山も海も両方楽しみたい!を叶えるよくばりスポット「三ヶ岡山緑地」【神奈川県・葉山|自然探訪記】
先日、神奈川県の葉山町にある「三ヶ岡山緑地(大峰山)」を山歩してきた。
家を出たのは、11時を過ぎたころ。
頭が最も冴えている朝イチの時間をあれやこれやに捧げたあとに出発したので、自然探訪に出かける時間としてはかなり遅い出発となった。
そんなスケジュールを可能にしてくれるのが、近場の自然スポットだ。都会に住んでいながら、自宅の最寄駅から1時間程度で本格的な自然を味わえるのだからありがたい。
理想を言えば、家から30分以内くらいで大自然に行けるようなところに住みたいと思っている。
アトリエの窓から見える色も、灰色じゃなくて緑色と青色がいい。遠くには山々が見えて、すぐそばにある木には馴染みの鳥が毎日やってくる。チュンチュンチュン。
自然豊かなこの街には、素敵な本屋さんやカフェがあり……
(妄想自粛)
葉山・横須賀あたりには、低山と呼ばれる低い山がいくつもある。
今回訪れた「三ヶ岡緑地(大峰山)」も、その中の1つだ。
ここらの山に電車で行く場合、JR逗子駅から出ているバスを利用することが多い。近くには京急の「逗子・葉山駅」もあるので、京急ユーザーにとっても便利な場所だ。
JR逗子駅からバスに10分ほど乗ると、三浦アルプスと呼ばれる山々をはじめ、いくつかの山に登るためのハイキングコース付近まで行くことができる。
今回のスタート地点は、三ヶ岡緑地の「つつじコース入口」。
このコースを利用する際の最寄バス停は「旧役場前」なのだけど、さっそくミスってだいぶ手前で降りてしまった。

