余命宣告
先日、お医者さんとお話しする機会があったので、以前から疑問に思っていたことを、思い切って尋ねてみた。
「がんの場合、本人への告知を避けることも多いというイメージが強いのですが、医師の立場からは、実際はどうなのでしょうか?」
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返ってきた答えは、私が思っていたイメージとは、少し違っていた。
近年は、残された時間をどう生きるかを、本人自身に考えてもらうためにも、きちんと告知すべきだという流れに変わってきているという。
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かつては、本人には隠して家族にだけ伝えるという、温情主義的な対応が一般的だったらしい。
でも今は、インフォームド・コンセントという考え方が広まり、患者の権利意識も高まったことで、そうした対応は、むしろ例外的になっているという。
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ただ、話を聞いていくと、「病名の告知」と「余命の告知」の間には、大きな温度差があることもわかった。
病名や進行度は、ほぼすべてのケースで、本人に伝えられる。
一方、「あと、どれくらい生きられるか」という余命については、機械的に数字を伝える医師は、むしろ少数派だという。
患者本人の精神的な受け止め方を、慎重に見極めながら、あえて幅を持たせたり、明確には伝えない選択をすることも、少なくないらしい。
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「本人には、ショックを与えたくない」と願う家族。
「たとえ厳しくても、自分で知った上で、残りの時間を決めたい」と望む本人。
この、二つの想いの間で、医療現場は、今も、静かに揺れ動いているのだと思う。
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「原則は、本人告知」という言葉の裏には、こうした、複雑で、そして丁寧な配慮が、積み重なっている。
単純に、伝えるか伝えないかではなく、どこまで、どのように言葉を選ぶか。
それは、医師にとっても、家族にとっても、簡単な答えのない、重く、そして大切な問いなのだと思う。

