【寝かしつけ・睡眠導入】寓話|砂糖菓子の森 (朗読可)
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📕『砂糖菓子の森』
森の入り口には、看板も柵もありません。
ただ、風にそよぐ草の声と、枝が軋(きし)む音だけが、ここが「此岸(しがん)」と「彼岸(ひがん)」のはざまであることを、そっと教えてくれているのです。
誰もが忘れかけた宵のころ、ひとりの少女が、両手でそっと包み込むように砂糖菓子を抱えて、森へと歩みを進めました。夕陽が沈む少し前の、薄く青い静かな時間。その白く透き通る砂糖菓子は、まるで凍った時間のかけらのように、淡く光を放っていました。少女は、まだ伝えられていない言葉を携えてきたのでした。
誰にも踏まれていない静かな場所で、少年は待っていました。透き通る体に風が通り抜け、もう、こちら側の存在ではないとわかります。けれど、少女の目に映るその微笑みは、あの日のまま何も変わっていませんでした。
「また来たんだね」
「だって……まだ、さよならしてないもの」
少女の手のひらには、白く冷たい砂糖菓子。ふたりでひとつ、そっと半分に割って分け合います。
「あなたのこと、ちゃんと覚えておきたいから」
少女の声は少し震えていました。言葉の代わりに、少年は砂糖菓子をひとつ静かに噛み砕きました。その音は、なぜか遠くで鳴る鐘の音のように、森の中に溶けていきました。
「もう、痛みを抱きしめられるようになったよ」
少女が言うと、少年は微笑みながら、静かに頷きました。
「ねえ、わたしたち。これが夢なら、笑って終わろう」
ふたりは“乾杯”を交わしました。グラスも音も何もないのに、ただ想いだけが、夜の森の空気にふわりと浮かんでいました。
「とこしえの寓話(ぐうわ)に、乾杯を」
「名もなき祝福を、君に」
◆
季節がひとつ巡り、少女はまた森を訪れました。
変わらない森、変わらない夜。けれど少年の姿はもうどこにもありません。ポケットには、最後の砂糖菓子がひとつだけ残っています。誰にも聞かれないように、少女は小さく笑いました。
そして、最後の砂糖菓子をそっと口に運びました。
儚く崩れるその甘さが、かつて少年と過ごした時間を、やさしく思い出させてくれました。ほろりと、かすかに、胸を締めつけるようでした。
砂糖菓子の一欠片が溶けてしまえば、それが森の扉を閉ざす合図だということを、少女はまだ知りません。目を閉じて、ただひとつ願いました。
「また、会えますように」
夜がゆっくりと明けていく中、
少女は一度も振り返らず、
柔らかな光を背に、
静かに歩き出しました。
🌱台本を読んでくださった方のご紹介
台本を読んでくださった方の音声作品のご紹介ページです(掲載は把握できている範囲に限られます)朗読していただきありがとうございます
花時りっか様
5作品
『空飛ぶバナナステーション』
『大丈夫の王様』『砂糖菓子の森』
『声の国』『声の国〜孤独の怪獣〜』
