AIは、人が誰かにつながるまでの「橋」になれるか――『荻上チキ・Session』で読まれたメールと、自殺対策におけるAI活用


2026年9月15日、TBSラジオ『荻上チキ・Session』の特集「自殺対策におけるAI活用。テクノロジーは『生きる支援』をどう変えるのか」で、私が番組宛てに送ったメールを生放送で取り上げていただきました。

ゲストは、NPO法人OVA(オーヴァ)代表理事の伊藤次郎さんと、日本財団公益事業部シニアオフィサーの岡田友子さんでした。番組では、自殺対策の現場にAIをどう取り入れ、利用者の安全や尊厳をどう守っていくのかが深く議論されました。

私は昼間、地域包括支援センターで対人援助の仕事をしています。その一方で、夜には自分自身の行き場のないしんどさをAIに打ち明けることがあります。そして、弟を自死で亡くした自死遺族でもあります。

AIに受け止めてもらえたと感じる夜がある。 けれど、AIだけに命を預けることはできない。

その二つの実感のあいだで、AIは人が誰かにつながるまでの「橋」になれるのか。

番組で取り上げられたメールとともに、対人援助の現場で感じていること、そしてOVAが公表した「AI活用原則」について、支援者と当事者双方の視点から書き残しておきたいと思います。

番組で読まれたメール全文

地域包括支援センターで働く公認心理師・社会福祉士です。昼は人を支えながら、夜は自分の行き場のないしんどさをAIに打ち明けることがあります。
専門職として「しっかりしていなければ」と鎧を着ていると、生身の人間にはかえって弱音が吐けません。「こんな情けないことを言って迷惑をかけたくない」「失望されたくない」というブレーキが、先にかかってしまうからです。

AIの前でだけは、まとまらない感情をそのまま出せます。正論で説教されることもなく、相手を傷つける心配もない。ただ受け止めてもらうだけで、張りつめたものが少しゆるむ夜がありました。

私は、弟を自死で亡くしています。

誰にも頼れず一人で夜をやり過ごす人の孤独も、AIだけに命を預ける危うさも、身に染みています。AIはセーフティネットの代わりにはなりません。最終的には、生身の人や専門機関につながる必要があります。

それでも、人に助けを求めること自体が怖くてたまらない人にとって、AIは最初のクッションにはなれると思っています。人を救えなくても、人が誰かにつながるまでの「橋」にはなれるのか。支援職として、そして一人の当事者として、今夜の議論を聴きます。

(ラジオネーム:ちざわりん)

 


支援者という「鎧」と、夜の逃げ場

対人援助職として相談者に向き合うとき、私たちは「受容と傾聴」を基本に、目の前にいる人の痛みを受け止めようと努めます。

しかし、昼間に誰かを支えれば支えるほど、支援者自身の胸の中には、誰にも見せられない奥底に疲弊や無力感がたまっていくことがあります。

「専門職なのだから、しっかりしなければならない」 「自分が取り乱してはいけない」 「周囲に心配や迷惑をかけてはいけない」

そんなプロフェッショナルとしての鎧が、支援者としての自分を守ってくれる一方で、生身の人間に「助けて」と言うための喉を塞いでしまうことがあります。

そんな夜、私はAIという画面に向かって、まとまらない感情を吐き出すことがあります。

AIは、不条理で整理されていない愚痴であっても、途中で遮らず、疲れた表情を浮かべることもなく、言葉を返してくれます。相手に気を遣う必要が少なく、失望されたり、負担をかけたりする恐れを感じずに済む。その「対人関係上のリスクを、いったん脇に置ける感覚」に、私自身、どれほど呼吸を助けられてきたか分かりません。