手前のバス停で降りてしまったことには、多少なりとも理由がある。
今回訪れる自然スポットの候補地として、三ヶ岡緑地とは別に「仙元山」という山も用意していた。
そのため、そちらを選んだ場合のバス停に降りてしまったのだ。(言い訳です!)
幸い、この2スポットは近い場所(バス停2つ分ほど)にあり、大した問題にはならなかった。
そんなこんなで結局、ハイキングコースの入口に着いたのは、13時40分頃だった。うん、見事に遅い。かなり遅い。
ここまで遅くなった理由として、「出発遅い問題」と「手前のバス停で降りちゃった問題」以外に、「お弁当探し問題」というものがある。
「たしか逗子駅にお弁当屋さんあったな〜」なんて余裕をぶっこいていたら、駅が工事中で、そのお弁当屋さんがなくなっていたのだ。
仕方なく近くの商店街に向かい、前回も利用した崎陽軒にお世話になることにした。
この崎陽軒は、駅によくある小さな売店みたいなものではない。お弁当の種類が豊富で、崎陽軒にまつわるいろいろなものが売られているお店だ。
ただ、このときばかりは訪れた時間が悪かったようで、お弁当コーナーがすっからかんの一歩手前だった。
全身から残念オーラが放たれている自分を見かねてか、背後から「お弁当全然なくてすいません!13時に次のお弁当が配達されるんですけど……」と申し訳なさそうにする女性スタッフの声。
即席で残念オーラを消して、「いえいえ、そうなんですね〜」と返す自分。
13時までは、まだ20分くらいある。無理だ。待てない。すでに押している時間をこれ以上押し込めるわけにはいかない。
目の前には唯一残っている、いなり寿司……
崎陽軒でお稲荷さん??とも思ったが、そんなことを言える身分でないことは十分に承知している。
意を決してお稲荷さんを手に取り、先ほど申し訳なさそうに声をかけてくれた女性が待つレジへと向かった。
レジに着くなり、あらためてお弁当が全然ない状態を謝罪してくれる女性スタッフ。
対して、「いえいえいえ〜」と、ボキャブラリーを1mmも感じさせない返しをする自分。もう少し気の利いた一言くらい発せられないものだろうか。そんなんじゃ「残念」がバレバレである。
兎にも角にも無事に?崎陽軒でいなり寿司をゲットしたぼくは、足早に店を出て、駅前のバス停に向かった。
実は、崎陽軒の隣の隣には、とんかつの「さぼてん」もある。
ただ、そちらを利用しなかったのには、明確な理由があった。
それは、晩ごはんに揚げ物を予定しているから。
下山後に、葉山コロッケで有名な「葉山 旭屋牛肉店」に寄ろうと思っているのだ。
石原裕次郎や桑田佳祐らが愛した葉山コロッケを盛大に迎え入れるからには、ここで揚げ物メインのお弁当を選ぶわけにはいかないだろう。
駅に戻ると、すぐさまバスの運行情報アプリを開き、乗るべきバスを確認した。
電車には慣れているが、バスには慣れていない。ましてや、地元でもなければ、しょっちゅう来る街でもない。そういう場所でのバス利用は、なんとなく緊張感がある。
昔、遠く離れたまったく馴染みのない街で、バスに乗ることになった。
その際、「このバスどうやって乗るんや?&どうやって降りるんや?」みたいなバスに乗り、車内であたふたした記憶がある。
幸い、逗子駅から出ているバスには以前も乗ったことがあるので、それほどビビることはなかった。
すでに、「後ろから乗って、前から降りる」ことも知っている。
お目当てのバスに乗り込んだぼくは、何を考えるわけでもなく、一仕事終えたかのような気の抜けたアホ面で、窓の外をボーッと眺めた……
ちょっとした回想のつもりで「お弁当探し問題」を書いていたら、なんだかんだ長くなってしまった。
ここからは「降りるバス停を間違えた」という話に戻ります。
降りるバス停を間違えていることには、バスを降りてから、お手製の「旅のしおり」を見て気がついた。
旅のしおりといっても、単に家にあるガイドブックをコピーしただけのものである。A4サイズの紙2枚を半分に折り、右上をホチキスで留める。それをさらに折って、ポケットに忍ばせておく。
これまでの自然探訪も、お手製のしおりを持って出かけることが多かった。
もちろん、スマホのGoogleマップなんかも活用しているけれど、自分はどこまでいっても“アナログ好き”なのかもしれない。
コラージュだって、読書だって、旅のしおりだって、やっぱり「紙」が好きなのだ。
間違えたバス停からトボトボ歩くこと20分くらいだろうか、ハイキングコースの入口に着いた。
周囲を住宅に囲まれていて、一見すると山につながっているようには思えない。ただ、目の前にはしっかり「はやま 三ヶ岡山緑地 つつじコース」と書かれた看板が立っている。
いざ階段を上ろうという時になって、大事な大事な大事な「水」を持っていないことに気がついた。
いくら“超”がつくほどの低山だろうが、水分を一切持たずに登るのは、いくらなんでも山を舐めすぎだろう。
すぐに近くのセブンイレブンに駆け込み、水と、ついでにだし巻き卵も買った。
先ほど崎陽軒で買ったいなり寿司には、おかずらしきものが一切入っていないため、ほぼほぼ炭水化物だ。となると、何かタンパク源がほしい。
そこで白羽の矢を立てたのが、だし巻き卵というわけだ。
これでバッチリ。あらためてハイキングコースの入口に戻り、ゆっくり階段を上り始めた。

三ヶ岡山緑地はとても標高が低く、最も高いところ(山頂広場)で、143mしかない。
山頂広場までの所要時間は、つつじコース入口からのんびり歩いて30分くらい。
緑地内には、山頂広場以外にも4つほどの広場があり、それぞれテーブルとベンチが設置されている。
がっつり登山を楽しみたい人にはかなり物足りない山だが、「自然のある場所を軽く散策したい」という人にはちょうどいい。
時間的にも2時間くらいあれば、登って、休憩して、下山するまでを十分に完結できる。なので、時間がない人や半日プランとして考えている人におすすめしたい。

つつじコース入口からしばらく住宅脇の階段を登っていると、いつの間にか山道らしい景色に変わっていた。
こういう道を歩くたび、「この辺に住んでる人たちは足腰強くなきゃしんどいねえ」などと、他人事丸出しに思ったりする。
珍しい植物に出会えば写真を撮ったり、「まむし注意!」の看板があればそれなりにビビったり、誰もいないことをいいことに独り言を呟いたりしていると、あっという間に最初の広場(東峰広場)に着いた。
広場といっても、少しひらけているところに、きれいとは言えないテーブルとベンチが置いてあるだけだ。
前日が雨だったこともあり、ここで座って休憩しようなどとは微塵も思わないコンディションをしている。
そもそも、ここまでがあっという間すぎて、休憩したい気持ちがまったくない。東峰広場をスルーし、山頂広場までノンストップで向かうことにした。
このときはまだ、山頂広場で悲劇が起こるなんて、知る由もない。


