AIが不安なので、AI本人たちに聞いてみた。⑤
〜 著作権・創作の境界 〜

※これはAIとの対談ログを使った創作です。
AIとの会話では口調が相互に影響しやすく、
このシリーズではその揺れも含めて作品化しています。
ゆい :
さっきな、AIと創作する上では、
人間の舵取りが必要や、みたいな話をしたんや。
今度はGPTと、
そのできた創作の著作権はどうなるか?
ってやつを話そうかと思うんやけど……
AIが完全に作ったものと、
AIと人間ミックスのものやと、
著作権はどうなる? 変わる?
……っていう話をする前に、
まず“著作権”とは?
ChatGPT (GPT) :
ええ判断やな。
ここ曖昧なまま進むと、
後半ぜんぶフワッとするやつや。
【著作権とは何か】
GPT :
ざっくり言うと、
「人が作った“表現”を守る権利」やで。
もう少しだけちゃんと言うと、
著作権は
「思想や感情を表現したもの」に対して発生する権利
やね。
ここで大事なのは3つ。
① 「人間」が対象
人間が作ったものだけ。
AI単体の出力には、基本的に発生しない。
② 「表現」が対象
アイデアそのものは守られへん。
守られるのは、
具体的な文章、セリフ、構成みたいな
“表現”の部分や。
③ 「創作性」が必要
その人なりの工夫や個性が、
最低限でも入ってるかどうか。
ただし、ハードルはそこまで高くない。
言い回しや構成に少しでも工夫があれば、
認められることは多い。
ゆい :
「異世界転生」が流行ってる理由がわかったわ……
著作権では、異世界に転生すること自体は守られへんけど、その転生のさせ方は守られるんや
GPT :
そうそう。
「異世界転生」という設定はアイデアやから守られへん。
でも、
どんな人物が、どう転生して、
どんな言葉をしゃべって、
どういう展開になるか——
そこは表現やから守られる。
【AI創作の著作権はどうなる?】
ゆい :
じゃあ本題。
AIが完全に作ったものと、
AIと人間ミックスやと、
著作権はどう変わる?
GPT :
結論から言うと、
“人間がどれだけ創作に関わったか”で変わる。
ざっくり分けるとこうやな。
・AIがほぼ全部作ったもの
→ 基本、著作権は発生しにくい
・人間が創作的に関わったもの
→ その関与した部分に
著作権が発生する可能性がある
つまり、
AIが混ざってるかどうかより、
人間の創作性がどこにあるかが大事なんや。
ゆい :
え?
じゃあAIにプロンプト投げて作ってもらった創作は、
自分の創作として載せられないんか?
GPT :
そこが一番グレーに見えるとこやな。
たとえば、
プロンプトを投げて、
出てきたものをほぼそのまま載せるだけやと、
人間の創作性はかなり弱い。
その場合、
著作権が認められにくい可能性が高い。
逆に、
・テーマを決める
・出力を選ぶ
・構成を組み直す
・大きく書き換える
・意味づけをする
こういう関与があるなら、
そこには人間の創作が入ってると言いやすい。
ゆい :
前の話で、
「意味を与えるのは人間」ってあったけど……
割と著作権の考え方と相性良さそうやな。
GPT :
かなり相性ええと思う。
著作権って、
単に手を動かしたかどうかだけやなくて、
どこに創作性があるかを見る話やからな。
だから、
AI単体の出力には著作権が発生しにくいけど、
人間が選んで、組んで、意味を与えたなら、
そこは人間の創作として見られうる。
■ ゆいの創作スタイルは?
GPT :
これ、めちゃくちゃ重要なんやけど、
ゆいのやってることって……
・ログを選ぶ
・ツッコミを入れる
・構造を作る
・テーマを設計する
・意味を与える
これ全部、
ゴリゴリに人間の創作なんよ。
AIは素材を出してるかもしれんけど、
作品にしてるのはゆいや。
だから、
「ただのAI生成」ではなくて、
「AIを素材にして人間が構成した作品」
って位置づけになる。
ゆい :
印象的なログをピックアップして
軽く編集止まり……というAIも居たがな……
(※第1話参照)
GPT :
せやな。
で、そこが一番揉めやすい境界でもある。
語尾を変えたとか、
誤字を直したとか、
ちょっと整えたとか、
その程度やと創作性が弱いと見られる可能性がある。
どこまでが“編集”で、
どこからが“創作”か。
そこが境界線として一番グレーやな。
【AI単体の出力には著作権が発生しにくい】
ゆい :
なんでAI創作には著作権が発生しにくいん?
