なぜ私はNRC生に失恋をさせたいのか――失恋という名の人格負荷試験
NRC生に失恋をさせたい。
こう書くと、ものすごく性格が悪そうである。
いや、実際ちょっと見たい。
彼らが盛大に引きずったり、プライドを傷つけられたり、普段なら絶対に見せないような顔をしたりするところは普通に見たい。
だってNRC生である。
エゴとプライドとトラウマの煮凝りみたいな男たちが、好きだった相手から「もう恋人としては続けられない」と言われる。
碌なことになるわけがない。
フィクションの世界にこんな栄養価の高いものが転がっているのに、素通りする方が難しい。
ただ、考えているうちに気づいた。
私が見たいのは、単純に「推しが失恋して崩壊していく姿」だけではないらしい。
失恋という状況を通して、そのキャラクターの普段は隠れている部分を見たいのだ。
失恋は人格の負荷試験なのではないか
私は、失恋をキャラクターの人格を破壊する装置として見たいわけではない。
むしろ逆である。
失恋は、普段は隠れている人格の構造を可視化する負荷試験なのではないか。
人間は、平穏な時にはそれなりに自分を取り繕える。
プライドが高い人間は余裕のある顔をするし、不安を抱えている人間はそれを別のものに変換する。誰かに認められたいという欲望を努力に変える人もいれば、選ばれたいという気持ちを「最初から期待していない」という顔で覆う人もいる。
NRC生は特にこの傾向が強い。
彼らは、自分の欲しいものをそのまま「欲しい」と言うのが、だいたい下手だ。
認められたい。
選ばれたい。
愛されたい。
自由になりたい。
誰かに自分自身を見てほしい。
誰かの日常の中に、自分の居場所がほしい。
そういう欲望を、そのままの形では表に出さない。
規則にする。
努力にする。
契約にする。
皮肉にする。
諦めにする。
支配にする。
そうやって、もっと扱いやすい別の何かに変換して抱えている。
だからこそ、そこに「好きだった相手から選ばれなくなる」という負荷をかけてみたくなる。
その時、普段の変換処理が耐えきれなくなって、元の欲望が漏れてくるのではないか。
私は、それが見たい。
手に入らなかった時、その人が本当に欲しかったものが見える
人間は、欲しいものを手に入れた時よりも、手に入らなかった時の方が「自分が何を欲しがっていたのか」が露出することがある。
恋人と穏やかに過ごしている時なら、「この人は恋愛するとこういうタイプなんだな」で終わることができる。
でも、その関係が終わったらどうなるだろう。
何を一番惜しむのか。
恋人という存在そのものなのか。
自分を選んでくれる人がいなくなったことなのか。
自分だけを特別に見てくれる場所なのか。
二人で思い描いていた未来なのか。
それとも「自分も誰かから愛される人間なのだ」という証明なのか。
失ったものをどう認識するかによって、そのキャラクターが何を欲していたのかが見えてくる。
だから私は、NRC生に失恋をさせたくなる。
趣味が悪い自覚は大いにある。
ただし、こういうオタクは他にも大勢いるはずだ。
……果たして、ヴィランズとはどちらであったか。
リドル・ローズハートに失恋をさせると何が起きるのか
このことを考えていて、真っ先に思い浮かんだのがリドルだった。
つい先日はお誕生日でしたね、寮長🌹
無料単発SSR来てくれて感謝してます。これからあなたの人格負荷試験を始めることをお赦しください。
さて、謝罪は済んだ。
本題へ戻そう。
リドルは、恋愛を始める時にもきっと大量の文献を読むと思う。
恋人とはどれくらいの頻度で連絡を取るものなのか。
記念日はどのように祝うべきなのか。
相手に失礼のない振る舞いとは何か。
良好な関係を築くためには何が必要なのか。
本によって書いてあることが違えば、
「こちらには毎日連絡を取るべきと書いてあるのに、こちらでは適度な距離が必要だと書いてある。一体どちらが正しいんだい!?」
くらいは普通に言いそうである。
可愛い。
めちゃくちゃ可愛い。
だってこの時の彼は、
「相手を大切にしたい」
「知らないせいで相手を傷つけたくない」
「恋人として正しくありたい」
と思って調べている。
不器用だけれど、とても真面目な愛情表現に見える。
しかし、これが失恋後だったらどうだろう。
