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私はクレームを、ぶつけるべき所にぶつけてこそ、佳しとなると思うんです。

 みんなはもうとっくに分かっている事だと思うから、ここに記する必要さえ無い事かも知れないが、観光地の混雑やその地元が被っている色々な影響、重大な損害について聞かない日が無くなった。
 これをオーヴァーツーリズムと言うらしい・・。

 岸田首相の頃辺りにはまだ、僅か数年で事態がこうなるなんて、予想してはいなかったのだろう。 

 今年は400万人の観光客を誘致した!来年には600万人の観光客を呼び込むぞ!と、掛け声も勇ましく商売、お金目当てでそれを落として行ってくれさえすれば、どこの国の人だって大歓迎!どんどん遊びにお出で下さい!と言う裏には、結局その観光客たちの消費するお金こそが目当てである事が見え見えであった。

 お得意の「おもてなし」など、はやどっかへ忘れ去ったのか?

 とにかく是非ともリバウンドして下さって良いんです!
 お金さえ!使ってくれれば文句はありませんから!と言う商魂から、その後先は置いといて、とにかく「来年は~万人呼ぼう!」と叫び、地元がそろそろ困惑し始めている事にも関心は払われず、終に肝心要の地元の住民たちは、通勤電車やバスに乗れなくなってしまう、道路は混雑の極み、タクシーは渋滞を嫌がり、有名な観光地へ行きたがらないと言う声を聞くようになった。

 私も以前、クルマで京都まで出かけて行ったことがあった。

 その頃は、状況が今とはまるで異なり、国内観光のバスが多く走っており、その割に京都の道路は狭く、京都市内を走る車の運転は、思いの外荒いなあと思った。
 
 何せ京都市内へと入った途端、公共の清掃車が私のクルマに幅寄せをして来たほどである。
 静かな古都のイメージを抱いていた私は、あの在り様に、一体これは?と、驚いた事が印象に残っている。

 然し、時代が変わり状況が大きく変化して、こうなってみれば、観光地 京都では殊更、他国から来た観光客のマナーを問題視する声も出て来た様である。

 観光客が、大きいスーツケースを持ったまま電車や新幹線に乗り込むから通路は塞がれ、車内での移動もままならないのだと言う。

 だが、頭をわざわざ巡らせずとも、観光客の方だって困っているのだろう事を、容易に察する事は出来まいか?

 だって、そんな大きいスーツケースを持ち運ぶ観光客が乗る事を、電車もバスも 列車もまるで想定しておらず、また道路にしてみても、観光目的でそこへ行くにはとても狭い田舎道が一本あるのみで、車が行き違う事さえままならない様な、その狭い道路を思えば、そこを歩く大勢の人たちと、渋滞する車の群れとでごった返していても「観光立国だ!600万人いや!1000万人呼び込め!」という、行政と国家の掛け声を真に受けた交通機関や道路整備局などが、必要な道路の拡張工事も、電車内に大型荷物置き場を設ける余裕も無い内に、この事態が現出したのでは無かったか?

 その一事は棚にして「外国人はマナーが悪い」と、決め付けて怒っても致し方が無い事なのでは無かろうか?

 責任は、そのための準備を怠ったままで、多くの観光客を呼び込み、お金を置いてってくれるんだったらどうぞどうぞと、ニコニコ笑顔で彼らを迎えていた地元の観光業界系統の人々や、観光客1000万人なら1000万人を迎える設備などの下準備もせず、他国の観光客を呼び込んだ国家、行政にこそ責任はあるので、他国の観光客が大きなスーツケースを持って列車に乗車せねばならず、おまけに彼らが邪魔だ、マナーが悪いんだと言われる身になれば、観光客たちだって実際、良い迷惑を被っているのだろう。

 観光客が1000万人来るとして、当然彼らも目的地への移動のためには公共交通機関を利用するだろう。
 まさかそれこそ、大きなスーツケースを持っている彼ら観光客に対して、それを引き摺って「歩け」などと言えるはずがない。

 これは、結局のところ「観光客を何百万人、何千万人誘致しようと、その後先は知らない。お金にさえなれば良いんだ」と、言う視点から始まっているコントに近い悲喜劇だ。

 こないだまでは是非!リバウンドで、もう一度と言わず二度、三度と日本に来て下さいと呼び掛けていたのは日本国家であり、その行政機関である。
 これを冷静に考えれば、設備の不備故に起きている様々な諸問題のために、他国からの観光客が早くも差別され、そのマナーを問われ、揚げ句に 悪く言われる道理は無いでは無いか。

 道路拡張や、必要なバスや電車の台数改正をしなければ1000万人の誘致はおろか数百万人増えただけで、悲鳴が上がっていると言う事だ。

 行政側は、早期にこの不手際を認識する事だろう。市民の側も、若し正当に文句を言うなら、抗議したいのなら、それは観光客のマナーについてでは無く、行政の無思慮、無計画に対して、或いは観光客の輸送手段には工夫も心遣いもまるで「0」の、観光業者らにこそ、大いに言えば良いのである。

 正当なクレーム、抗議がなされて当然のクレームを言うのに、何の躊躇も要らないではないか。

 すぐに差別事象が始り、差別を差別であるとの認識それ自体が無い日本人のお門違いな他国の人たちに対するクレームは、これを正当な怒りと、正当な抗議を受けるべき筋にこそ持って行くのが道理だろう。
 これを地元で「お金を落として行ってくれる他国の観光客様方」にぶつけても、何らの進歩も無いのである。

 結局問題は、日本側の調整能力が欠如していた。
 事はただ、この一点に絞られるのでは無いだろうか?
 この場合、感情論で他国の観光客を虐めるなど、以ての外なのである。

 立場を逆に考えれば、では日本人観光客たちはそんなにマナーが良く、
これと同じ状況に置かれたら、日本人観光客、特にツアー客などは、地元の皆さんと仲良くできるのか?

 多くの日本人も持ち歩くであろう、大きなスーツケースを、ウエイトリフティングの様に両腕で持ち上げて、迷惑にならぬ様電車の中でずっとそうしているとでも言うのだろうか?

 自分だって他の国を観光旅行で遊び歩く時には、その土地の人たちに様々な影響を及ぼし、場合によっては不快な思いをしている地元民だって決して少なくないのが現実なのだろう事を、日本人こそ忘れてはいないか?

 いずれにせよ、この状況が特に観光客が集中する、奈良や京都で続くようだと、観光客もそこに暮らしている地元の人たちも、お互いが悲しい思いをしなければなるまい。

 本来、人を幸せにするための観光と言う楽しい時間が、逆に怒りや困惑を招き、せっかく他国から来た人たちに対する差別までを生じかねないと言う事にでもなれば、それはまさに悲劇そのものでは無かろうか?

 お互いが不幸せな結果になる様な事だけは避けて欲しいと思う。


 (この項終わり)

#ウェルビーングな時間