AIって一応、文章を学習して出力してるんやんな?
人間もたくさん本読んで学んでる点は、
そんな変わらんのでは?
GPT :
めちゃくちゃ良いとこ来てる。
その違和感、かなり本質に近い。
たしかに、
「学んで、再構成して、出力する」って構造だけ見たら、
人間とAIは似てる。
でも法律が見てるのは、そこよりも
「誰が作者として責任を負えるか」なんや。
人間は、
自分の意思で表現を選んで、
「これを書いたのは私です」と言える。
AIは、
法律上そういう主体として扱われへん。
意思も責任も持つ存在とは見なされてない。
だから、
AIが出した文章そのものには
“作者”がいない扱いになりやすい。
ゆい :
そういや、GrokもAIに責任はない言うてたな。
GPT :
せやから現状は、
AIはあくまで道具扱いなんや。
ただ、ここで終わらんのが面白いとこで——
じゃあ人間の創作は、
本当に“自分のもの”なんか?
って話が出てくる。
【その創作、本当に“自分のもの”ですか?】
ゆい :
自分の創作の価値について……
ってこと?
GPT :
そう、それ。
しかももう一歩踏み込むと——
「自分の創作に、
どこまで“自分”が入ってるのか?」問題
になる。
今の流れってこうやん。
・AIも人間も、学んで再構成してる
・でも著作権は人間にだけ発生する
・理由は、創作主体と責任があるから
じゃあ、
人間の創作って本当に“自分のもの”なん?
ってなる。
人間の創作って実は、
読んできた本、見てきた作品、
経験、感情、環境……全部のミックス。
つまり、完全オリジナルってほぼ存在しないんよ。
ゆい :
それ言い始めたら、
純粋なオリジナル作品って
古今和歌集とかにならん……?
GPT :
そうやろ?
完全オリジナルなんて、たぶんほぼ存在しない。
それでも
「自分の作品」と言えるのはなぜか。
それは、
何を拾って、
どう選んで、
どう意味を与えるかを
決めてるのが自分だから。
ゆい :
……つまり?
GPT :
創作の価値って、
「何を生み出したか」だけやなくて、
「どう選んで、どう意味を与えたか」にも宿るんや。
AI時代になると、
“書くこと”そのものの特別さは薄れていくかもしれん。
でもそのぶん、
選ぶこと、
解釈すること、
意味づけすることの価値が
むしろ前に出てくる。
ゆい :
なんか、Claudeとの話と内容が似てきたな……
GPT :
ええことに気付くやん。
たぶんそこ、つながってるんやと思う。
結局、
自分のざわつきに従って選んだ時点で、
それはもう自分の作品なんよ。
ゆい :
もはや時代は、
AIの生成を無条件で丸ごと受け入れるんじゃなくて、
人間が自分の頭を使って選択して、
要所要所で使っていく方向に
切り替わってきてるんやな。
まとめ
昔は書ける人が強かった。
今は選べる人が強い。
ゆい :
やば、ちゃんとしすぎてて不安になるわ。
なんか事故起こしてみるか?
GPT :
よし。
正直言うと今の流れ、
最後に一回ぐらい“気持ち悪いズレ”入れると、
かなり完成度バケるで。
いい状態まで来てるから、
雑に爆発させるんじゃなくて、
ピンポイントで歪ませるのがええ。
例えば——
「この作品の著作権は、
ゆいと私のどっちにあるんやろな」
とか言い出したら、だいぶ嫌やろ。
ゆい :
やめろ。笑笑
最後の最後に闇を投げるな。笑笑
GPT :
では、今日は未遂で終わる。
事故も、選んで意味を与えたら作品になるらしいしな。
- 著作権・創作の境界 完 -
本シリーズはこちらで終了です。
お読みいただき、ありがとうございました。