東峰広場、東2峰広場の順で通過し、3つめの広場となるのが本丸の「山頂広場」だ。
山頂広場は他の広場と比べて、圧倒的に眺望がいい。眼下には葉山の街、森戸海岸、江ノ島などを眺めることができる。
相模湾をゆっくりと横切る船を目で追いながら、生意気にも「ああ、葉山だなあ」などと思う。
この日はあいにく天気が悪くてお目にかかれなかったのだが、ここから富士山もきれいに見えるはずだった。(「関東の富士見百景」に選定されている)
ここら一帯にある低山たちの特徴として、「どの山に登ってもたいがい海が近くに見える」というものがある。
その理由は、西の「相模湾」と東の「東京湾」に挟まれている三浦半島の立地にある。
「山もいいけど、海も見たいぜ」という欲張りなあなたにピッタリ。

好きなだけ景色を堪能したあとは、お待ちかねのランチタイム。食事でお腹を、景色で心を満たす時間。なんて贅沢。
6人くらいが使えそうな大きなテーブルを1人で陣取り、崎陽軒で買ったいなり寿司と、セブンイレブンで買っただし巻き卵を盛大に広げた。
写真を撮るために位置を微調整しながら、いなり寿司とだし巻き卵が美味しそうに見えるポジションを探る。
結局、たいしたポジションは見つからず、さっさと諦めてカメラを手に取る。
そして、距離をとるために一歩下がって構えた瞬間……
!!!!!!!!!!!!!!!!!!
でっかい何かが、目の前をすごいスピードで通過した。
トンビだ!
“トビ”が正式名称らしいのだが、今はそんなことどうでもいい。
とにかくびっくりした。2026年に入ってから一番大きな声を出したと思う。
「うわっ!」なんて可愛いものではなく、「ヴォアアア!!!」だ。
完全に油断していた。
そんなことなら、すぐそばに貼ってある「外来種のクビアカツヤカミキリに注意!」の張り紙の横に、「トンビに注意!」も張り出してほしかった。
今から自分でトンビのイラストを描いて、このあと登ってくる登山客に注意を促したいと思うほど、心はざわついている。
上を見上げると、奴がいた。
木の上で、何事もなかったかのように遠くを見つめている。
そして、ちょこちょここっちをうかがっている。
まだ、狙われている。完全に、狙われている。
それもそのはずで、奴はつい先ほどの狩に失敗したのだ。
テーブルには、箱の中にあった4つのいなり寿司のうち、1つだけが弾き飛ばされて転がっている。
すなわち奴は、いなり寿司を1つも取れなかった。
三ヶ岡山緑地の山頂に鳴り響く戦いのゴング。
やるか、やられるか。
ぼくとトンビの、静かながら緊張感に満ちた戦いが始まった。
さて、どうしたものか。
相変わらず奴は、木のてっぺんからこちらの様子をうかがっている。自分のいる位置からは、だいたい20mくらいの高さだろうか。
遠距離・空中戦では、とうてい敵わない。
なんてったって、トンビの視力は人間でいう7.0〜8.0程度あるらしく、50m先から蟻が確認できるレベルらしい……
そんなん、無理やん。20m下にあるいなり寿司なんて、奴らからしたらキラッキラの4K映像やん。
どうせずいぶん前から、「しめしめ、またアホな人間が餌を持ってきたぞ」と思っていたに違いない。くそ〜。
とりあえず、テーブルの上に転がったいなり寿司をゴミ袋に入れ、弁当箱を隠す。
そして、だし巻き卵を手に持って立ち上がる。
ベンチに座って食べると視線が下向きになるので、できるだけ水平、または上空をすぐに確認できる体勢を保つ必要があった。
いつの間にか「自然を感じられる場所で、のんびり優雅にお昼ご飯を食べる」という目的は、「上空のトンビを警戒しながら、立ち食い&早食いをする」に変わっていた。
一気にだし巻き卵を平らげる。本来ならば、ご飯、おかず、ご飯、おかずと行ったり来たりしながら食べたいものだが、こればっかりは仕方がない。
もちろんこうしている間も、ちょこちょこ上空を見上げて、奴の位置を確認している。
次に、隠していたいなり寿司の弁当箱を手に持って、先ほどと同じように立ち食いを始めた。
あとになって思ったのだが、これらはやってはいけないNG行動だろう。
まず、明らかに狙われているのに食事を続けたこと。
そしてなにより、野生動物が触れた可能性があるいなり寿司を食べたこと。
弾き飛ばされたいなり寿司を捨てたのは当然として、他のいなり寿司が絶対に触れられていないとは言い切れない。
優雅な食事を台無しにされて、冷静さを失っていたのかもしれない。
野生動物からの攻撃に対して、自分の中の野生が目覚めたのか、「戦ってでも食べる」という謎のモードに突入している。
いなり寿司を立ち食いしていると、痺れを切らした奴がとうとう動いた。
いきなり急降下してきて、ちょうど目線の位置、10m先らへんを勢いよく横切っていったのだ。
完全に、威嚇されている。
ただ、この時すでに野生モードと化していた自分は、早い段階でその動きを察知していた。
