じる、あの間です。調べればすぐわかるじゃん、と言われればその通りなんですけど、「きたきたきた」を楽しむ余白が、確かに減っている。
算数の難しい問題も、写真を撮ってAIに解かせれば「そうなんだ」で終わり。でも本当は、答えだけ見て
「なんでこうなるんだろう」
「ヒントないかな」
「もしかしてこうかな」
「なるほど、じゃあこうだ」
そういうひらめきの一連に、人間の楽しさがありました。できた、わかった、という感情の揺れです。
それがデジタルからどんどん減って、フィジカルのほうへ移っていく。できるに価値はなくなる。間違いなく、デジタルでできることの価値はなくなります。でも、フィジカルでできることの価値は、逆に高まる。
だからボクは、その両方をやっていきます。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
今日も楽しむためにやるかめっちゃやるか。
選択はあなた次第。
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「経営の"進まない"を"進む"に変える」No.3代行をしています。
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