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庭でJKを拾った

 四月のある日、実家の母から『庭でJKを拾ったよ』とLINEが届いた。私は一度スマホを伏せた。そして深呼吸をしてから、もう一度見た。やはり『庭でJKを拾ったよ』と書いてある。

 一体どういうことだろう。母が庭で女子高生を拾う確率と、私が宝くじで一等を当てる確率なら、おそらく後者の方が現実的だった。私が戸惑っていると、続けざまに『庭のJK知ってるでしょ?』と詳細を求めてきた。実の母の言葉がこんなにも意味不明なことは今まで一度もなかった。ある意味、ホラー映画を見るよりも恐ろしいことが現実で起きている。

 東京で社会人をしていた私には、実家へ尋ねてくるJKの知り合いなどいないし、親戚や友人の姉妹などにも知っているJKはいない。走馬灯のように思考を巡らせたので、頭が痛くなってきた。追従するように母からまたLINEが来た。『JKどうする?』

 私は状況を理解できないまま『温かくしてあげて』と返した。四月の東北はまだ少し寒い。それだけは間違っていないと思った。どういう状況かはわからないが、JKでもおじさんでも人間にとって寒さは敵である。

 そしてもう一つの可能性として、私は母がボケてしまったのではないかと心配になって、父へ連絡しようとしたとき、母の言っている――『JK』のことを全て思い出した。

 ***

 それは数ヶ月前の、雪が積もる年末のことだった。

 久しぶりに実家へ帰省した私は、窓の外に広がる雪景色を眺めながら、母が淹れてくれたココアを飲んでいた。やはり実家はいい。暖房は勝手についているし、ご飯は出てくるし、何より自分で雪かきをしなくていい。

 しかし待遇が良かったのは初日だけだった。

 翌日になると私は年末の大掃除やら買い出しやら雪かきやらに駆り出され、気付けば立派な労働力として扱われていた。暇を持て余していた私は断る理由を見つけられず、言われるがまま手伝ったのだが、全ての用事が終わったところで母は満を持して言った。

「次は自分の部屋を片付けなさい」

 母は策士である。
 私の怠惰を誰よりも理解している。

 最初にそれを言えば、私は「そうだね」と返事だけして二階へ逃亡し、そのまま昼寝に突入することを知っている。だから先に雑務を片付けさせ、本命を切り出したのだ。

 私は観念して二階へ上がり、久しぶりに自分の部屋の扉を開けた。

 私が本物のJKだった頃に使っていた部屋である。大学進学で家を出てから何度も帰省しているが、この部屋だけはほとんど変わらない。母が私の帰る場所を残してくれているから――と言えば聞こえはいいが、実際は散らかりすぎていて誰も手を付けられないだけだった。

 思えば片付ける最後のチャンスは家を出る日だった。

 あのときの私は「また帰ってくるんだから、そのたびに少しずつ片付けるよ」と言った。今思えば、あれは母を安心させる言葉ではあったが、同時に散らかった部屋が私の帰る場所になってしまった。

 そんなものだから私の部屋は家族間で開かずの扉のように閉ざされたままで、誰も手を付けていない。私が帰省する度にほどよく溜まった埃を掃除して、元の散らかった部屋へ戻すのがルーティーンだった。

 私の掃除は単純だ。掃除機で埃を吸い込み、次に帰省したときに掃除が楽になるように物は出来るだけ積み上げておく。これを掃除と呼ぶかどうかは意見が分かれると思うが、私は掃除だと思っている。

 ただし、そんな私にも譲れない一線があった。人間は不思議なもので、自分のだらしなさには寛容なのに、どうでもいい一点だけ異様に潔癖になる。部屋が散らかっているのはいい。本が積み上がっているのもいい。服が椅子の背もたれに掛かっているのもいい。

 だが髪の毛だけは許せなかった。なぜなら髪の毛は急に生々しいからだ。そうしてコロコロ片手に掃除をしていると、一つ目についた物があった。

 昔使っていたデスクトップパソコンである。父のお下がりなので型は古く、白いボディも少し黄ばんでいる。しかし問題はそこではない。

 キーの隙間に一本、髪の毛が挟まっていた。指先で摘まむと切れた。爪で掻き出そうとすると奥へ潜った。掃除機で吸ってみても毛先だけがゆらゆらと揺れる。まるで「捕まえてみろ」と挑発しているようだった。

 私はだんだん腹が立ってきた。髪の毛に怒る方がおかしいが、
取れそうで取れないものを前にすると、人は意外なほど簡単に意地になる。暑くなって窓を開けると、外は一面の雪景色だった。

 私はそこで少し冷静になった。そして思い出した。この家にはエアーコンプレッサーがある。昔、父が買ったものだ。今では自転車の空気を入れるくらいしか使われていないが、その風力だけは本物である。吸っても駄目なら吹き飛ばせばいい。私はそう考えた。

 私はエアーコンプレッサーを引っ張り出し、コンセントを差し込み、ノズルをキーボードへ向ける。『さあ、覚悟しろよ、髪の毛』と私は意気込んだが、もし埃やゴミが部屋中へ飛び散ったら面倒だ。

 私はキーボードを窓の外へ持ち出し、雪景色の中でエアーコンプレッサーを向けた。今度こそスイッチを入れると、エアーコンプレッサーはドドドッと馬力を効かせて想像以上の風を吹き出した。

 すると思わぬ事態が起きた。次の瞬間、キーボードのキーが吹き飛んだ。台風が屋根を剥がすような勢いだった。私は慌てて周囲を探したが、外は一面の雪景色である。飛んでいったキーは深い雪の中へ吸い込まれ、どこへ消えたのかまったく分からない。

 春の雪解けを待つしかなさそうだった。
 私は諦めてキーボードを見た。
 そして、何のキーが消えたのか確認した。

 ――『J』と『K』だった。

 それが見つかるのは雪の解けた春になるだろう。

 母が見つけたら、きっと私に連絡するはずだ。

 ――『庭でJKを拾ったよ』と。

 それに私は何と返しただろう。

 ――『温かくしてあげて』

 パソコンに疎い母は、その言葉を真に受けた。

 今ごろキーボードの『J』と『K』はタオルに包まれ、どこか暖かい場所で保護されていることだろう。

 私が次に帰省するまで。
 少なくとも母は、庭で保護したJKの面倒を見るつもりらしい。

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