小説|やさしい嘘の向こう側 (朗読可)
概要
▷ 約3,200字|朗読目安11〜15分
この作品は、楽曲「そう思うよ。」 から着想を得て、物語として書き下ろした小説・フリー台本です。ぜひ、音楽と小説、一緒にお楽しみください(tmt)

◯楽曲|7710RADIO
[YouTube]https://youtube.com/@7710radio
あらすじ
誰にも必要とされない孤独を抱えながら配信を続けるひとりの配信者。そして、突然姿を消した“かつての推し”。画面越しの優しさは、誰かを救い、同時に縛ることもある。言葉は本当に「届いて」いるのか。それとも、互いの孤独を埋めるための幻想なのか。三つの視点が交差するとき、夜の配信の裏側にある静かな真実が浮かび上がる。これは、優しさと依存のあいだにある、小さな夜の物語。
やさしい嘘の向こう側
🌗推しがいなくなったリスナー
気がつけば、夜の12時を過ぎていた。また眠れない夜だ。目を閉じると、すぐに現実が立ち上がる。冷たく、容赦なく、まぶたの裏に重くのしかかってくる。あの日から、ずっとこんな感じだ。あの人が、いなくなってから。
部屋の灯りはつけないまま。スマホの画面だけが、ぼんやりと空間を照らしている。配信アプリを開くと、いつもの場所に彼がいる。
「今日も来てくれてありがとう」
彼は、そう言って笑った。画面の中から、まっすぐこちらを見る。その声はやさしく、あたたかくて、どこかあの人の雰囲気に似ている気がした。
「ひとりの夜は、少し寂しいね」
そんなふうに笑う彼は、まるで心の内を知っているみたいだった。偶然だとわかっている。でも、彼の言葉はいつも、心の奥にすっと入り込んでくる。寝不足の顔を隠せないまま画面を見つめていると、彼が問いかける。もちろん、彼にこちらの様子が見えているはずもない。
「大丈夫? 疲れてるの、伝わってくるよ」
そう言われて、思わずまばたきが増えた。私のことなんて、本当は何も知らないはずなのに。彼は誰にも似ていない。それでも、記憶の中の“あの人”と、ほんの少し重なって見える。画面の向こうで、彼が静かに言った。
「今夜もここにいて。一緒に話そうよ」
スマホを手にしたまま、しばらく動けなかった。届かないとわかっていても、もう一度あの声に触れたくなる。
「ねぇ、いい夢、見れた?」
本当に聞きたいのは、この声じゃない。それでも、その問いに、小さくうなずく。やさしい言葉に、心が軽くなるのを感じた。
「明日も、ここにいるから」
画面の向こうの彼がそう言って、最後にこう付け加えた。
「大丈夫。君が大好きだよ」
たとえそれが、数十人の“誰か”に向けた言葉だとしても。今だけは、自分に向けられたものだと思えた。
今夜は、少しだけ眠れそうな気がする。
🌕推されてない配信者
夜になると、また部屋が静まり返る。今日も、誰とも話さなかった。スーパーのレジで聞かれた
「ポイントカードありますか?」
それが、気がつけば、今日いちばん長い会話だった。夜の12時を過ぎていた。外に出れば、街にはたくさんの声がある。でも、自分に向けられた言葉は、驚くほど少ない。それでも、僕にはここがある。この小さな画面の中に、誰かが待ってくれている。そう思うだけで「配信開始」のボタンを押せる。
「今日も来てくれてありがとう」
そう言うと、コメント欄がふわっと揺れる。その中に、いつもの名前があると、心がすこしだけ軽くなる。……今夜も僕を選んでくれたんだ、と。
「ひとりの夜は、少し寂しいね」
本当は、僕のほうがずっと寂しいのかもしれない。でも、この時間だけは、君のために声を出す。君が、誰かのことを思い出しながら画面を見ていることも、なんとなくわかってる。本当は言いたいことがある。画面越しに手を伸ばしても届かない、その距離のこと。それでも続いてしまう気持ちに気がづいてるということ。でも、そんなこと言える立場じゃないって、わかってる。
「ねぇ、いい夢、見れた?」
いつも通り問いかける。
距離を間違えれば、君の居場所を壊してしまうかもしれない。それでも、せめて画面の中だけでも、優しくありたい。誰かの代わりでもいい。君の心が、少しでも休まるなら、それだけで十分だ。そう思う。配信の終わり際、君のコメントが流れた。
「ありがとう。今夜も眠れそう」
その一言で、今日という日が形になった気がした。僕の声は、君が求めている声じゃない。それでも。
「ここにいて。一緒に話そうよ」
壊れそうな君を救えるほどの力も、僕にはない。君の涙を止めることもできない。
だけどせめて
「泣かせるなよ」
……くらいは思ってもいいだろうか。
もし君が、僕を必要としてくれるなら、気づかないふりをしながら、ここで待ってる。君が望むやさしさの形で。代わりにはなれないけど、
「大丈夫。君が大好きだよ」
心から、そう思うよ。
君が来てくれたことで、僕もまた、
この夜を、乗り越えられる気がしている。
🌑消えた配信者
深夜0時、配信の通知が鳴る。
俺の声が、今日も誰かの夜を癒す。
そう思っていた頃もあった。
「今夜も来てくれてありがとう」
言葉は自然に出る。演じてるつもりはなかった。
誰かの孤独を受け取って、それにやさしく返す。
それが、救いになっているのならそれでいいと。
でも、ある日ふと気づいてしまった。
これは“救い”じゃない。
画面の向こうにいる人たちは、
俺の声を必要としてくれていた。
だけどいつしか、
俺がいないと眠れないようになっていた。
俺の「おやすみ」がなければ安心できない、と。
俺の「大丈夫」がなければ明日を信じられない、と。
俺がひとこと優しい言葉をかけるだけで、
まるで何か救われたようなコメントをする。
……それが、怖かった。
俺はそんなに強くない。誰かの心の支柱になるような、完璧な人間じゃない。それに、俺が支えてしまえばしまうほど、彼らはますます「自分の足」で立てなくなってしまう。
きっと今日も来ているだろう、あの名前。
毎日欠かさずコメントをくれる人たち。
その数百人の中に、彼女もいたんだろう。
でも、俺は彼女を“認知”していなかった。
もちろん、心を込めて言葉を返したこともある。
けれどそれは、彼女だけに向けたものじゃない。コメント欄に流れるすべての声に、俺は同じだけの愛情で返していた。それは本当だ。
でも、誰も特別ではなかった。
彼女が、俺の言葉にどんな意味を感じていたのか、
俺の声にどれだけの重さを乗せていたのか。
今では、もう知るすべもない。
俺にとって彼女は、無数の“誰か”のひとりだった。
でも、その無数の誰かを救っているつもりが、
無数の誰かを縛っていると気づいたとき、
俺はもう、ここにいるべきじゃないと気づいた。
だから、消えることを選んだ。
何も言わず、ただ静かに、すべてのアカウントを削除した。
声も、姿も、記憶も、ログに残さなかった。
最後の「大好き」は、本心だった。
でもそれは、“全員”に向けた言葉だった。
今でもたまに思う。
彼らの中には、まだ、俺を探している人もいるだろうか、と。
もう戻るつもりはない。
依存から救うためには、依存源ごと消えるしかなかった。
俺はもう、「誰かの支え」にはなれない。
これ以上、やさしい言葉で人を縛りたくない。
だから、最後に本当のことを言っておく。
“君は、俺にとって特別じゃなかった。”
でも、君の夜を少しでも照らせたことだけは、俺にとって救いだった。感謝してる。
それだけは、嘘じゃない。
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