Photo by
hnue_po
掌編小説|何も起きなかったはずの夜 (朗読可)
何も起きなかったはずの夜
君は、何も言わずに隣に座った。
それだけで、夜が成立してしまう関係だった。会話は途切れがちで、それでも、沈黙が気まずくなることはなかった。名前を呼ばなくても、視線を向けなくても、そこにいることだけで十分だった。肘が、少しだけ触れる。君はすぐに距離を戻す。その一瞬を、僕は覚えている。触れない選択を、お互いに繰り返していた。
「明日、早い?」
君はいつも、そう聞く。帰る理由にも、残る理由にもなる言葉。僕は「どうだろ」と答えて、君はそれ以上、踏み込まない。
最後に会った夜も、特別なことは何もなかった。笑って、少し話して、いつもと同じように別れた。ただ、次の連絡が来なかったから、そこで終わった。それだけだ。説明はなかったし、求めもしなかった。君はそういう人だったし、僕も、問い詰めるほど無垢じゃなかった。
今でも、誰かの隣に座るとき、
少しだけ間を空けてしまう。
あの距離が、まだ、体に残っているから。
恋だったのかはわからない。
でも、
何も起きなかったはずの夜を、
まだ手放せずにいる。
利用規約
本作品は朗読可能です。なお、利用規約は予告なく変更される場合があります。ご利用の際は、事前に下記リンク先の利用規約をご確認ください。利用は自己責任でお願いいたします。