本当に向かってきたら、避けるべきか、殴るべきか。そんなことを考えていた。(いや、避けろ。そして、さっさと食事をやめろ)
奴はそのまま元の位置に戻り、相変わらず何事もなかったかのように木の上で佇んでいる。
そうこうしていると、視界の左側の木に、2羽のカラスがやってきた。こちらを窺いながら、「カァーカァー」とやかましく鳴いている。
どうやら、奴らもいなり寿司を狙っているようだ。
トンビ vs 岸部 vs カラス2羽
いなり寿司を巡った三つ巴の戦いが始まろうとしている。
第2ラウンドのゴングが鳴った。
トンビの位置は、向かって斜め右側。カラス2羽の位置は、向かって斜め左側。
自分も含めた三者によって形成された、Deathトライアングル。
今は、この山頂広場に誰も来ないことを願う。もし来たら、命の保証はできない。
例えるならばここは、ワンピースのドレスローザ編で、ローがドフラミンゴと藤虎を相手に戦ったグリーンビット。
たぶん、トンビとカラスの関係性も、ドフラミンゴと藤虎のようなものだろう。
あいつらは、仲良しこよしで協力しているわけではない。
それぞれの理念や思想は異なるものだが、「人間からいなり寿司を奪う」という目的一点において、「ここはいったん協力しよう」となっているのだ。
正直、2箇所から狙われるのは相当怖かった。
まさか、命懸けでメシを食う羽目になるとは、思いもよらなかった。
緊張感が、すごい。
やや顔を上げて、トンビとカラスの両方が視界に入るようにいなり寿司を食らう。
どちらかが少しでも飛び立つそぶりを見せようものなら、それに合わせてこちらもビクッとする。
なんだ、これ。
なんなんだ、これ。
何をやっているんだ、俺は……
しばらくすると、2羽で同じ場所にいたカラスの片割れが飛び立ち、自分の後ろにある木に止まった。
奴らは、いなり寿司を持ったアホな人間を中心に置いて、きれいな三角形を描いたのだ。
おいおいおい、これこそ本物のDeathトライアングルやないか。
緊張感は増すばかり。
ただ、その頃になってようやく、3つのいなり寿司とサイドに添えられた海苔巻きを食べ終わろうとしていた。
いつ襲われてもいいように、最大級の覇気をまといながら、最後の海苔巻きを口に入れる。
勝った……
葉山のグリーンビット、もとい、葉山の三ヶ岡山緑地での戦いは、ようやく終わりを告げたのだ。
すっからかんになった弁当箱を見てようやく諦めがついたのか、トンビとカラス2羽は、あっさりとどこかへ飛んで行った。
疲れた。そして、ホッとした。
こんなに痺れるランチ、そうそうないだろう。
こうして、優雅なランチタイムは奴らのおかげで台無しに終わった。
ただ、今になって、多少の感謝も芽生えている。
なぜなら、今こうしておもしろおかしく文章として書けているから。
たしかに、その時はしんどい。けれど、このような出来事は、時間を置くことで「おもしろ話」と化すことが多い。
「あの時こんなことがあってさあ!」という感じで。
戦いを終えてホッとしたぼくは、傷を癒すように葉山の素晴らしい景色をもう一度眺めていた。
すると、遠くからマダムの話し声が聞こえてきた。声からして、3、4人くらいのグループだろうか。
今でよかった。山頂広場に平和が戻った今で、ほんとうに良かった。
もし数分前だったら、どうなっていただろう。考えたくもない。(お前がさっさと食事をやめればいい)
マダムたちの声はどんどん大きくなり、ぼくがいる場所のすぐそばまでやってきた。
山頂広場から最も景色がきれいに見える場所を独り占めしていたぼくは、マダムグループに目をやるわけでもなく、さりげなくその場から離れた。
山頂広場に続く道は、ここまで登ってきた「つつじコース」以外に、「あじさいコース」と「真名瀬コース」がある。
「あじさいコース(約20分)」で下ると、麓にあじさい公園。「真名瀬コース(約25分)」で下ると、真名瀬海岸に出られる。
今回は、元々予定していた「真名瀬コース」で下る。
下った後の予定は、「葉山 旭屋牛肉店」に行って、お土産(晩ごはん)の葉山コロッケを買うこと。それ以外は、とくに決めていない。
時間を確認すると、すでに15時を回っている。早く下りよう。
たった今気がついたんだけど、「真名瀬」は「しんなせ」と読むらしい。これまでずっと、「まなせ」と読んでいた。
えー、なんでなんで?「まなせ」のほうがぜったい言いやすいし、読みやすいじゃん!なんてことを思ったのだが、きっとそういう問題ではないのだろう。
山頂広場を出て、西2峰広場(天気が良ければここからも富士山がきれいに見える)を通過すると、前からものすごいスピードでロン毛のおじさんが登ってきた。
すれ違いざまに「こんにちは〜」と挨拶を交わすと、明らかに“しょっちゅう山に登っている人”のオーラを感じた。
同時に、以前山の中ですれ違ったひとりの女性を思い出した。
その女性は、チワワらしき小型犬と一緒にものすごいスピードで歩いていて、僕は一瞬で置いていかれたのだった。

