見出し画像

レールから外れた日、私の人生が始まった

コーヒーを飲みながら、ふと自分のスマホの画面に映る顔を見て、「ああ、私も歳をとったな」なんて思う。 40歳を過ぎて、あの頃あんなに怖かった「普通から外れること」の正体が、少しずつ見えてきた気がする。


正解なんて、お母さんにもわかりません

「人生を変えるとは何か」なんて、正直、40歳を過ぎた今でもよく分からないんです。 誰かみたいにきらびやかな成功を掴むことでも、立派な看板を掲げることでもないのは確かですが、じゃあそれが何なのか、正解なんていい大人の手の中にもいまだにありません。

ただ、思い返せば、お母さんの学生時代もずっと息苦しかった。 「みんなと同じでなければいけない」という見えない空気が満ちていて、少しでもそこから外れると冷ややかな視線や陰口が飛んでくる。基本的には合わせて暮らしているつもりなのに、なぜかふと気づくと自分だけスッと浮いてしまう。そんな不器用さをずっと抱えてきました。

あの頃、すべてを諦めていた私へ

高校受験は塾の勉強だけで何とか乗り切ったので、入試の得点なんてギリギリで進学コースの門をくぐりました。 もっとも、最初からアウェイだったわけではありません。ほとんどの同級生は、お母さんと同じような感じで入ってきたからです。1年のときはそれなりに学生生活を楽しんでいました。

だけど、2年生のときに上のクラスへ分かれるタイミングがあって。彼らとの間に差ができた。 でも、私は上のクラスに行けなかったんです。同じクラスに留まり続けることのしんどさもあって、だんだんやる気をなくして勉強もしなくなっていきました。

本当にこの時期って多感な時期でした。 痴漢みたいな理不尽な目に遭ったし、全く知らない男子から、ふざけなのかよく分からないけれどいきなり告られたりして。そうかと思えば、それでそのクラスの女子に「調子に乗んな!」と言い捨てられたこともあった。身に覚えのない悪意や理不尽な矢印が突然飛んできて、心をすり減らす毎日でした。

自分の人生の中で下手したら、あの頃が一番人生を諦めていた時期かもしれません。「ああ、自分はこの用意されたレールの中にいるしかないんだ」という、どうしようもない諦めを抱えて、ただ息を潜めていました。

3年になる頃には、悟るわけじゃないけれど、自分の世界はこんなもんだよなと思っていて。先生にも「1年の頃はあんなにも高得点だったのに」とみんなの前で呆れられたけれど、「まあ、そんなもんだよね」ってどこ吹いた風でやり過ごしていました。世の中の「ちゃんとしたレール」なんて、お母さんには最初からうまく歩けなかったんです。

社会に出て、泥の中で見つけた光

そんな風に普通から少し外れていた人間でしたが、そのころはレールから外れなきゃいけない理由もなくて。 新卒で入った会社では、あるキッカケから、その人が直接の上司になった入社3年目の時にガチで仕事をするようになっていました。

その上司は、よくも悪くも褒めるのが下手な人で、「面白い」なんて言ってくれたわけじゃありません。 ただ、不器用にもがく私の姿を、ただ真っ直ぐに見つめてくれる人でした。当時は必死すぎて、ひたすらついていくことしかできなくて。それがもどかしくて悔しかったし、その人の凄さなんて全然理解していなかったんですけどね。それでも、世間の物差しではなく一人の人間として向き合ってくれる大人がいたことが、どれほどの救いだったか今は理解しています。

そして大人になってからは、さらに容赦のない現実がやってきました。 最初の子供の闘病と、24時間の医療介護の日々。逃げ場なんて一ミリもなくて、自分の無力さや醜さを抱えながら、すべてを一人で背負い込んで必死になって生きていました。

すべてが思い通りにならなくて、息をするのすら必死だったあの暗闇のなかで、お姉ちゃんが旅立つ寸前に見せた顔を、お母さんは一生忘れません。

「わたしの人生、最高!」

そう言って見せた、満面の笑顔。 それは、いっぱいっぱいで格好悪かったお母さんのすべてを、まるごと肯定してくれる光でした。あの瞬間やっと、自分の人生を心から認めることができたのです。

息子へ――何歳になっても、人生は面白い

ハッピーエンドの物語みたいに、そこで人生が美しく完結するわけではありません。お姉ちゃんが逝ったあとも現実は容赦なく続くし、相変わらず世の中は思い通りにならないことばかりです。

だからこそ、あなたに伝えたいのです。 人生を変えるとは、誰かになり替わることでも、綺麗事にすがりつくことでもありません。

どんなに不器用でも、周りと合わせられなくても、自分の足で一歩を踏み出すこと。 「ちゃんとしなきゃ」っていう呪いや、あの頃のお母さんが抱えていたような諦めを手放して、不器用で格好悪くても自分の手で現実に触れ、進んでいくことなんだって思います。

お母さんは、あなたのいちばん近くにいます。 あなたがどんなに悩み、傷だらけになっても、いつでも隣に座って話を聞くことはできます。

だけどですね―― 最後に世界を切り拓き、自分の人生を動かしていくのは、ほかならぬあなたの「行動」だけなんです。

誰かと同じじゃなくていい。枠にハマらなくていい。 かつてすべてを諦めていたお母さんでも、こうして心から思えるからです。

「何歳になっても、自分から行動すれば、人生は面白い」

自分の足で一歩を踏み出したその瞬間にしか生まれない温度を、どうか大切にしてほしい。 まわりの目を気にせず、あなた自身の人生を、思いっきり面白がって生きていってほしいと願っています。

いいなと思ったら応援しよう!

tomori|いつか、あなたへ ここまで読んでいただきありがとうございます。 誰かにご馳走してもらうことが、私のエンジンです。 共感できたら、背中を押してください。いただいた温もりで、また書きます。