『伊藤典夫評論集成』、松崎有理『山手線が転生して加速器になりました。』、春暮康一『一億年のテレスコープ』…紙魚の手帖vol.24(2025年8月号)書評 渡邊利道[国内SF]その1
【編集部から:この記事は東京創元社の文芸誌〈紙魚の手帖〉vol.24(2025年8月号)掲載の記事を転載したものです】
二〇二四年八月以降に刊行された国内SFから注目作を取り上げる。
『伊藤典夫評論集成』(国書刊行会 二〇〇〇〇円+税)は、何年も前から刊行が予告されていた待望の一冊。十代で翻訳家として商業誌デビューを飾り、日本SF第一世代最年少でありながら、SFマガジンなどで未訳の海外SFを次々紹介し、舌鋒鋭い批評家としても活躍した著者の、訳書の解説以外のほとんどすべての批評・エッセーを収録した一四〇〇ページを超える常軌を逸した大著。ほぼ時系列に沿って内容ごとにまとめて配置されているので、順番に内容を紹介する。
まず〈宇宙塵〉などの同人誌に投稿したもので、三島由紀夫の『美しい星』への辛辣な評など、キャリアのはじめから確固たる評価軸があるのに驚かされる。次にSFマガジンに六〇年代から七〇年代半ばまで連載した海外SFレビューとコラム。これは当時英米SFに出現した〝新波〞に触発され、ヴォネガットやディックなどの作品も含めて、SFとは何か、何でありうるかを問うていく貴重なドキュメントになっていて、本書のハイライトだと言えよう。三つ目のセクションは、「SFファンサイクロペディア 1962-2020」と銘打った、雑誌・新聞・ファンジンなどに掲載された批評やコラム。七六年に長期滞在した「北アメリカ・SFの旅」がめちゃめちゃ面白い。最後に筒井康隆が責任編集を務めた雑誌〈面白半分〉に掲載された「世界名作文学メチャクチャ翻訳」などのパロディ作品が収録されている。鏡明と高橋良平の解説対談、充実した翻訳リストに索引まで、全SFファン必携必読の一冊だ。
松崎有理 『山手線が転生して加速器になりました。』(光文社文庫 七八〇円+税)は、パンデミックのために人々が都市を捨て、世界各地に分散した近未来を背景に描くポスト・アポカリプス風味の強い連作短編集。廃線となった山手線を素粒子研究のための実験装置リングコライダーに改造したところ、自律運転のための人工知能が実験装置よりも人々を運ぶ鉄道の方が有意義だったと駄々を捏ねる抱腹絶倒の表題作のほか、タイムトラベルの不可能性、仮想空間でのブラックホール旅行、人類が初めて出会う異質な知性としてのタコ(海にいるやつ)といった楽しさ満載の短編六編に、総論としての架空論文と作中年表が付く。先鋭的なアイディアとガジェットをたっぷり詰め込んだユーモアSFの傑作で、個人的には二〇二四年の小説ベストワン。
春暮康一『一億年のテレスコープ』(早川書房 二二〇〇円+税)は、遠未来・現在・遠過去の三つのパートが交互に語られる構成で、タイトルの通り壮大なスケールの物語が展開する長編宇宙SF。現在パートの主人公が、高校と大学の同級生とともに、複数の天体に設置した電波望遠鏡のデータを連携させてさらに遠くの宇宙を観測するアイディアを構想するところから出発。人類が精神をデータ化する技術で事実上の不死を実現し、宇宙に進出してさまざまな異星種族と遭遇していくという怒濤の展開に、それぞれ長編が一本書けそうな異星文明のアイディアの濃密さ、遠未来・遠過去との関わりからさらに大きな世界がひろがって、ある種の無常感をも帯びた結末に至る。サイエンス・フィクションの魅力に溢れた作品。
■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。