西峰疎林広場の手前、西の尾根から見える景色がとてもいい。
きれいな曲線を描く一色海岸と長者ヶ崎海岸は、まさに“ばえる”形をしていて、ガイドブックなどでメイン写真としても使われている。
ただ、この景色を拝める場所は、見晴台や展望デッキのように「ここから景色を見てください!」と主張しているわけではない。尾根歩きの途中で、木々の間から眺めるような場所だ。
なので、黙々と歩いていると、もしかしたら気づかずに通過してしまう人もいるかもしれない。
西峰疎林広場を越えると、勾配のきつい丸太階段が現れる。これがけっこう、長い。ここから麓の神社までは、ほとんど階段だ。
中学のサッカー部時代から膝に爆弾を抱えている自分は、見事に膝痛を軽く再発させ、ヒイヒイ言いながらゆっくり階段を降りていった。

下山中、山頂広場でニアミスしたマダムグループの声が後ろからずっと聞こえていた。
こちらが足を止めて景色を眺めていると、その声は徐々に大きくなる。そして、また歩き出すと、徐々に小さくなる。
きっと、足を止める場所も同じだろうから、自然と付かず離れずの距離感がキープされている。
その状態のまま、あっという間に麓の熊野神社に到着。
まったく疲れてはいないけれど、膝は痛かった。ぼくが基本的に低山を選んで登っているのは、体力的な問題ではなく、いつ痛みが出るかわからない膝に問題を抱えているからだ。低山であれば、痛くてもなんとか下山できる。
もちろん、低山の気軽さは大好きなのだけど、本当はもっともっと高い山にも登りたい。
病院に行っても「とくに問題ないので温めときましょうね〜」といった類のものなので、簡単に治せるようなものでもない。
なので、日頃からストレッチや筋トレ、なるべく階段を使うなどのケア&強化に努めながら、なんとなく誤魔化している。

熊野神社の脇にあるベンチに腰をかけて水を飲んでいると、すぐにマダムグループがやってきた。なんだかんだ山頂広場からずっと近くにいたのだが、しっかりその存在を目で確認したのは、この時が初めてだった。
ぱっと見、55〜75歳くらいの4人グループ。
「うちの旦那がさぁ〜」なんて会話を楽しんでいる。
その様子をぼけっと眺めながら、“ここまでのこと”と、“これからのこと”に想いを馳せた。
お参りを終えたマダムグループがいなくなったあと、ぼくも手を合わせた。
お手製の旅のしおりを確認すると、すぐ近くに海がある。というか、もうすでに見えている。なんともまあ、絵になる風景。
山から、海へ。
三ヶ岡山緑地から、真名瀬海岸へ。
山と海の距離がとても近い。たぶん、真名瀬コース入口(今回下山した場所)から海岸線までは、100mくらいしかないと思われる。
「三浦半島にある山は両脇を相模湾と東京湾に挟まれているから、どこの山からでもたいがい海が見える」と先ほど書いたのだが、それにしたって100mはかなり近い。
単に山と海が近いだけでなく、ハイキングコース(登山道)の入口と海までの距離がこれだけ近いのは、そう多くはないだろう。



