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カラオケ勝負にも戦略があった

カラオケの部屋で本当に試されていたのは、声量でも音程でもなく、マイクを握る前の小さな選択だったのかもしれない。若い相手が軽く差し出した20点のハンデは、優しさの顔をした罠のように、こちらの油断を静かに誘っていた。歌が苦手な人間ほど、勝負は始まってから決まると思い込むが、実は曲名を入れた瞬間にもう半分終わっている。


マイクを握る前に、勝負は少し傾いていた

先日、少しだけ笑えないようで、あとから妙に残る出来事がありました。20代の若者から、突然カラオケ勝負を挑まれたのです。

私は自分でも認めるほど歌が得意ではなく、家族にも止められています。妻からは、人前で歌うなと、かなり真剣な顔で言われています。けれど勝負という言葉を聞くと、なぜかその注意だけが少し遠くへ行きました。

そんな私に向かって、若者は少し笑いながら声をかけてきました。20点ハンデをあげますよ、と、まるで勝負が始まる前の餌のように。こちらは一瞬だけ、勝てるかもしれないと思ってしまいました。

勝負ごとには弱いのに、その小さな油断だけはきちんと顔を出します。ハンデという言葉は、負ける理由を先に消してくれるように聞こえました。

好きな曲ほど、点数にはそっぽを向く

私が選んだのは、back numberの「高嶺の花子さん」でした。好きな曲なら何とかなるだろうという、かなり素朴な考えでした。歌い慣れているつもりの曲には、自分の気持ちが先に乗ってしまいます。

けれど採点画面は、その気持ちの熱さを見てくれるわけではありません。好きだという安心感が、かえって音程の細い道を見えにくくしていました。数字は遠慮なく、こちらの思い入れを通り過ぎていきました。

結果は、私が約70点で、相手は「さよならエナジー」で91点でした。20点のハンデをもらっても、きれいに届かない負け方でした。

しかも相手は歌う前に、90点を出せばいいんですねと静かに言っていました。その言葉には、若さよりも先に、準備してきた人の余裕がありました。

こちらが勝負の空気に少し浮かれている間に、相手はもう点数の出口を見ていました。マイクを握る前の静かな顔つきに、勝負の行方は少し出ていたのかもしれません。

点が出る場所を、若者は知っていた

そこでようやく、私はこの勝負の見え方を少し間違えていたと気づきました。これは歌の上手い下手だけではなく、曲を選ぶところから始まっていたのです。

「高嶺の花子さん」はいい曲ですが、採点で高く出すには少し難しい曲です。気持ちよく歌えることと、点数が伸びることは、どうやら別の話でした。画面の数字は、こちらの思い入れとは別の場所で静かに動いていました。

一方で「さよならエナジー」は、採点で点が出やすい曲として知られていました。若者は歌う前から、勝てる場所に自分を置いていたのだと思います。選曲という小さな入口で、すでに勝負の角度を変えていたのでしょう。

ハンデは優しさのように見えて、実は油断を誘う入り口だったのかもしれません。こちらが安心している間に、相手はもう勝ち筋の上に立っていました。

あの笑顔は余裕ではなく、準備を終えた人の静かな確認だったのでしょう。こちらが笑って受け取った20点は、相手にとっては差し出しても困らない余白だったのです。

声が逃げない曲を、先に探しておく

カラオケの採点は、ただ声を張れば報われるほど単純ではありません。音域、リズム、抑揚、そして機械が好む曲の形まで、静かに点数へ混じります。歌っている本人の気分とは別に、画面は淡々と線を引いていきます。

自分に合わない曲を選べば、好きな歌でも思ったほど点は伸びません。逆に、出しやすいキーの曲なら、歌に自信がなくても少し景色が変わります。

声が無理なく届く場所に立つだけで、同じ人間の歌が違って聞こえることもあります。苦手なものを根性で押し切るより、逃げない音域を先に探すほうが、少しだけ賢いのかもしれません。

自信満々にハンデを出してくる人は、たいてい何かを知っています。その余裕の裏には、経験か、曲リストか、採点画面を見てきた時間があります。軽い言葉ほど、そこに準備の重さが隠れていることがあります。

今回、私はカラオケ代以上のものを払ったような気がしています。歌う前の選択で、勝負のかなりの部分はもう始まっていたのです。

小さな勝負ほど、静かに準備した人が笑う

次に誰かから勝負を挑まれたら、私はすぐにはマイクを握らないと思います。まずは点数が出やすい曲を調べ、自分の声が逃げない場所を探します。うまく歌う前に、うまく選ぶという順番を忘れないようにしたいのです。

歌が下手だから勝てない、というほど世の中は単純ではないのかもしれません。勝負の顔をした遊びにも、選び方や知っていることの差が入り込みます。

大きな声で勝てないなら、先に曲を選ぶところから始めればいいのです。音痴には音痴なりの戦い方があり、うまい人の土俵に立たない選択もあります。相手の得意な場所へ無防備に入らないだけで、勝負の見え方は少し変わります。

あの日の若者は、歌いながら勝ったというより、歌う前から負けにくい場所にいました。こちらは笑いながら負けましたが、その笑いの奥に少しだけ学びが残りました。

もしかすると小さな勝負ほど、勝ち方を知っている人が静かに笑っているのかもしれません。

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