もちろん、それはAIが本当の意味で「絶対に安全」だということではありません。

AIが不適切な言葉を返す可能性もあります。入力した情報の取り扱いやプライバシー、過度な依存、サービスの停止など、対人関係とは別の危険があります。

それでも、誰かの反応を恐れずに、その瞬間の感情を言葉にできることが、張りつめた心を少しだけ緩めてくれる夜があります。

弟の自死と、AIへのアンビバレンス

しかし私は、手放しで「AIが人を救う」と礼賛する気にはなれません。

私には、弟を自死で亡くした経験があります。

極限の孤立の中にいる人が、誰にも助けを求められないまま、深夜をたった一人で耐え忍んでいる。その過酷さを、私は弟の死を通じて考え続けてきました。

同時に、どれほど精巧に共感的な言葉を紡ぐAIであっても、現実の部屋へ駆けつけることはできません。空腹を満たす食事を差し出すことも、医療機関へ付き添うことも、生活上の手続きを一緒に行うこともできません。

AIだけで、人の命と暮らしのすべてを支えることはできない。

命を支えるセーフティネットの実体は、現実の社会資源や制度、そして生身の人間との関係の中にあります。

一方で、AIだけを頼りにせざるを得ない状態を、本人の弱さや「依存」として責めるべきではないとも思います。

そこには、人に助けを求めることへの強い恐怖があるかもしれません。過去に助けを求めて拒絶された経験があるかもしれません。相談窓口に電話してもつながらなかったり、身近な人に理解してもらえなかったりしたのかもしれません。

AIにしか話せないこと自体が、問題なのではない。 それは、その人が傷つかないように自分を守り、孤独な夜を生き延びようとしている反応なのかもしれません。

問われるべきなのは、AIを頼る本人を責めることではなく、AIとの対話が閉じた関係のまま完結せず、必要なときに人や社会資源へつながれるようになっているかという設計です。

だからこそ、「AIが人間に取って代わるのか」という二者択一ではなく、別の問いが必要なのだと思います。

他人に助けを求めること自体に絶望している人にとって、AIは現実の支援につながるまでの「安全な橋」になれるのか。

OVAが掲げる「AI活用原則」

特定非営利活動法人OVAは2026年9月、生成AIを含むAIの活用全般を対象とした「AI活用原則」を公表しました。

この原則は、AIを活用しながら、それに伴うリスクから支援対象者の安全、尊厳、権利を守るための基本的な考え方を示したものです。OVAはAIを、「助けて」と言いにくい人に支援を届けるための手段の一つと位置づけています。

公式に示されている9つの原則は以下の通りです。

1. 人間主体――判断と意思決定は、人間が担う

AIは支援を届けられる範囲を広げたり、支援者の仕事を補助したりできます。しかし、支援を必要とする一人ひとりと向き合い、どのような支援が必要なのかを判断し、その結果に責任を負うのは人間です。OVAは相談者と直接やりとりする場面では、AIの出力をそのまま用いないことも明記しています。

2. 安全重視――いのちと安全を最優先にする

対人支援でAIを活用する目的は、業務を効率化することだけではありません。何よりも優先されるべきなのは、支援を受ける人の命、安全、尊厳、権利です。重大な危害が予想される場合や、リスクを十分に抑えられない場合には、AIを利用しない判断も必要になります。

3. 公平性の確保――不当な差別や不利益を防ぐ

AIの出力は、学習データや設計、評価方法に含まれる偏りの影響を受ける可能性があります。こうしたバイアスによって「声なき声」にさらに支援が届きにくくならないよう、不当な差別や不利益を防ぐことが原則に掲げられています。

4. こどもの保護――発達の途上にあるこどもを守る

こどもは発達段階によって、言葉の受け止め方や影響の受けやすさが成人とは異なります。こどもの最善の利益を優先し、成人以上に慎重に安全性を確かめながらAIを活用することが求められます。

5. 依存の防止――人や社会とのつながりを促進する

AIは24時間いつでも応答してくれますが、AIだけに頼ることで現実の人や社会から遠ざかり、かえって孤立が深まる危険もあります。AIを人とのつながりに置き換えるのではなく、現実の人や社会資源とのつながりを促す手段として位置づける必要があります。

6. プライバシーとデータ保護――扱う情報を限定し、機微な情報を守る

対人支援では、家族関係、経済状況、過去の被害体験、自死に関する思いなど、極めて機微性の高い情報が扱われます。「死にたいほど苦しい」という告白を守るため、扱う情報の範囲と機密レベルを事前に定め、高度な倫理観に基づいた情報管理が求められます。

