week2|その違和感を、なかったことにしていないか
それは、ほんの小さな感覚だった。
会議が終わったあと。
帰り道の電車の中。
SNSを閉じて、画面が黒くなった瞬間。
理由ははっきりしない。
大きな不満があるわけでもない。
周りから見れば、順調に見えるかもしれない。
それでも、胸の奥がわずかにざわつく。
「何かが、少しだけ違う気がする」
そう思った、その直後。
考えすぎだ。
みんな同じだ。
今は踏ん張りどきだ。
贅沢を言うな。
そんな言葉で、自分を納得させる。
違和感は、そこで静かに処理される。
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問題は、違和感そのものではない。
本当の問題は、
それを“なかったこと”にする習慣だ。
一度や二度ならいい。
誰にでも波はある。
でも、それを繰り返すうちに
少しずつ感覚は鈍っていく。
本当は引っかかっていた言葉も、
本当は苦しかった状況も、
「まあ、こんなものか」と
自分の中で整理できるようになる。
それは大人になるということかもしれない。
けれど同時に、
自分の輪郭が少しずつ曖昧になっていく過程でもある。
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違和感は、失敗の予兆ではない。
むしろ逆だ。
それは、自分の軸がまだ生きている証拠だ。
もし完全に諦めていたら、
もし完全に麻痺していたら、
そもそも何も感じない。
何も引っかからない。
何も揺れない。
違和感は、あなたの中に
まだ「基準」が残っていることを教えてくれる。
本当は、こうありたい。
本当は、こう感じたい。
その基準と、今の現実が
ほんの少しだけズレている。
ただ、それだけのことかもしれない。
⸻
だから今日は、解決しなくていい。
仕事を辞めなくていい。
環境を変えなくていい。
大きな決断もしなくていい。
ただ、ひとつだけやってみる。
その違和感に、名前をつける。
焦りなのか。
退屈なのか。
置いていかれる感覚なのか。
期待に応え続けることへの疲れなのか。
「このままで終わるのか」という、静かな怖さなのか。
曖昧なままだと、不安は膨らむ。
正体が分からないものは、
必要以上に大きく見える。
けれど、言葉になると輪郭ができる。
輪郭ができると、
自分とそれの間に、少し距離が生まれる。
距離が生まれると、
飲み込まれなくなる。
「私は今、◯◯に違和感を感じている」
この一文を書くだけでいい。
解決策はいらない。
前向きな結論もいらない。
ただ、認識する。
それだけで、思考は静かに動き始める。
⸻
違和感は、あなたを否定していない。
弱いわけでも、怠けているわけでもない。
ただ、こう伝えているだけだ。
「少し、ズレているかもしれない」
その声を無視し続けると、
ズレは少しずつ広がる。
でも、気づいた瞬間から
修正はいつでもできる。
大きく変わらなくていい。
見ないふりをやめる。
それだけで、
人生のハンドルは、ほんの少し自分の手に戻ってくる。
⸻
次回は、その「ズレ」が
どこから生まれるのかを、もう一段だけ考える。
急がなくていい。
でも、置き去りにもしない。
一緒に、少しずつ。
