芦別はなぜ「第二の夕張」にならなかったのか
終わらせる勇気が町を救った――撤退を選んだ地方の現実と知恵
シリーズ「地方創生の終わり方」第2章。
前回の夕張では、“終わらせられなかった町”が破綻に至る過程を追った。
今回の舞台は、同じ北海道にある芦別。
炭鉱を失い、リゾートで夢を見て、そしてその夢を終わらせた町だ。
芦別は、破綻を免れた。
その違いを生んだのは、政治的勇気ではなく、「撤退を制度にしたこと」だった。
終わらせる決断が、町を生かした。
1. 夢の始まり ― 炭鉱からリゾートへ
北海道芦別市。最盛期の人口は約72,000人。
炭鉱の炎が夜空を照らし、町は仕事と活気にあふれていた。
だが、国のエネルギー政策転換によって石炭は衰退。
1970年代には次々と炭鉱が閉山し、町は急速に沈んでいった。
「炭鉱がなくても、芦別は生きられる」
そう信じて、町は次の産業を探した。
1987年、国が打ち出したリゾート法が希望の光となる。
「星の降る里リゾート構想」――美しい夜空をテーマに観光で立て直す計画だった。
行政、地元企業、銀行、建設業者が手を取り合い、
町を再生する一大プロジェクトが動き出した。
事業の中心は、カナダの世界観を再現したテーマパーク「カナディアンワールド」。
総事業費は約120億円。
1990年に開園すると、初年度の入場者は75万人を超えた。
町に人が戻り、笑顔が戻り、新聞には「星の降る里に夢再び」と躍った。
2. バブルの光と影
だが、夢は長く続かなかった。
バブル崩壊とともに観光客は激減。
1994年には入場者が25万人にまで減少する。
除雪費、維持費、人件費がかさみ、テーマパークの赤字は雪だるま式に膨らんだ。
第三セクターが抱える負債は70億円を超え、
市の債務残高は340億円、市税収入はわずか17億円にまで落ち込んだ。
計算は明らかに合わない。
しかし、行政も議会も「やめる」とは言えなかった。
「もう少し頑張れば軌道に乗るはず」
「道や国が助けてくれる」
そんな希望的観測が、現実を曇らせた。
夢を壊す勇気が、誰にもなかった。
3. やめる決断 ― 撤退という選択
1997年。芦別は決断する。
カナディアンワールドを縮小・部分閉園し、第三セクターを清算。
事実上の撤退だった。
「夢は大切だが、財政はもっと大切だ」
市長のこの一言が、議会を動かした。
芦別はリゾート関連支出を一般会計から切り離し、
新規投資を凍結、職員給与を15%削減。
公共施設の統廃合に踏み切った。
同時に、撤退基準条例を制定。
「市が出資する団体が3期連続で赤字を出した場合、存廃を議会で審議する」。
このルールにより、政治的な延命が制度的に不可能となった。
この「終わらせる仕組み」こそが、芦別を救った。
4. 痛みを受け入れる町
撤退の決断は、町に痛みをもたらした。
雇用は減り、観光業者の一部は廃業。
空き店舗が増え、「失敗の町」と呼ばれる時期もあった。
それでも、市民の多くは冷静だった。
「もう十分やった。続けていたら、本当に町が終わっていた」
という声が少しずつ増えていった。
撤退とは、敗北ではなかった。
補助金や融資の麻酔が切れ、町が本来の姿を取り戻すための痛みだった。
2002年、市債残高は260億円に減少。
以後、市は「急がず、確実に」を合言葉に、財政を立て直していった。
5. 小さく整える自治
人口が2万人を割り込む中、
芦別は“縮小自治”という新しい方向に踏み出した。
空き施設は地域団体やNPOに貸し出し、
図書館や体育館は統合して維持費を抑制。
市が撤退した分、市民が担う。
「行政がやめても、地域が続く」。
その考え方が町の文化となった。
2010年、市債残高は180億円まで減少。
財政健全化指標は基準を下回り、道内でも上位の健全自治体となった。
6. 観光を“やめて”取り戻す
撤退したはずのカナディアンワールド跡地は、
2000年代半ば、市民公園として再整備された。
入場料は無料。観光施設ではなく、住民の憩いの場に変わった。
その後、市民の手で「星の降る里」ブランドが再び立ち上がる。
夜空観測会、農業体験、写真イベント――。
派手さはないが、地元の暮らしに寄り添った観光の形だった。
2009年、来場者数は再び20万人を突破。
利益は出なくても、町に人の笑顔が戻った。
観光を“やめた”町が、観光を取り戻した瞬間だった。
7. 数字で見る再建の軌跡
・市債残高:340億円 → 160億円(約半減)
・人口:72,000人 → 12,000人
・第三セクター数:10団体 → 1団体
・観光入場者数:75万人 → 22万人(安定推移)
・観光関連支出:市歳出の25% → 4%
・市民満足度:「住み続けたい」72%(2023年市調査)
縮小したのではない。
“現実に合わせた”のだ。
芦別は、自分の背丈に戻ることで、生き残った。
8. 夕張との違い
夕張と芦別。
構造は同じ。炭鉱の衰退、リゾートへの依存、補助金への過信。
違いは、タイミングと制度化だった。
夕張が「延命の5年」を選んだ時、芦別は「撤退の5年」を選んだ。
夕張が「政治の空気」を優先した時、芦別は「数字」を優先した。
芦別には、人口減少を自然な流れとして受け入れる現実感があった。
「減っても、町は続く」
という覚悟が、町を支えた。
それは、成長よりも“持続”を選ぶ地方の姿だった。
9. 終わりを恐れない町
現在の芦別は静かだ。
観光バスの列もなく、山の向こうに星が降る。
財政は安定し、学校には子どもたちの声が戻った。
人口は1万2,000人。
大きくはないが、確かに続いている。
役所の玄関には、こう書かれた紙が貼られている。
「星は減っても、光は消えない。」
終わらせる勇気が、町を生かした。
終章 撤退を恥じず、終わらせて生きる
芦別が破綻を免れたのは、奇跡ではない。
制度とタイミング、そして「もう十分だ」という住民の実感があったからだ。
やめることは敗北ではない。
やめられないことこそが、真の敗北だ。
炭鉱を失い、夢を失い、それでも光を探し続けた芦別。
そこには、“縮小して生きる”という新しい地方のかたちがある。
成長でも衰退でもない、持続という第三の道。
星の降る里は、今日も静かに光っている。
あとがき
地方創生の議論では、成功事例ばかりが取り上げられる。
しかし、芦別が示したのは、
「終わり方を設計できる自治体」こそが持続するという現実だった。
延命ではなく、撤退。
拡大ではなく、整える。
その先にこそ、地方の希望がある。
シリーズ「地方創生の終わり方」
夕張 ― 終わらせられなかった町
芦別 ― 終わらせて守った町
釜石 ― 急がなかった町