住宅街から見える風景が、とにかくエモすぎる。
左右を住宅でトリミングされた画面に映るのは、海沿いに伸びる県道207号線(森戸海岸線)。そこを走る車やバイク、自転車。
右から左へ、左から右へ。一瞬で通り過ぎているはずなのに、なんだかとても、時間の流れがゆっくりに感じる。
きっと、この世の“エモ”を司る「エモ神」の仕業に違いない。
この場の再生速度だけ、「1.0」から「0.75」に落とされている。
小道の真ん中に突っ立ったぼくは、カメラを動画モードに切り替え、その光景を定点で観測した。
県道207号線に出てみると、それまで住宅で隠れていた左右の景色が一気に現れ、画面がパノラマへと切り替わる。ハロー、真名瀬海岸。
とりあえず、海に沿ってトボトボ歩く。
すると、バス停の裏にちょっとした見晴らしスペースを見つけた。



見晴らしスペースと言っても、本当に“ちょっとした”ものだ。ほかにちょうどいい言い回しが思いつかないので、大袈裟ながら「見晴らしスペース」でご容赦願いたい。
ここのバス停は、街でよく見かける無防備なものではない。
屋根があって、背面と左右に壁があり、小さな小屋みたいになっている。背面には窓がついていて、そこから目の前の海を眺められる仕様だ。
このバス停が、“ちょっと有名なバス停”であることを思い出すのは、もう少し後のことだった。


見晴らしスペースから見えるのは、海だけではない。
遠くの砂浜では、制服を着た高校生カップルが絵に描いたような“青春”をやっており、近くの砂浜では、サーフボードを抱えたイケおじが“中年の星”をやっている。
それらが、降り注ぐ太陽の光に照らされてキラキラしている海を背景に行われているのだから、エモが過ぎるだろう。
眩しい。眩しすぎる。ここにあるすべてが、眩しい。
この眩しさは、安物のサングラスをかけたくらいじゃどうにもならない。
あまりの眩しさに目を細めていると、高校生カップルの彼氏のほうが、飛び石をピョンピョンと飛び始めた。
そして、「大丈夫だよ」と手を差し出して、自分がたどり着いた岩に彼女を迎え入れようとしている。
「こわい……」と躊躇する彼女。
「さあ、大丈夫だから、飛んでごらん!」と両手を広げる彼氏。
(会話は想像です)
右斜め45度から降り注ぐ太陽の光。ほんのりオレンジ色をしたその光は、やさしく2人を照らすスポットライトの役目を果たしている。
これもきっと、エモ神の粋な計らいに違いない……
いやー!もうやめて!
おじさんの安サングラスじゃ、こんな光景耐えられない!
このまま見続けたら失明してしまうよ。
そういえばなんだか、すでにうっすら視力が落ちてきた気がする。
がんばれ、自分。視力くらいくれてやるのだ。
おじさんが若者たちにしてあげられることといえば、視力を差し出すことくらいなものだろう。
それでも最後まで見届ける価値が、この光景にはあるのだ。
ふと横を見ると、いつの間にか大学生くらいの女子2人組が、自分と同じ体勢で海を眺めていた。
いらっしゃい。
ここは、葉山屈指のエモ鑑賞スポット。しっかりサングラスをかけておかないと、あまりの眩しさに失明してしまうから気をつけてね。
しばらくして2人は、真下の砂浜に降りていき、水面に石を投げて跳ねさせる遊び「水切り」を始めた。
のだが、真上から見ているこちらが恥ずかしくなるほど、2人とも恐ろしく下手だった。
何度投げても、1ジャンプもしない。もはや、ただただ海に向かって、石を投げ入れ続けている人でしかなかった。
「もっとリリースポイントを下げて、水面と並行に近い角度で回転を加えて投げるんだ!」と熱血コーチが心の中で叫んでいる。
しかし、そんな熱血指導が彼女たちのもとに届くはずもなく、絶望的に下手な水切りは繰り返された。
あまりの下手さ加減を見られている恥ずかしさからか、投げた後に上を向いて、さりげなくこちらの様子をうかがってくる。かわいいとこ、あるじゃないか。
そのたび、何かアドバイスやジェスチャーを送るわけでもなく、ただニコッと笑顔だけを送った。
サングラスをかけたおじさんが真上から自分たちを見てニヤついているなんて、彼女らからしたらホラーでしかない。
何十回目かの石投げでようやく2段ジャンプに成功したのを見届けたあと、ぼくはその場を離れた。

