第3線が隠す側に回るとき
内部監査室長が、会計監査人に見つからない方法を検討していた。
エア・ウォーターの特別調査委員会が2026年3月31日付でまとめた調査報告書で認定されています。不適切な会計処理に関与していただけではなく、発覚を避ける手立てを、検知する側の責任者が主導していた。
同じ形が子会社でも出ています。
防災事業を担う会社では、経理部長が監査法人に発覚しない手法を検討していました。
第3線と第2線の両方で、同じことが起きています。
会社は2026年7月31日、過年度の有価証券報告書と内部統制報告書の訂正を提出しました。訂正の対象は第21期(2021年3月期)から第25期(2025年3月期)までの5期です。内部統制報告書は「有効」から「有効でない」に書き換えられています。
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三線モデルの図を思い浮かべてください。第1線が現場、第2線が管理部門、第3線が内部監査。第3線には「独立性」と書いてあります。
なお、あの図は、もう「3つの防衛線」ではありません。IIAは2020年に Defense を外し、2026年7月にも改訂しています。三世代の変遷は別稿で原文に当たって整理しました。
ここで言いたいのは一点です。
その図は、報告の経路を描いていますが、経路を通る報告が歪まない条件は、描いていません。
経路図は線を引けば描けますが、条件は線では描けない。
内部監査室長を誰が任命し、誰が評価し、誰が異動させるか。
そこが社長のラインの中にあるかぎり、独立性は組織図の上の文字にすぎません。
エア・ウォーターの調査報告書が挙げた根本原因のひとつは、当時の会長への人事権と報酬決定権の集中でした。
不正はグループ42社に及びました。在庫の過大計上、損失の先送り、スルー取引。
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調査のやり方のほうにも目を向けます。
特別調査委員会は、弁護士を委員長とし、弁護士と公認会計士で構成されました。
そして通常のフォレンジックとヒアリングに加えて、2つの手を使っています。
ひとつは、社内リニエンシーです。調査に協力した場合に処分を減免する制度で、875件の申請がありました。
もうひとつは、ワークショップです。201社・3,136名を対象に、238回実施されています。
ワークショップをこれだけやる必要があったというのは特徴的だと思います。
通常の調査手法で割れる隠蔽なら、この2つは要りません。
会社が公表した再発防止策は4本柱です。企業風土の改革、権限集中を防ぐガバナンス改革、財務経理体制の再構築、そして内部監査機能の改善。
内部監査については、専門人材の配置と連携の強化が挙がっています。
よく見るものが並んでいます。
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この問題は千年以上前からあって、同じところで詰まって、別の解き方をした人たちがいます。
唐は、監察を行政と別の官署に立てました。
御史台です。実際に官僚を見て回った監察御史は、その中の察院に属します。
位は正八品でした。九品まである官位の、下から二番目の段です。
それでいて職掌は「百僚を分察し、郡県を巡按す」。宮廷の全官僚と、地方の全県が対象です。
中国語の解説は、この不釣り合いを「品秩は低しといえども、権限は殊に広し」としています。
偉い人に監査させる、という発想を取っていません。
監査系統そのものを、行政の系統から外に出して、位でなく、配置で担保しています。
アテナイは、別の手を使いました。
任期を終えた公職者は、全員が審査を受けます。
金の使い方はロギスタイ(会計検査委員)10人、それ以外の職務上の責任はエウテュノイ(執務審査官)10人が扱いました。
要点は二つで、ひとつは、例外がないこと。将軍も、財務官も、神殿の金を扱う神官も、役職に関わらず受けます。もうひとつは、この審査を終えるまで、次に進めないこと。
顕彰を受け取るのも、審査を通ったあとでした。
監査を、年に一度のイベントではなく、通らなければ先へ行けない関所の位置に据えています。
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唐もアテナイも、人を入れ替えることでは解いていません。経路を分け、関所を置いた。制度の形で解いています。
