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未完なものに惹かれる〜吹奏楽コンクールで中高生の演奏を聴いて~


夏の一大イベントである吹奏楽コンクール。
かつての教え子や知人、あるいはOBとして、今年も中学生や高校生たちの演奏を心から楽しみに会場へ足を運んできました。

ホールに響き渡る母校の演奏を聴きながら、「やっぱり私はこの音が世界一好きなんだな」としみじみ感じました。
体に染み込んできたそのサウンドは、きっと私のDNAにまで刻み込まれているのだと思います。
もちろん多少の贔屓目もあるのかもしれませんが、まっすぐな気持ちが一切の迷いなく届いてくるような演奏には、胸を打たれずにはいられません。
こうしてステージを見守る気持ちは親心なのか、それとも老婆心なのか…(笑)

客席でじっくりと聴き入るうちに、
ふと「私はきっと、未完のものが好きなんだな」と気づきました。

プロのような完璧に完成された演奏を目指す必要はありませんし、そこが頂点になってしまうのはどこか寂しくもあります。
未完成であり、まだ改善点が残されているからこそ、そこに「未来を託す楽しさ」や無限の伸び代を感じるのです。
勝ちに行くことだけを目的とした余裕のない演奏ほど、つまらないものはないのではないでしょうか。
課題が残されているからこそ、子どもたちは前へと進んでいけるのだと思います。

演奏から見えてくる「技術の壁」と「先生の役割」

中高生の演奏には、技術的な伸び代や課題がダイレクトにあらわれます。

【響きと音量】
楽器そのものが鳴りきっていなかったり、すべてフォルテの力任せになっていたりする場面が見受けられました。
まずは音が少々汚くてもかまいませんので、思い切り大きな音を鳴らしてほしいところです。
小さい音のコントロールや抵抗感を覚えていくのは、しっかり音が鳴らせるようになってからで十分です。

【パートの役割と音程】
演奏の肝となるホルン、ユーフォニアム、テナーサックスなどの中音域が鳴り切っていなかったり、木管の音程が口のコントロール不足で安定しなかったりすることもあります。
アンサンブル全体のバランスがちぐはぐで、リズムが上滑りしてしまう惜しいシーンも目立ちました。

【表現の硬さ】
頭で考えすぎて萎縮しているのか、小さくまとまってしまっている演奏もありました。
課題曲のスキルの差は選曲や配分でカバーできる部分も多いものです。

全体を通して「お互いの音を聴く練習」の必要性を感じましたが、楽器を持ってまだ1年足らずの生徒さんも多いはずです。
細かいバランス調整や指揮の工夫は、まさに指導者である先生の仕事と言えます。
中学生は特に先生次第と言っても過言ではなく、先生が空回りして怒るように指揮をしていると、生徒との温度差や萎縮がそのまま音の不揃いに現れてしまいます。

コンクールすら楽しみ、生き生きと鳴らす

けれど、そうした未完成さをすべて包み込むほど大切なのは、技術を超えた「楽しむ姿勢」です。

背伸びをせず、のびのびと演奏すること。
自由曲などでそれぞれの学校の個性が溢れ出し、ホール全体を巻き込むような大きな「うねり」が生まれる瞬間は、本当に聴いていて心が躍ります。
そのうねりは、指導者と生徒全員の気持ちがひとつに溶け合った時にしか生まれません。

緊張を乗り越える一番の魔法は、自分たちが演奏を楽しむことです。
ステージの上で生徒たちが生き生きと音を咲かせている姿に、客席の私まで深く魅了されました。

完璧な頂点を目指すのではなく、これからの伸びしろという余白を残した「未完成な輝き」。
だからこそ中高生の吹奏楽は面白く、どこまでも大人の心を惹きつけてやまないのだと思っています。

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