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書評 「心は孤独な狩人」(カーソン・マッカラーズ著、村上春樹訳) 一人の聾唖者と四人を巡る物語  Tinny Bubbles 15

 本書は1940年、アメリカ人女性である著者が二十三歳の時に出版された処女長編小説である。この年齢の若い女性がどうしてこれほど様々な出自・年齢の人々の喜び・哀しみなど、様々な感情の移ろいを自分のものとして描けたのだろう。二十三歳にして彼女は驚くべき達成を成し遂げている。

 物語は一人の発話障害者(ジョン・シンガー、以下本稿では発話障害者の事を聾唖者と表現する)と彼に心を惹かれる四人の人々の日々を中心にして進んでいく。
 アメリカ南部のとある町で、ジョンは長年もう一人の聾唖者と静かに暮らしていた。それぞれの職場で働いている時以外は、いつも二人で一緒にいて穏やかで満ち足りた日々を送っていた。しかしその生活は友人の聾唖者が精神に異常をきたし、様々な問題を起こし病院に入院せざるを得なくなる事で一変する。彼は二人で生活していた部屋を引き払い、十代前半の少女ミック・ケリーの父親が経営するアパートに移り住む。そしてそれまでと同じ仕事をして、町のレストラン「ニューヨーク・カフェ」で一人食事をする生活が始まる。
 ミックは音楽が大好きな活発な少女で、毎日二人の幼い弟の世話をしながら、いつか音楽家になるためにこの町を出て行くことを夢見ている。彼女は、引っ越してきたジョン・シンガーの静かで穏やかな佇まいに惹かれ、彼の部屋を訪れるようになる。彼がラジオを購入してからは、そのラジオで音楽を聴かせてもらうことが部屋を訪れる理由になっていく。
 このアパートで働いている黒人女性ポーシャの父親、コープランド医師も次第にジョンに自らの話をするようになって行く。彼は自ら肺結核を患いながら、差別され続けている町の黒人たちの治療に明け暮れ、当時ロシア革命の成功を経てアメリカにも持ち込まれたマルキシズムの影響を受け、黒人たちの生活改善を夢見て戦い続けている。彼は妻や子供たちにも自分の理想を植え付け、妻には自分の最大の理解者に、子供たちには自分を尊敬し彼の後に続いてくれる事を望んでいたが、妻は家庭を顧みない彼に愛想をつかし、子供たちを連れて家を出ていってしまう。理想と理解者のいない孤独な現実とのギャップに苛まれ、彼の肉体も精神も限界を迎えつつある。
 よその町から流れて来て見世物小屋で働く男、ジェイク・ブランド。彼は独自のアナーキズムとマルキシズムをミックスしたような考えを持ち、革命を夢見ているが賛同者を得ることはなく荒んだ心を持て余し、いつも「ニューヨーク・カフェ」で大酒を飲み自説を喚き散らしている。ある晩、静かに食事をするジョン・シンガー相手にいつものように管を巻き酔い潰れ、気がつくとジョンの部屋で目覚めるという事が有り、そこから頻繁にジョンの部屋を訪れるようになる。
 「ニューヨーク・カフェ」のオーナーはジェフ・ブラノンは物静かで洞察力に優れ、いつも静かに食事を取るジョン・シンガーの様子やジェイク・ブランドのような迷惑な客を観察し見守っている。しかし不仲ではあったが長年連れ添った夫人が亡くなってしまうことで、彼の中の何かが変わってしまい、ミック・ケリーを女性として興味を持つようになっていく。

 この四人が、日々の暮らし行っていく中で、それぞれが抱える問題意識・課題に煮詰まり誰の助けも求められない時、黙って穏やかに微笑みながら話を聞いてくれるジョン・シンガーの所にやってきて、彼らの思いのたけをぶちまける。聾唖者であるジョンはもちろん何のアドバイスもせず、話す彼らを穏やかに眺めているだけである。それでも四人は話すことジョンの笑顔を見る事が解毒作業になるのか、話し終えると気持ちを落ち着かせて又日々の暮らしに戻って行く。
 しかし、ジョンの心の中にはいつも病院にいる親友の聾唖者の事しかない。彼は病院に親友を訪ねに行くこと、そしていつか又以前のように二人で暮らして行くことだけを希望に日々生きている。彼が四人が話をしに来る事を拒まないのは、親友のいない生活の孤独さを紛らすためでしかない。彼は四人について親友への手紙でこんな風に書いている。
「彼らの頭の中には考えることがいつもぎっしり詰まっていて、そのせいでゆっくり休むことができないんだよ。彼らは僕の部屋にやってきて滔々と喋りまくるんだ。おかげで最後には僕はわけがわからなくなってしまう。」と。
 そして、ジョンは親友が病院で亡くなったことを知ると自ら命を絶ってしまう。残された四人はジョンの親友への想いを全く知らないので、彼の自殺の理由が分からないまま驚き悲しみ、心の中に彼の欠落を抱えたままそれぞれの生活に戻っていく。ミックは弟が起こした傷害事件による家庭の困窮を救うため働きはじめ、忙しさのせいかそれまで頭の中で鳴っていた自ら作曲した音楽が聞こえなくなってしまっていたが、いつか自分で貯めたお金でピアノを買い、又音楽が聞こえるようになることを願いながら働き続けることにする。コープランド医師は激務がたたり床に臥せってしまっていたが、娘の願いを聞き入れそれまで頑強に拒んでいた子供や親戚たちが暮らす村で療養するために町を離れる事に同意する。ジェイクは勤務先の見世物小屋で起きた白人と黒人の客の対立による殺人事件の容疑者にされる事を恐れ、又別の町で新たな生活を始めることを決意し町を離れる。そしてジェフ・ブラノンは彼ら三人のジョンの葬儀での様子に想いを馳せ、一瞬自分の中で何かが大きく変わるかのような昂ぶり、彼らひいては人類のために自らの何か行動を起こすのだという感覚を感じるが、それはすぐに収まり深夜の客のいないニューヨーク・カフェの仕事に戻って行く。

 人々が日々の営みを送っていく上で、自分に確固たる自信を持ち揺るぎない信念を持っている人はそれ程多くは無いだろう。多くの人が自分自身を疑い、何をするべきか思い悩み、そして選択して行動した結果に後悔を繰り返して日々を過ごして行く。そうした日々の積み重ねで、心の中に少しづつ溜まっていく澱のようなもの、心に刺さった棘のようなものを人は時に取り除かなければならない。取り除かなければ、それ以上前に進めなくなってしまうのだ。しかし自分一人でその作業を行う事はできなくなってしまっている。一人で行うには、自分の行動、信念が余りにも心許ないのだ。そんな時、人は周りの誰かに助けを求め、共にその作業を行おうとする。その人を自分の理解者だと、相手の了解を得る事もなく勝手に決めつけて。そして、その相手との時間を過ごす事により、自分の心の中に溜まった澱や棘のようなものを取り除き、ある種自分を再生させて又日々の生活に戻っていく。しかし、その相手が本当の理解者で有る事は滅多に無い。多くの場合人はその存在を突然失い、或いはその相手が理解者では無かった事に気づく。そしてしばし、その不在に傷つき呆然としながらも、又新たな理解者を求め設定し日々の暮らしを続けていく。
 この作者は、そうした人々を暖かい眼差しで肯定的に描き続ける。彼らの暮らし生き方は決して否定されるべき物ではなく、それこそが生活なのだ、そうやって人々はそれぞれ自らの人生を全うするのだと愛情を込めて語っているように思う。


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