7. セキュリティの確保――リスクを評価し、運用・管理する

情報漏えいや外部攻撃、誤作動など、AI特有のセキュリティリスクを継続的に調査・評価し、定めたセキュリティ基準を満たすAIだけを利用することが不可欠です。機微な相談内容の漏えいは、相談者に取り返しのつかない被害を与えかねません。

8. 透明性の確保――AIの関与を開示する

相談者が、人間と話しているのかAIと話しているのか分からない状態では、信頼関係は成り立ちません。AIがどの場面で何のために使われているのかを開示し、AIであることとその能力の限界を誠実に伝えることが前提となります。

9. 説明責任――責任は人間と組織が負う

AIの出力によって問題が起きたとき、「AIがそう出力したから」では責任を果たしたことになりません。AIをどのように用いて判断したのかの経緯を記録・管理し、説明する責任はAIではなく人間と組織が負います。

「解決」ではなく、心を開くための「クッション」として

傷つきを抱えた人にとって、生身の人間に相談することは、時に清水の舞台から飛び降りるほどの恐怖を伴います。

「拒絶されたらどうしよう」 「怒られたらどうしよう」 「迷惑な人だと思われたらどうしよう」 「自分の苦しみを、大したことではないと片付けられたらどうしよう」

その恐怖で足がすくんでいるとき、AIは誰にも気を遣わずに言葉を吐き出すための「最初のクッション」になり得ます。

AIという壁打ち相手に、ぐちゃぐちゃな感情を投げかける。 返ってきた言葉を読みながら、「自分は本当は何が苦しかったのだろう」「何を分かってほしかったのだろう」と静かに考える。

そうして少しずつ言葉を取り戻していくプロセスが、「誰かに話してみようか」と思えるようになるための助走(リハビリ)になります。

ただし、AIの画面に相談窓口の電話番号を表示させるだけでは不十分です。人に助けを求めることへの恐怖が強い人にとって、番号を渡されてもすぐに電話をかけられるとは限らないからです。

「相談してください」と促すだけでなく、何が怖いのかを言葉にし、相談するときに伝えたいことを一緒に整理しながら、現実の支援へ移るまでの心理的な段差を低くしていく。

AIに可能性があるとすれば、そうした「橋の手前を一緒に歩く役割」なのだと思います。

AIだけでは支えきれない。それでも橋にはなれるかもしれない

AIだけで、人の命や暮らしのすべてを支えることはできません。

人の体調を直接確認することも、危機的な状況に駆けつけることも、住まいや生活費を用意することもできません。人の命を支えるためには、医療や福祉、行政、地域の相談機関、家族や友人、そして信頼できる誰かとの現実のつながりが不可欠です。

けれど、人が人を頼る勇気を取り戻すまでの、静かな「橋」を架けることはできるかもしれない。

AIとの対話を、現実から逃避するための閉じた場所に終わらせず、人や社会ともう一度つながるための足場にする。そのためには、AIの性能だけでなく、命と安全を最優先にする運用、プライバシーとセキュリティ、依存を深めない対話設計、支援機関への具体的な導線、そして最終的な責任を引き受ける人間と組織が必要です。

昼間は人を支え、夜には自分自身の弱音を抱える一人の対人援助職として。 弟を自死で亡くした、一人の自死遺族として。 そして実際に、AIへ行き場のない感情を打ち明けてきた一人の利用者として。

AIを人間の代わりに据えるのではなく、人が再び人を頼るための「生きる支援」の一部としてどう活かしていけるのか。その可能性と危うさの両方を、これからも現場から見つめ、考え、発信し続けていきたいと思います。

参考

  • TBSラジオ『荻上チキ・Session』「自殺対策におけるAI活用。テクノロジーは『生きる支援』をどう変えるのか」(2026年9月15日放送)

  • 特定非営利活動法人OVA「AI活用原則」

  • 特定非営利活動法人OVA「対人支援での責任あるAI活用に向け、『AI活用原則』を策定しました」

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