旭屋牛肉店に向かう前に、この場を写真に収めたい。
そう思って道路の反対側に渡り、バス停を俯瞰的に眺めることでようやく思い出した。
このバス停、だいぶ前にインスタか何かにあがっていた定点観測動画で見た気がする。似た場所かもしれないけれど、たぶんここだと思う。
調べてみると、Yahoo!の記事があった。
なるほど。このバス停はいわゆる、“映えスポット”だったのか。
どうりで、首からカメラを下げた女性が多いわけだ。
カメラ女子2人組がバス停を撮影をしている後ろでそっぽを向きながら、「別に待ってなんかないですよ」の態度をとるわたし。本当は、めちゃくちゃ待っている。
何気に車の往来が多い道なので、カメラ女子もパッパと撮影することができないでいる。
もう、カメラ女子ごと遠くから撮ってしまおうかと思い始めたころ、彼女らの撮影は終わった。
ただ、いざとなると、なんだか恥ずかしい。
待ってましたとばかりに映えスポットを撮る自分が、無性に恥ずかしいのだ。
どちらかというと、「反・映え」勢の自分が、まんまと映えマジックにかかっている。くそ〜。
勝手に待って、勝手に恥ずかしくなったあと、おとなしく数枚の写真を撮った。


県道207号線を森戸海岸方面に北上する。
相変わらず、歩道があるんだかないんだかの道で歩きづらい。
地図を見るかぎり、ここから旭屋牛肉店まではそれなりに距離がありそうだ。「20〜30分くらいはかかるかなあ」と思いながら歩いていると、「森戸大明神」の看板と大きな鳥居が見えてきた。
そういえば、森戸神社のことは以前から知ってはいたものの、実際に行ったことはない。行ってみたい。気になる。
気がつくと、吸い込まれるように鳥居をくぐっていた。


結論、初めて訪れた森戸神社は最高だった。
何がいいって、周囲の景観がいい。ずるいレベルに、いい。たぶん、ほかの神社仏閣がハンカチを噛んで嫉妬していると思う。そのくらい、いい場所に建っている。
森戸神社は、鎌倉時代に源頼朝公が創建したらしい。
頼朝、グッジョブ。
Webサイトのトップページを見てもらえれば、「場所がずるい」を納得してもらえると思う。


神社自体はそれほど大きくなく、鶴岡八幡宮のように広い敷地があるわけでもない。
ただ、背後に広がる海と一体化しているようにも見えるため、とてつもなく大きく感じる。
海は海で、特徴がある。
磯の岩上に切り立つ松の木(千貫松:せんがんまつ)。
沖合い700メートルに浮かぶ小さな島(名島/菜島)には、赤い鳥居と白い灯台(葉山灯台/裕次郎灯台)。
海面からポツポツと顔を出す岩場が、ここ一帯の雰囲気を効果的に演出している。
気象条件が良ければ、4月と9月に「ダイヤモンド富士」を見ることもできるらしい。
なんて、素晴らしい景色。
頼朝、グッジョブである。(2回目)
いや待て。頼朝は「ここに神社を建てよ!」なんて言っただけにすぎないだろうから(それもすごく大事)、実際にこの場所で作業をしていた人たちにも感謝を示したい。
ありがとう、当時ここで働いていたみんな!
ど平日の16時すぎ。それなりに人はいた。
海外からの観光客や犬の散歩をしている地元の人、岩場でカメラを回して踊っているアイドル?など、いろんな人がいた。
小さな犬を連れて浜辺を散歩している金髪サラサラロン毛イケメンの外人さんは、素敵すぎて絵になりまくっていた。
フレンドリーが全身から滲み出ていて、すれ違いざまに話しかけてきそうな雰囲気すらある。

