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知らないままで良かったのに

波の音が聞こえてくると、それを聞かないようにしてしまう自分に気づく。
海になにか嫌な想い出でもあるのだろうかと記憶を辿ろうとして、それも止めてしまう自分がいる。
水が恐いということはない。プールとかキライじゃないし、泳ぐのだって苦手じゃない。海を見るのだってイヤじゃないんだけれど、波の音を聞くとなんだか胸騒ぎがするというか。
それは川や湖でも同じだということに気づいた。友人に誘われて河原でバーベキューをしたときも、湖畔の貸別荘にお邪魔したときも、波の音が聞こえてくるとなんだか落ち着かないんだ。
あるときボクはそれを母に話した。お母さんは思い当たることはないと素っ気なく答えた。その答え方があんまりつっけんどんだったから、姉にも聞いてみた。もちろん、お母さんには聞こえないように。けれどお姉ちゃんも即答だった。
「知らないわよ、そんなこと」
お父さんにも聞きたかったけれど、ここのところ忙しいみたいで、夜も遅いし、朝も早くから仕事へ出かけているのだった。今朝はようやく見送りができそうだったのに、ボクの顔を見た途端に慌ただしく出かけてしまった。
ボクは気のせいではないと確信した。ボクにはきっと、波にまつわる経験があって、それをボク自身は忘れてしまっていて、思い出さない方が良しとされているんだ。とはいえ、家族皆が教えてくれないとなると…、どうしたらいいんだろう。
アルバムとか見直してみても、水辺で遊んでる写真がひとつもないんだ。泳げるんだからプールで泳いでる写真とかあっても良さそうなのに…。あ、でも、公営のプールにもお母さんもお父さんもボクだけは行かせてくれなくって、お姉ちゃんも連れてってくれなかった。夏休みは花畑とか…、冬休みもだけど、お城とか公園とか動物園とかばっかだったなぁ…。
幼馴染みのチャコちゃんは家族と一緒にカナダだし、次に付き合いの長いリョータはいい加減だしなぁ。だから、いっそのこと…と思ってリョータに頼んだんだ。ボクに睡眠術をかけてくれって。波の音の録音をかけたままにして、催眠術がかかったら質問してくれって頼んだんだ。「いまどこですか?」とか、「なにが見えますか?」とか、「なにか恐い?」とか、「どうしたの?」って、聞いてくれよって頼んだんだ。
リョータは訳も分からずにいいよって引き受けてくれたんだけど、このときのボクは知らなかったんだ。二度と戻って来れなくなるなんて。


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