同じ机。
同じように積み上がる本。
同じように貼られていく付箋。
なのに、今度彼が探しているのは、
「どうすれば相手を喜ばせられるか」
ではない。
「僕は、どのルールを破ったのか」
なのではないか。
別れの前兆。
パートナーとの適切な距離。
関係が悪化する原因。
無意識に相手を傷つける言動。
読めば読むほど、自分の過去の言動と照らし合わせてしまう。
あの時の言い方が悪かったのか。
連絡を求めすぎたのか。
口を出しすぎたのか。
逆に、言葉が足りなかったのか。
何か一つ、見落としていた規則があるはずだ。
それを見つけさえすれば、この結果に理由を与えられる。
そうやって血眼になって文献を漁るリドルを想像すると、もう「可愛い」と言っている場合ではない。
「どんなルールに従えばこの苦しさは消えるの?」
ここまで考えたところで、リドルのオーバーブロット後のモノローグを思い出した。
ずっと「完璧な寮長」であろうとしていた彼が、幼い子どものような口調で、自分の欲しかったものを語る場面。
誕生日にはタルトをたくさん食べたかった。
外でいっぱい遊びたかった。
もっと友達が欲しかった。
そして最後に、
「どんなルールに従えばこの苦しさは消えるの?」
と問う。
私はこの台詞が、初めて読んだ時からずっと忘れられない。
リドルにとってルールは、単に他人を縛るためのものではなかった。
正しくしていれば怒られない。
正しくしていれば失敗しない。
正しくしていれば、自分は安全でいられる。
苦しいことが起きたのなら、何か自分が知らない規則があるのではないか。
正しいルールを見つけて、それに従えば、この苦しみからも逃れられるのではないか。
そういう生存戦略が、あの言葉には見える。
だとしたら。
この人、失恋した時も同じことをするのではないか。
「どうして悲しいんだろう」ではなく、
「僕はどこで間違えた?」
と考えてしまうのではないか。
そして恋愛には、最悪なことに答えがない場合がある。
誰も悪くない。
何か重大な過ちがあったわけでもない。
ただ相手の気持ちが変わった。
正しく振る舞っていても、関係は終わる。
どれだけ大切にしていても、相手の心は自分の管理下にはない。
これ、リドルにとって失恋そのものとは別のところでものすごく苦しいのではないか。
正しく行動しても、望んだ結果が得られないことがある。
もっと言えば、
この世には、従えば苦しみを消してくれるルールなど存在しないことがある。
それを恋愛という形で突きつけられる。
考えれば考えるほど、しんどい。
ちなみに、これは「リドルは失恋したら絶対こうなる」という話ではない。
私が彼のあの台詞を知っているから、失恋という状況に置いた時、この人格構造が再び顔を出すのではないか、と想像してしまうだけだ。
でも、そうやって想像したことで、私はまたリドルというキャラクターの別の角度を見たような気がしてしまう。
これが楽しい。
そして苦しい。
なお、ここまで考えた結果、失恋したリドルが夜中に恋愛指南書を読み漁る短編を普通に書きたくなってきた。書くかもしれない。
キャラクターを曇らせたいのではなく、光を当てたい
結局、私がNRC生に失恋をさせたい理由はここにある。
失恋させて壊したいのではない。
失恋という強い光を当てた時、普段は影になっている部分に何が浮かび上がるのかを見たい。
どんな時にプライドが傷つくのか。
どんな時に幼い欲望が顔を出すのか。
何を失うことを一番恐れるのか。
何を欲しかったと本人が初めて気づくのか。
それを考えることで、キャラクターの解像度が少し上がる。
少なくとも私は、上がった気になれる。
そして解像度が上がった結果、
「これがこの人の一番柔らかくて痛い場所、ですか……(眼鏡スチャッ)」
と気づく。
自分でそこに失恋という刃を突き立てておいて、自分で情緒を殴られる。
何をしているんだ私は。
でもたぶん、こういうことをこれからもやる。
好きなキャラクターほど、その人が何を欲し、何を恐れ、何を失った時に一番その人らしく苦しむのかを考えたくなる。
愛でるだけでは見えないものがある。
幸せな時だけでは分からないことがある。
だから私は今日も、私の頭の中で彼らに失恋をさせる。
研究倫理は、たぶんもう帰ってこない。