ただ、同じ形を日本の会社に置いたとき、制度の手前で効いてしまうものがあります。
影響力のある経営者への忖度。雇用の流動性の低さゆえに、踏み込んだ指摘が自分の処遇に返ってくること。組織と自分の輪郭が重なっていくこと。そして、与えられた問題を解いてしまう習性 ── 問題の立て方のほうが間違っている可能性に、気づかないまま。
唐の解き方は、報告の経路を行政の外へ出すものでした。ここで効きにくいとすれば、経路を外に出しても、その先の処遇が同じひとつの内側に閉じているからです。
逃げた先が無いなら、経路を分けた意味は半分になります。
アテナイの解き方は、例外を作らず、通るまで先へ行かせないものでした。ここで効きにくいのは、与えられた手続きを解いてしまう習性のほうです。
通すことが目的になった審査は、関所の形をした通路になります。
制度で止まる分と、止まらない分は、分けて見ておく必要があります。
止まらない分をどう扱うかは、歴史を含めて、いろいろな切り口から研究を重ねていきます。
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出典
エア・ウォーター株式会社「特別調査委員会 調査報告書(概要版・公表版)」2026年3月31日付 ── 内部監査室長が会計監査人への発覚回避方法を検討していたこと、子会社の経理部長が同様の検討をしていたこと、当時の会長への人事権・報酬決定権の集中、グループ42社における在庫過大計上・損失先送り・スルー取引、社内リニエンシー制度の申請875件、ワークショップの実施(201社・3,136名対象・238回)。
同社「過年度の有価証券報告書等の訂正報告書の提出に関するお知らせ」2026年7月31日 ── 訂正対象は第21期(2021年3月期)から第25期(2025年3月期)までの5期。内部統制報告書の評価結果を「有効」から「有効でない」へ訂正。連結財務諸表に対する監査意見は限定付適正意見、単体は無限定適正意見。
同社「不適切会計事案を受けた経営改革、再発防止の徹底に向けて」── 再発防止策の4本柱(企業風土改革/ガバナンス改革/経営基盤・内部統制の再構築/内部監査機能の改善)。https://www.awi.co.jp/ja/company/management-reform.html
The Institute of Internal Auditors「Statement of Position: Three Lines Model — Assurance and Advice in Support of Effective Governance」(2026年7月) ── 第2線について「設計上、独立していない(Not independent (by design))」の注記がPart IIの表にあること。2013年版「The Three Lines of Defense in Effective Risk Management and Control」は、この限界を定義の本文に記載していました。三世代(2013/2020/2026)の変遷は、下記の過去記事で原文に当たって整理しています。
次に読む ── 「3つのライン」は、そもそも設計図ではなかった ── IIA 2026年改訂と、日本が輸入したもの
唐の監察制度 ── 御史台は台院・殿院・察院の三院からなり、監察御史は察院に属したこと、その品級が正八品であったこと、職掌が「分察百僚、巡按郡県、糾視刑獄、粛整朝儀」(『唐六典』)であること。「品秩雖低、権限殊広」の評は中国語の解説記事による。
古代アテナイの執務審査(エウテュナイ) ── 任期を終えた公職者が会計報告と審査を受けたこと、金銭についてはロギスタイ(会計検査委員)10人、それ以外の職務上の責任についてはエウテュノイ(執務審査官)10人が扱ったこと。アリストテレス『アテナイ人の国制』第48章・第54章(村川堅太郎訳・岩波文庫)。
※ 唐とアテナイについては、制度の骨格として一般に知られている範囲に記述を限り、原典の該当箇所を逐語で引いてはいません。
※ 本稿は公表された資料に記載された事実の範囲で書いています。関与した個人の氏名は記載せず、動機や経緯について公表資料にない推測は加えていません。是正措置は完了しておらず、運用実績の蓄積と実効性の評価がこれから行われる段階にあります。
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