掌編『薄明に深呼吸』| 朗読可[フリー朗読台本]
利用規約
本作品は朗読可能です。なお、利用規約は予告なく変更される場合があります。ご利用の際は、事前に下記リンク先の利用規約をご確認ください。利用は自己責任でお願いいたします。
📕 『薄明に深呼吸』
アプリを開いた瞬間、画面がまるで呼吸でもするみたいに色づいた。
知らない誰かの知らない喜びが、小さな波みたいに幾度となく押し寄せてくる。祝福のスタンプ、過剰に光る加工、跳ね回る絵文字たち。
この世界の輪郭だけが、妙に鮮やかで、対照的に自分の部屋はまだ夜の深みに沈んだままだ。通知音が壁に当たって、すぐに溶ける。その薄さが、今の自分の心の厚みのように見える。
そこに、本当に欲しかった言葉があったのか、なかったのか、それすら曖昧だ。誰かに見てほしい気持ちが、触れる前に泡になって消える。昨日の自分が何を思っていたのかさえ、わからなくなる。
「これ……読む必要ない……のかも」
ふいに漏れた声が、部屋の中で跳ねて消える。
通知欄の底に、古いDMがひとつ眠っていた。数年前、あの人が送ってきた短い一行。名前も飾りもなく、ただ静かに置かれた文字。
“消えないで”
昔は胸に刺さったはずなのに、今、心は全く揺れなかった。僕に 消えないで と言ったあの人は、先にアカウントを消してこの世界からいなくなった。
みんなの楽しげな場所を覗くほど、自分だけ透明になっていく気がする。なのに指先は、惰性のスクロールをやめない。光の粒が増えるたび、部屋の暗さだけが確かなものになっていく。
一呼吸おいてから、
そっと、画面を伏せる。
静寂がゆっくりと満ちていく。何も騒がず、何も求めず、ただそこにある。その無音は、思っていたよりも優しい。
世界の速さに合わせる義務なんて、
最初からどこにもなかったのかもしれない。
「今日くらい、ぜんぶミュートしてしまおう」
そう決めた瞬間、
少しだけ呼吸が深くなった。
🌱台本を読んでくださった方のご紹介
台本を読んでくださった方の音声作品のご紹介です(掲載は把握できている範囲に限られます)朗読していただきありがとうございます
ほたる様
@user1h8eueudf1 薄命に深呼吸 読ませていただきました #睡眠用bgm #朗読 #声
♬ オリジナル楽曲 - ほほほ - ほたる
