再現不能な天才を、制度はどう扱うか?― 大谷翔平という「ルール外」の存在から考える知的財産権制度 ―
野球界の常識を覆した日
2024年10月、ロサンゼルス・ドジャースがナ・リーグを制覇しました。その中心にいたのは、大谷翔平選手。投げては圧巻の10奪三振ショー、打っては豪快なホームラン3発。私たちが知っていた野球の枠組みを、彼は軽々と超えていきます。
私は知財の実務家として、多くのイノベーションを見てきました。しかし大谷選手を見ていると、ある疑問が湧いてくるのです。
「この"再現不能な天才"を、制度はどう扱えばいいのだろう?」
特許制度の視点から見た大谷翔平
私が普段扱っている特許制度には、一つの大原則があります。それは「再現可能性」です。
ある発明が特許として認められるためには、その技術的思想を文書化し、他の技術者が同じように実施できることが必要です。発明者は技術を「公開」する代わりに、独占権を得る。これが特許制度の基本的な取引です。
もし仮に、人の動作やプレースタイルを特許化できるとしたら、大谷選手のプレーはどうでしょうか?
残念ながら、答えは「NO」です。
なぜなら、彼のプレーは理論やデータだけでは説明できない領域にあるからです。AIが解析して理屈を理解できたとしても、同じように実行できる選手は現れません。つまり、再現可能性という特許の根幹要件を満たせないのです。
制度が天才に適応した瞬間
しかし、野球界は違いました。
メジャーリーグは、大谷選手のために新しいルールを作りました。投手交代後も指名打者として試合に出続けられる、通称「大谷ルール(Ohtani Rule)」です。
これは驚くべきことでした。なぜなら、制度とは通常「例外を排除する仕組み」だからです。ところが、このルールは「例外のために作られた例外」でした。大谷翔平という現実に、制度の方が適応したのです。
私はこれを見て、知財制度について改めて考えさせられました。制度は、天才を否定するのではなく、進化を選ぶこともできるのだと。
唯一無二が生み出す模倣の土壌
「真の創造は、模倣を推進する」
これは私が実務を通じて学んだことです。大谷選手は今、唯一無二の存在です。しかし、彼の存在が「二刀流」という新しいスタンダードを作り、後に続く選手たちの道標となっています。
お手本がないのとあるのとでは、成長速度が全く違います。大谷選手という「ルール外の存在」が、次世代の選手たちにとっての新しいルールを作っているのです。
知財の世界でも同じことが起きています。最初のイノベーターは模倣されない価値を持ちますが、その存在が市場を開拓し、フォロワーが参入しやすい環境を作ります。そして「再現可能」となった瞬間から、先駆者の独占的価値は徐々に失われていく。これが市場の宿命です。
AIという「ルール外」の存在
今、私たちの目の前にも「ルール外の存在」が現れています。AIです。
AIの急激な進化は、既存の知財制度に根本的な問いを投げかけています。AIが生成したコンテンツの著作権は誰に帰属するのか?AIの発明は特許として認められるのか?
これらの問いに、現行制度は明確な答えを持っていません。まさに、大谷ルールが生まれる前の野球界と同じ状況です。
制度の外側にこそ、未来がある
大谷選手は野球を終わらせたのではありません。野球に新しい可能性を示したのです。同じように、AIも知財制度を破壊するのではなく、進化させる存在となるでしょう。
制度は不完全です。でも、不完全だからこそ成長できる。その原動力は、いつも「再現不能な特異点」から生まれます。
私たちにできることは、ルール外の存在を恐れるのではなく、そこから学び、制度を進化させていくことです。知財制度も、天才的なイノベーションに直面したとき、排除ではなく包摂を選ぶ柔軟性を持つべきだと、私は考えています。
あなたの業界にも、きっと「大谷翔平」のような存在がいるはずです。その存在を、どう捉え、どう活かしていきますか?
制度の枠を超えた先に、本当のイノベーションが待っているのかもしれません。
執筆/得地賢吾