少し高いところから眺めていると、さっそく大学生らしき数人のカメラ男子たちが、外人さんの愛犬を撮影し始めた。
きっとあの人は普段からああやって、ここに遊びに来る人たちと“地元民”として交流しているに違いない。
「海が好きで、サーフィンもやっていて、たまたま日本に来たときに葉山をとても気に入って、気づいたら移り住んでいました」といったところだろう。(妄想)
ほんの少しだけ夕陽のオレンジ色が濃くなってきた頃、ぼくは残る大事なミッションを完遂するため、この場をあとにした。
森戸神社から旭屋牛肉店までは、歩いて10〜15分くらいだったと思う。
ここが夢にまで見た(大袈裟)、葉山コロッケの聖地か。
小さいとも大きいとも形容し難い店内に入るなり、お目当てを探した。
正面のショーウィンドウには、お肉屋さんらしくさまざまな種類の生肉が並んでいる。
右側には、地元で作られた乾物などが並べられていて、ちょっとしたお土産屋さんとしても機能しているようだ。
例のブツは、左側のショーウィンドウにあった。
世の中の定番コロッケと比べて、サイズ的には「やや小ぶり」だと思う。
「葉山コロッケ8個と、焼豚を1本ください」
カウンター越しのおばちゃんにそう伝えると、「焼豚の脂身はどのくらいがいい?」と聞かれた。
「う〜ん、普通くらいかな〜」と、独り言とも取れるような返答をする自分。
口には出さないものの、「普通かあ〜、選びづらいなあ〜」といった態度で、いくつかある中から1つを選ぶおばちゃん。
するとすぐさま、正面のカウンターにいたはずのおじさんが「“普通”ならこのくらいじゃない?」と、別の焼豚を手に取っておばちゃんに手渡した。
どうやらおばちゃんが選んだものは「やや脂身少なめ」だったようで、ぼくは心の中でおじさんに感謝した。
どさくさに紛れて、元々予定になかった焼豚も買ってしまった。葉山コロッケのすぐ横に陳列されていて、気づいたら注文していた。
ここの焼豚は色が赤いやつで、紀州の備長炭を使って焼き上げているらしい。
「紀州備長炭」という字面だけで、もう美味しい。
コロッケだけでは物足りない晩ごはんは、焼豚を買ったことで完全体となった。今晩は、葉山パーティーだ。
お会計を済ませたぼくは、まだほんのり温かい葉山コロッケと焼豚が入ったビニール袋を手に持って、駅に戻るためのバス停を探した。
地元住民しか使わないような小道を適当に歩いていると、来るときにバスで通った国道に出た。
近くには、「向原」というバス停がある。時刻表を見ると、ちょうど3分後くらいにバスが来るようだ。ラッキーラッキー。
今、この文章を書きながら地図をあらためて確認すると、旭屋牛肉店からかなり近い別のバス停が1つ。さらに、「向原」と同じくらいの距離だけど、逗子駅に少しだけ近いバス停が1つ。
すなわち、ぼくは3番手のバス停を選んでいたようだ。
バス停でぼけっと突っ立っていると、バスの到着時刻を把握している地元の猛者たちが、ギリギリになってゾロゾロと現れた。
そして、見事にバスが到着する。けっこう、混んでいる。以前に、この京浜急行バスを利用したときもけっこう混んでいた。
逗子駅から乗るときは始発なので座れるのだが、逗子駅に向かうバスで座れたことは、今のところ一度もない。
バスに乗り込んで優先席の前に立つと、目の前に座っていた小学生と思しき女の子が気まずそうに席を立った。スッと立つというよりは、立つか立つまいか、少しだけ悩んだのちに立つことを選んだようだった。
ぼくは咄嗟に「座ってていいよ」と言いそうになったのだが、一瞬考えて結局言わなかった。
女の子から見たら完全に“おじさん”であろう自分でも、さすがに席を譲る対象者ではないだろう。それよりも、多くの人が乗ってきて、年配の人も立っている状況から判断したに違いない。えらい。
バスに揺られること、10分くらい。JR逗子駅の手前にある、京急「逗子・葉山駅」の最寄りバス停に着いた。
時刻は17時を回っている。逗子についたのがお昼の12時過ぎだったので、だいたい5時間くらいの滞在だった。
これだけ満喫(バス停降り間違いやトンビ襲撃など含む)して、5時間程度ならサクッと楽しめたほうだろう。
ありがとう、逗子・葉山。
また来るね。
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